ネコショカ

小説以外は別Blogにしました!
新書・実用書感想Blogビズショカ始めました

『雨の庭』友浦乙歌 楽園を出て現実を生きるということ


カクヨム、クラウドファンディングを経て刊行された作品

著者である友浦乙歌(ともうらおとか)さんより、ご恵投頂きました。お声がけいただきありがとうございます!ネットでの作品発表を続けている方で、カクヨムなどでこれまでの作品は読むことが出来る。商業出版作品としては2020年の『四次元の箱庭』があり、本作はそれに続く二作目ということになる。

本作『雨の庭』は2021年刊行作品。カクヨムで既に発表されている作品を加筆修正の上で書籍化したものである。

雨の庭 (文芸社セレクション)

刊行に際してはクラウドファンディングでの公募がなされている。昨今は、さまざまな出版スタイルが存在するが、本作はカクヨム→クラウドファンディング→商業出版という経緯をたどって発売に至っている。クラウドファンディングの記事を読む限り、地元書店での営業を行ったりと、地道な努力も多数されているようで、作品を世に送り出したいとする書き手の情熱には頭が下がる。こういうのを見ていると応援したくなってしまう。

調べてみたらなんとオリジナルのプロモーションビデオまで制作されていた。凄いな。

バックに流れている曲はドビュッシーの「雨の庭」だと思うのだけど、これきっと狙ってるんだよね。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

やりたいことがある。達成したい願いがある。叶えたい夢がある。でも、本当にできるのかどうか悩んでいる方。理想主義者と現実主義者の関係性について考えてみたい方。楽園って、理想の世界とは何なのか考えてみたい方におススメ。

あらすじ

律歌はいつの間にかここにいた。通販サービス「天蔵(アマゾウ)」が無料で商品を提供してくれる世界。衣食住全てが保証される。ここでは働く必要がないし、学校に通う必要もない。何も強いられることがない楽園での生活を享受していた律歌だったが、次第にその世界のありように疑問を頂き始める。この世界はどこなのか。誰が何のために作ったのか。律歌は次第に秘密の核心に迫っていくのだが……。

ココからネタバレ

なんでも無料で暮らせる理想郷

主人公の末松律歌(すえまつりつか)は不思議な世界で暮らしている。ここでは欲しいものは何でも天蔵(アマゾウ)通販で手に入れることが出来る。しかも料金無料。送料が無料なのではない。料金が無料なのである。望んだものは食べ物であろうと、ゲームであろうと、家ですら購入出来てしまう。

何でもタダで手に入るのだからこの世界では働く必要がない。仕事や学校という概念も無いようだ。煩わしい人間関係の縛りもない。何不自由なく、好きなことをして暮らしていけるなら、そこは楽園、理想郷である。

楽園を出るということ

しかし、 他者から与えられた自由は本当に自由なのであろうか。律歌は与えられた自由に疑念を抱き、この世界の謎を解こうとする。

北寺という協力者を得ることで、律歌はこの世界の異常さに気づいていく。「天蔵(アマゾウ)」は何でも買えるように見えて、実は自動車は購入することが出来ない。長距離の移動が困難になっているのだ。それならと集落を歩いて出ようとした律歌と北寺だが、二人の行く手を阻んだのは「天蔵(アマゾウ)」の配達員だった。

楽園であるかに思えた場所が、本当はディストピアだったとしたら?自由だと思ったものが実は枷だったとしたら?果たして人間はどうすべきだろうか。生活に不自由がないのであれば、多少の制約はあってもそれに甘んじるべき。そう考える人間も多いだろう。しかし律歌はそう考えない。律歌はあえて楽園を出ようとする。

強い想いは世界を変えたが……

ヒロインである末松律歌の過去については、後半以降、次第に明らかになっていく。両親を共に過労死で亡くした律歌は、この国の厳しい労働環境に強い憤りを覚えている。その憤りはやがて社会体制を変革したいという願いに変わっていく。

律歌は両親の命を奪った過酷な労働環境を憎んでいた。しかし、社会体制変革のためとはいえ、律歌は同じような労働環境を周囲に強いてしまう。そしてなによりも、律歌が作り上げたシステムは、社会を更に酷い状況に追い込んでしまう。

一本気でまっすぐな律歌のキャラクターは猛烈な牽引力を持って周囲の人々を動かす。しかしあまりにも強い意志は、結果として多くの人々を傷つけることになり、何よりも律歌本人のメンタルを大きく傷つけてしまう。

理想主義と現実主義

律歌の欠点は気持ちがあまりに強すぎるために、周囲が見えなくなってしまうことにあるのだと思う。高校時代の暴走ぶりを見ていると、添田が可哀そうになってくる。

律歌は目的に向けて最短最速でたどり着こうとするために、その先がどうなってしまうのか、どんな影響が周囲に及ぶのか、多角的な視点で見ることが出来ない。理想主義者ならではの短所であるとも言える。

この点、電卓こと、添田卓士がきちんと最初からフォローしてあげるべきだったのでは?と思わないのでもないのだが、本作のドタバタを経て、離れていた律歌と添田の気持ちがようやく寄り添うことが出来た。理想を理想として認めながらも、厳しく現実を見据える添田の資質は、これからの律歌を助けていくことが出来るはずである。

強い気持ちだけあっても、現実を知らなければ物事を変えることは出来ない。そして何よりも、一人ではなく二人であることが、これからの律歌を支えていくはずである。

「荷物は全部抱えたままでいい」最後に示された律歌の想いは、理想を実現したいと望む多くの読み手に希望を与えるのではないだろうか。