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『ポストコロナのSF』コロナ後を見据えたSF作家19人の想像力


エスエフ作家の想像力が試されている

先日、はてなのアノニマスダイアリ(通称増田)にこんな投稿があがっていた。

SF的想像力で扱われるパンデミックってだいたい「感染者の9割が死ぬようなヤバいウイルスが蔓延して人類文明崩壊」みたいな話ばかりで、

新型コロナのような「めちゃくちゃ危険なわけではないがさりとて放っておくわけにもいかない中途半端なウイルス」がそれゆえに「社会を変える」という話は無かったと思う。

いま「コロナはただの風邪だ」「いいや恐ろしい伝染病だ」と人類が右往左往しているのは、現状が「過去に例のない事態」だからで、すなわちフィクションの中で「予行演習」ができなかったという点において、これはSF作家にとっては一種の敗北ではないのだろうか。

いや「なぜ想像できなかったのか」というのは半ば挑発で、もしそういうSFがあったのなら教えてほしいというのもある。

SF作家たちはどう思っているのだろう?

なぜSF作家は新型コロナを想像できなかったのか?より

さすがにここまで断定してしまうと、「そんなことはないんじゃね」というツッコミが数多く入っている。だが、一般的にウイルスモノと言えば、「感染者の9割が死ぬようなヤバいウイルスが蔓延して人類文明崩壊」みたいな話を思い浮かべてしまう側面はは、確かにあったと思う。

さて、本題。本書は2021年刊行作品。日本SF作家クラブ編。全作書下ろし。執筆者は新人からベテランまで、19人のエスエフ作家たちである。

新型コロナウイルスの蔓延により、人類はかつてない行動変容を強いられている。人類史に刻まれるであろう未曽有のパンデミックに対して、「コロナ後の人類」を描いて見せたのが『ポストコロナのSF』である。

新型コロナウイルスは人類にどんな影響を与え、何をもたらしたのか。そしてこれからの人類は果たしてどうなるのか。エスエフ作家たちの想像力を愉しめるアンソロジーである。

 

ポストコロナのSF (ハヤカワ文庫 JA ニ 3-6)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

「コロナ後」の世界に興味のある方。新型コロナウイルスが社会をどう変えていく可能性があるのか考えてみたい方。いろいろなエスエフ作家の作品を愉しんでみたい方におススメ。

あらすじ

移動の制限。マスク着用の日常化。街に人がいなくなった世界。人と人が触れ合うことが忌避される世界。mRNAワクチンがもたらすもの。葬儀の新しい形。新しい感染症。超少子化社会。若者たちだけの世界。新しい人類。変容するウイルス。宇宙時代の感染症。データ人格とウイルス。迫害されるアウトロー。嗅覚障害がもたらしたもの。ウイルスとの果てしない戦い。感染症に敗れた人類。不要不急の日々。

新型コロナウイルスがもたらしたさまざまな行動変容から着想を得た、「コロナ後」の世界を描いた短編集。

では、以下、簡単に(19編もあるのでホントに簡単に)、各編についてご紹介していきたい。

ココからネタバレ

「黄金の書物」小川哲(おがわさとし)

翻訳エージェントで、海外出張の多かったカンナは、とある「本」の運搬を依頼される。それは違法な薬物の密輸に関わる危険な行為だったが、次第にカンナは取引にのめりこんでいく。

テーマは「どこにも行けなくなった世界」。海外はおろか、日本国内ですら移動がはばかられる昨今。しだいに世界が狭くなっていく感覚。息苦しさ。わたしたちは、どこに行けばいいのか。行き詰る焦燥感を改めて想起させてくれる作品。

「オネストマスク」伊野隆之

「オネストマスク」はマスクでありながら、装着者の表情がわかる。マスクの着用が常識となった世界で、僕は次第にコミュニケーション不全を起こしていく。

テーマは「マスク」。コロナ禍で、もはや顔の一部、必須アイテムとなってしまったマスク。本作では、マスクの下の表情を見せることが出来る機能が登場する。マスクの下に隠せていたはずの表情が強制的に晒されてしまったら?

いかにも日本人らしい発想のお話で、外国人ならまた違った感想を持ちそう。

「透明な街のゲーム」高山羽根子

コロナ禍で街には人がいなくなった。唯一、街に出ることを許された動画配信者たちは、ゴースト化した都市で何を見たのか。

テーマは「人のいない街」。感染が蔓延し、ロックダウンが日常化。誰も外を出歩いていない世界。街を街として成立させているのは人間の存在である。人間が存在しない街は、果たして街として存在しうるのか。

「オンライン福男」柴田勝家

大阪府の大津戎神社は恒例の福男選びを、コロナ禍でオンラインに切り替えた。思いもよらぬ形にエスカレートしていく「オンライン福男」。その行きつく先には?

