13世紀の南フランスを舞台とした歴史小説
2003年刊行作品。長いよ長いよの書き下ろし2,400枚。フツウの長編小説六冊分である。積読すること四年。ようやく読めた。
サトケンお得意のフランスモノ。今回のテーマははアルビジョア十字軍。相変わらず渋すぎるテーマチョイス。イカス。世界史愛好者なら心の琴線を揺らされるお題であろう。
集英社文庫版は2006年に登場。文庫化に際し、上下巻に分冊化されている。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)
ヨーロッパ世界、特にフランスを舞台とした歴史小説を読んでみたい方。中世を舞台とした小説作品に興味がある方。アルビジョア派異端、インノケンティウス三世、アルビジョア十字軍といったワードに心惹かれる方。ちょっと面倒な夫婦の愛の物語?がお好きな方におススメ!
あらすじ
13世紀。フランス南部オクシタニア地方。猖獗を極めたアルビジョア派異端に対して、教皇インノケンティウス三世は十字軍の結成を呼びかける。オクシタニアの中心都市トゥールーズ。有力商人の息子に生まれたエドモンの人生は激震に見舞われる。殺到する北仏諸侯たち。蹂躙されていく南部都市群。人々の運命を変えた二十年の歳月を綴る歴史小説。
ここからネタバレ
アルビジョア十字軍の顛末を描く
十字軍と聞くと、ヨーロッパ諸侯がこぞって聖地エルサレムを取り戻しに攻めていく戦いだと考えがちだけど、アルビジョア十字軍はフランス南部オクシタニア地方にて猛威をふるっていたアルビジョア派(カタリ派)の異端を滅ぼすために組織された異色の十字軍である。
当時のフランスは形ばかりのフランス王家は存在するもののその力が及ぶのはパリ近郊のみ。それ以外の地域は完全な群雄割拠状態だった。パリを中心とした北部は耕作可能な土地が少ないため非常に貧しく、逆にトゥールーズを中心とした南部は経済的に豊かで文化レベルも高かった。
異端を撲滅したい教皇側と、南部の富を奪いたいフランス王の思惑が結びつき十字軍は組織されていく。 繁栄を謳歌したオクシタニアが異端撲滅の大義名分の下に、フランス軍によって蹂躙され滅びていく四半世紀の日々をオクシタニア側から描く。
南部フランス方言は関西弁?
南部フランスの人々の話し言葉が、関西弁として表現されているのが、ものすごい違和感。ああ、フランスのイメージが……。いいのかこれで。これは最後まで慣れなかった。また、地名表記も北部と南部で異なり、トゥールーズは南部読みだとトロサ。カルカソンヌはカルカソナ。作中でも状況に応じて使い分けがされているので、最初はついていくのが大変だが、幸い地図と人物表がおまけで挟み込まれているので読むときは常時傍らに置いておくことをお奨めしたい。
多彩な登場人物たち、章ごとに視点が変わる
メインの人物は四人。まずはフランス側の初期指揮官であったシモン・ド・モンフォール。あれ、って思った人は世界史通。イギリスで活躍した有名な同名人物はこの人の息子らしい。平凡な田舎領主が十字軍に担ぎ出されて、神懸かり的な勝利を重ねるうちに人格が変貌していくさまを描く。第一章は彼の視点で描かれている。
二人目はトゥールーズの有力者の息子として生まれたエドモン。最愛の妻がアルビジョア派の教えに傾倒し出家してしまい人生が暗転。復讐のためにドミニコ会の異端審問官として再登場する。異端者を殺し、燃やしまくる。複雑な立場の設定だ。第二章と第四章は彼が主役。プロローグとエピローグにも登場する。全編を通じての主人公と言えるだろう。
続いてラモン七世。薔薇色の都と呼ばれたトゥールーズを治めるトゥールーズ伯。野心家で相応の能力もありながら時の運に恵まれず。しかし、単に悲劇の人物としては描かれていなくて、狡猾にして好色。滅びの美学を知る複雑な性格の人物として描かれている。サトケンはこういうキャラの描き方が上手だな。第三章と第五章の主役。
最後はエドモンの妻ジラルダ。名家の娘に生まれながらも夫エドモンとの関係性に悩み異端に走る。アルビジョア派の出家信者、完徳女としてエドモンを生涯悩ませる。奔放過ぎる行動の連続にただただ唖然。悪意がない分よけいにたちが悪い。『傭兵ピエール』に出てきたジャンヌを思い出させるキャラクター。最終章は彼女の視点から描かれる。
異端者と異端審問官の元夫婦
前半は戦記モノとして展開されるが、後半はエドモンとジラルダ夫婦の切っても切れない腐れ縁のような愛情の相克を描く形に変容していく。最後まで戦記モノとして読みたかった部分もあり、ちょっと残念。終盤の戦闘シーンがあっさりしすぎているんだよなあ。最終章はアルビジョア派終焉の地モンセギュールが舞台。画像を見たけど、雰囲気ある場所なので、サトケンがここに行って霊感を授かってしまったのは納得。
GoogleMapで見てみるとこのあたりね。
妻を救いたいエドモンと、自らの信仰に殉じようとするジラルダ。というか、最後は信仰云々じゃなくて、壮大な夫婦喧嘩で終わってしまったような気もするが、まあ、これはこれでアリかな。相変わらずのサトケン節で、最後は読者の涙を絞り尽くす。やるな。でも、お前らイチャイチャするのいいけどこの時何歳だよ(笑)というツッコミは野暮かしらん。