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『ミミズクと夜の王 完全版』紅玉いづき 二つの魂の再生の日々、前日譚短編も追加収録!

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電撃タイトルとしては異例づくめのデビュー作

2007年刊行作品。第13回電撃小説大賞大賞受賞作。作者の紅玉(こうぎょく)いづきは1984年生まれの小説家。本作がデビュー作となる。発売年の「このラノ2008」で第七位。これは新人でしかも単発作品の中では最高位だった。

童話のような幻想的なカバーイラストが素敵。電撃文庫から出ているのに、全くライトノベルっぽくないテイスト(なんと磯野宏夫だ!)。そして口絵、本文イラストも無し。これはなかなかの英断だ。そして解説は有川浩ときたもんだ。なんだこの特別扱いは!当時の電撃としては、相当な自信を持って送り出してきた新人だったのだと思う。

『ミミズクと夜の王 完全版』が登場!

2022年。紅玉いずきの作家デビュー15年を記念して、『ミミズクと夜の王』の「完全版」が登場した。メディアワークス文庫からの刊行。表紙イラストはMONによるもの。電撃文庫版の表紙絵(ミミズクを描いていた)も良かったが、それに勝るとも劣らない雰囲気のあるイラスト(夜の王を描いている)で、この物語の世界観をうまく表現していると思う。二冊並べてみても意外と違和感がない。

ミミズクと夜の王 完全版 (メディアワークス文庫)

「完全版」では、オリジナルの『ミミズクと夜の王』に加筆修正が行われている。加えて、2014年に電子書籍版で刊行されていた前日譚「鳥籠巫女と聖剣の騎士」が追加されている。「鳥籠巫女と聖剣の騎士」についても重大な加筆修正が施されており、ファンとしては堪らない一冊となっている。

sasakure.UKによる『ミミズクと夜の王』イメージソングMVも公開されてた。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

良質なファンタジー作品に触れてみたい方。表紙を見て心惹かれた方。オリジナルの『ミミズクと夜の王』を読んでいて、強い思い入れのある方。初期の紅玉いづき作品を読んでみたい方におススメ!

あらすじ

額には数字の焼き印。そして両手両足には枷と鎖。ただ、自らの死だけを望む少女は魔物の王にその命を捧げるべく、夜の森へと足を踏み入れる。美しい月夜に少女は人間嫌いの夜の王に出会う。それは絶望の淵に沈んだ二人の心に、微かな光が差し込んだ瞬間だった。次第に心を通わせていく彼らだったが、その先には大いなる苦難が待ちかまえていた。

ここからネタバレ

死を願う少女と世界に絶望した魔物の物語

奴隷として蔑視と虐待の中で過ごし、死を願うに至った少女ミミズク。そして人として生を受けながら世界に絶望し魔物であることを選んだ夜の王。人間と人間ならざるもの、彼ら二人の精神の再生の日々を描く。

ヒロインの少女ミミズクは盗賊団の奴隷。常日頃から周囲に蔑まれ、過酷な日々を過ごしてきた少女だ。手足を鎖で繋がれた彼女に命じられるのは盗品の整理、死体の解体。誰からも愛されず、誰からも求められない。

一方の夜の王は強大な魔力を持つ人ならざる存在だ。しかし、彼もかつては人間だったときがある。裏切られ、大切な存在を喪った夜の王は世界を呪い、すべてを拒み、心を閉ざして夜の森に引きこもる。

孤独に飢え乾いていた二つの魂が惹かれあうのは必然といえば必然。不器用に手探りで、次第に心を通わせていく二人の描写が心に沁みる。

家畜から人、そして女になる

物語冒頭でのミミズクの自己認識は「家畜」だ。自分は人ではないのだから、酷い扱いを受けるのも当然だ。だから虐待も受けるし、差別もされる。何も望まない。何も考えない。死んでいるようにぼんやりと生きてきたミミズクが「死にたい」と願ったのが、初めての人間らしさの発露であったというのが切ない。

王国の騎士アン・デュークによって夜の王は囚われの身となる。ミミズクとの別離に際して、夜の王は彼女の記憶を消してしまう。アン・デュークとオリエッタ夫妻のもとに引き取られたミミズクは、「人間の娘」として愛されて生きることの素晴らしさを知る。登場時点では獣のようだったミミズクのことばが、次第に人間らしさ、少女らしさを帯びてくる。

家畜から人の尊厳を取り戻し、夜の王への思慕を自覚したミミズクは、ひとりの女として夜の王を救う決意を固める。凄惨な過去を持ちながらもなお、失われることの無かったヒロインのまっすぐさが読み手の心を撃つのだ。

ちなみに続編の『毒吐姫と星の石 ミミズクと夜の王』も2022年4月に「完全版」が出るようなので、刮目して待ちたいところ。

前日譚「鳥籠巫女と聖剣の騎士」を収録

既に書いた通り「完全版」では、2014年に電子書籍でのみ発売されていた(知らなかった!)短編「鳥籠巫女と聖剣の騎士」がカップリングされている。

タイトルから想像がつくと思うけど、こちらは聖剣を守護する、剣の巫女オリエッタと、王国の聖騎士アン・デュークとの馴れ初めを描いたお話。剣の巫女となるためにふつうの女として生きることを許されなかったオリエッタと、望まない聖騎士としての人生を強いられるアン・デューク。このペアは、明らかに夜の王とミミズクの二人と対比する存在として描かれている。

運命を強いられたものとして受け入れるのではなく、あくまでも「自分で選んだ」結果として前を向く。終盤のオリエッタのセリフ「この命果てるまで、あなたと共にあらんことを」は、後のミミズクの決意にもつながってくる。

なお「完全版」に収録されている「鳥籠巫女と聖剣の騎士」では、2014年版にはなかった「その後の話」が追記されている。これは『ミミズクと夜の王』本編の後日譚となっていて、まったく想定していなかったので驚かされた。ミミズクの再登場に、オリジナルの「鳥籠巫女と聖剣の騎士」を読んでいた方はビックリされたのではないだろうか。

コミカライズ版が出ていた!

オリジナルの小説版の刊行から十数年も経ているのに、なんと『ミミズクと夜の王』のマンガ版が刊行されていた!鈴木ゆうによるコミカライズである。2020年から白泉社のコミック誌『LaLa』にて連載中。現在3巻まで刊行されている。

「ダ・ヴィンチニュース」での紹介記事はこちらから。

全編ビジュアルがつくと、また違った感慨があるのでおススメ。前半部分のミミズクの痛々しさも際立って泣ける。

少女の成長を描いたファンタジー作品のおススメ