テーマは「オンライン」。リアルイベントが次々と廃止され、なんでもオンラインイベントに移行されていった昨今を強烈に風刺した作品。オンライン化がもっとも難しそうな福男選びをオンラインでやってみたら?こういうアホっぽい話は大好き。

「熱夏にもわたしたちは」若木未生

「よそのひとにさわっちゃだめよ」子どもの頃からそう言われて育った子どもたちはどうなるのか?シロとナツカ、ふたりの少女の日常を描く。

テーマは「接触忌避」。パンデミック《疫災》を経て、生活様式が大きく変わり、人と人との接触が強く忌避されるようになった世界を描く。触れることが出来なくても、それでも人と人は繋がろうとする。ちょっと切なくも愛おしいガールミーツガール。

「献身者たち」柞刈湯葉

国境なき医師団に所属する主人公は、今日も戦地での医療に従事する。先進国が克服した感染症も、新興国では未だ健在である。mRNAは新たな希望となりうるのか。

テーマは「感染の世界格差」。先進国ではワクチンが行きわたり、感染がコントロールできるようになったとしても、新興国は未だ苦しみの中にいる。mRNA技術の新たな可能性と先進国側のエゴ。パンデミックが世界間の格差を、より鮮明にしてしまっている現実を教えてくれる一作。

「仮面葬」林譲治

パンデミックが日常化した世界。直接の葬儀参列は忌避され、代理人による葬儀参加がビジネス化される。葬儀の代行参加で小金を稼ぐ、主人公が故郷で見たものは?

テーマは「お葬式」。新型コロナウイルスの蔓延は、葬儀の在り方も変えてしまった。代行参列者は仮面をつけて葬儀に出向き、仮面には依頼者の顔が映し出される。コロナ禍では葬儀の在り方も変わってしまった。あながち、この話を笑い飛ばすわけにもいかないなと思ってしまう。

「砂場」菅浩江

砂場で遊ぶこどもたち。彼らは感染症対策で、さまざまなワクチンを大量に接種されている。一方で、ワクチンを拒否し、全身を鎧う「カバード(覆われた人)」たち。清潔でありたいと思う気持ちが、新しい摩擦を引き起こしていく。

テーマは「潔癖症」。35種混合ワクチンとか、43種混合ワクチンとかもう笑うしかない。菌やウィルスを極度に恐れ、何もかもを綺麗にしたい。不潔なものに触れたくない。そんな気持ちが常態化した社会が本作では描かれている。

「粘膜の接触について」津久井五月

感染症を撲滅するための人口粘膜「スキン」。全身にスキンを装着する未来の若者たちは、街頭にあふれ愛の行進ならぬ、摩擦の行進を繰り返す。「スキン」がもたらした男女関係の新しい形とは。

テーマは「性」。全身を「スキン」で覆って生活する状態では、性行為がとてつもなくリスキーな行為に思えてくる。感染を避けるためセックスは嫌悪され、それは人口の減少へと繋がっていく。

「書物は歌う」立原透耶

感染症で大人になると死んでしまう世界。残された若者たちは図書館に暮らし、図書館と共に生きる。書物が支配する惑星で、繰り広げられる終末の世界。

テーマは「大人たちのいなくなった世界」。若い頃は抵抗力があってウィルスに耐えられても、中高年に入ると死んでしまう。感染症の世代間格差を描く。「書物が歌う」世界観が美しく、終末モノとしてはなかなかの好み。

「空の幽契」飛浩隆

感染症が猛威を振るい、生き延びるために人類は他種のDNAを取り入れることを選んだ。猪型の猪狄(いてき)と鳥人の禽人(きんじん)が跋扈する未来の世界の物語。

テーマは「感染症下の芸術」。コロナ禍で大きく制限されることになった芸術の世界。しかし、芸術は空間も時間すらも超えて人と人を「つなげる」ことが出来る。絶望の中に、一筋の光を仄かに感じ取ることが出来る作品。

「カタル、ハナル、キユ」津原泰水

ハナルの伝統音楽イムは1オクターブ中に七つの音程が設定されているが、その音程は等分されておらず不規則なものである。音楽言語とも呼ばれるイムをめぐる物語。

テーマは「音(楽)」。「ポストコロナの物語」感は薄く、津原泰水作品らしい、独自の世界観が息づく。イムはとても魅力的な設定なのでもっと、この設定でお話を読んでみたくなる。

「木星風邪(ジョヴィアンフルゥ)」藤井太洋

木星の大気に浮かぶ人工都市。高見春馬はそこで、現地特有の感染症「木星風邪」に遭遇する。木星嵐、ガンマ線がもたらすウイルスの変異。人類とウイルスの戦いは続く。

テーマは「ウイルスの進化」。遠い未来を描いた作品だが、どんな環境下でも人類と、ウイルスの関係は切り離すことが出来ない。人の生きる環境に合わせて、ウイルスも進化を続けていく。

「愛しのダイアナ」長谷敏司

イワンとサリー、そして娘のダイアナはデータ人格で構成された家族だ。コピー人格による「デスゲーム」を楽しむイワンと、その秘密を知ってしまったダイアナ。それは娘の成長の第一歩となるのか。

テーマは「デジタル世界」。人類がネットワークに人格をアップロードし、データ人格として日常を送っている世界の物語。子どもだから出来ることについて考えさせられる。

「ドストピア」天沢時生

パンデミックは、反社会的勢力への強い反発を生んだ。地球から排除され、辺境のスペースコロニーで細々と生きる原磯組の人々。そんな彼らの前に、過剰な正義感を行使するカタギ警察が現れる。

テーマは「感染症とアウトロー社会」。社会的弱者(ヤクザを社会的弱者と呼んでいいのか微妙だが)が、コロナ禍の建前のなかで困窮していくさまを皮肉っているかのよう……。ではあるものの、濡れタオルで殴り合う「タオリング」競技のアホっぽさをひたすら楽しむ一作。

「後香(レトロネイザル) Retronasal scape.」吉上亮

元軍人の紫檀は、マレー半島北部の原住民アガル族の調査に同行する。嗅覚言語アガルを使いコミュニケーションを行う人々。嗅覚が人類にもたらしたものとは何か?

テーマは「後遺症」。嗅覚は視覚や聴覚に先立つ、より原始的な感覚なのだという。匂いは嗅いだ瞬間に過去の記憶をまざまざと呼び起こす。嗅覚を使った相互理解が興味深い。

「受け継ぐちから」小川一水

ちょっと古風な宇宙船には三人の乗組員。彼らは感染者のようだ。宇宙ステーションの軍医であるキーンツは船に乗り込み検疫を開始するのだが……。

テーマは「感染症との長い戦い」。その時代では治療困難な感染症を治すために、停滞航法で時を超える。何十年、何百年前のウイルスが突然持ち込まれる。人類とウイルスの戦いに終わりはないのだ。

「愛の夢」樋口恭介

2050年。感染症との戦いに倦んだ人類は、肉体を捨て、データ化された人格を封印し眠りにつく。後を託された機械知性は人類の居ない地球を静かに見守っていくのだが。

テーマは「長期的な視点」。人間の愛は近視眼的である。目の前、身の回り。自分の生きている時代だけにその愛は向けられがちで、巨大なスケールで物事を捉えるのは苦手である。人類に文明は向いていないのではないか。それならば、愛の夢と共に眠らせておけばよいのではないか。美しい話に見えるが、この結末は実にシニカルである。

「不要不急の断片」北野勇作

新型コロナウイルスは人間の生活様式を一変させた。行動は制限され、外出もままならない。「不要不急」の日々を100文字で綴った断片集。

テーマはいうまでもなく「不要不急」。100文字✖10編✖7項目で構成された、コロナ禍の日常の断片集である。70のエピソードの中には、どれか一つくらいは、自分にも思い当たることがあるのではないだろうか。

コロナ禍だから読んでおきたい作品集

以上、ザックリと『ポストコロナのSF』に収録されている各編についてご紹介した。

まえがきで池澤春菜(日本SF作家クラブ会長になってしまった!)はこう書いている。

作家は予言者である必要は無い。むしろ一つの未来ではなく、たくさんのあり得たかもしれない未来を見せて欲しい。現実の重さに委縮しがちなわたしたちの想像力の地平を広げて欲しい。

そして胸をはって言ってやろう。「ほらね、小説は事実よりずっとずっと奇なり、だよ」と。

『ポストコロナのSF』p8より

冒頭に書いた「なぜSF作家は新型コロナを想像できなかったのか?」に対する、一つのアンサーが本書と言えるのかもしれない。

エスエフ作家は未来予測をする者でなくて良いのだと思う。ただ、想定外の事態に振り回されてばかりの昨今なのだから、物語の世界ではより想定外の奇想を見せつけて欲しいと思うのだ。

コロナ禍だから読みたい作品はこちら