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『推し、燃ゆ』宇佐美りん 第164回(2020年度下半期)芥川賞受賞作品

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宇佐美りんの第二作

2020年刊行作品。『文藝』秋季号(2020年7月号)に発表された作品を書籍化したもの。第164回(2020年度下半期)の芥川賞受賞作品である。

筆者の宇佐美りんは1999年生まれ。2019年のデビュー作『かか』でいきなり文藝賞、更に三島由紀夫賞を史上最年少で受賞。そして、二作目の『推し、燃ゆ』で、早くも芥川賞を受賞。これは、綿矢りさ(当時19歳)、金原ひとみ(当時20歳)の受賞に次ぐ若さである。

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

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2021年の2月25日時点で47万部を突破(スゴイ!)。純文学界における、久しぶりの大型新人の登場である。

河出文庫版は2023年に登場。解説は金原ひとみが担当している。

河出書房新社による最新リリースによると、全世界での発行部数は80万部を突破したとのこと。堂々たる大ベストセラー作品にまで成長している!

推し、燃ゆ (河出文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

芥川賞受賞作品、ベストセラーとなった話題の作品を読んでみたい方。「推し」のいる人生を歩んできた方。「推し」のいる人生に興味がある方。周囲とのコミュニケーションに悩んでいる方におススメ!

あらすじ

アイドルグループまざま座所属の上野真幸が、ファンの女性を殴り炎上した。真幸を強く推す、女子高生あかりは衝撃を受ける。あかりの人生はままならない。家庭にも学校にも居場所がない。アルバイト先でも上手くいっていない。アイドル上野真幸を推すことだけに没頭していくあかり。その果てにたどり着いた場所は……。

ココからネタバレ

周到に配慮された主人公造形

『推し、燃ゆ』の主人公あかりは、片付けが出来ない。約束事が守れない。漢字や九九の暗記にすら支障を来してしまう。それでいて好きなことについては、寝食を忘れて没入出来てしまう。興味のあることなら忘れないし覚えられる。

前半部分を読んでいくうちに、あかりの個人的な属性がなんとなく見えてくる。発達障害の女性を主人公に据えるのは、とても勇気が必要になる判断だったと考える。差別的だったり、貶めたりするような不適切な書き方をすれば、本作が炎上しかねない。この点で、作者はかなり慎重に筆を運んでいるように思える。

あかりは、学業や、アルバイトどころか、日常生活にも支障を来すような人物である。そんな彼女を本作では、決して美しくも感動的にも描かない。生々しいあかりの生きづらさは、悲劇性を伴うが、読んでいて嫌悪感は抱かない。ただ、同情心も湧いてこない。ヒロインを突き放しつつも、ギリギリのところで踏みとどまている。このバランス感、距離感の保ち方は凄いと感じた。奔放に描いているようで、実は相当に周到な配慮の元、本作は書かれているのではないだろうか。

断絶の物語

あかりは何事もうまくこなすことが出来ない。学校の課題は忘れてしまうし、友人に教科書を借りたことも忘れてしまう。学業は全くうまくいかず、遂には中退の憂き目に遭う。あかりを理解できない家族は、遂にあかりを祖母の家へと追い出してしまう。アルバイトはクビ。そして、推していた上野真幸(うえのまさき)も芸能界を引退してしまう。

周囲と上手に繋がることが出来ない。コミュニケーションの断絶が本作では印象に残る。あかりは、そもそも上野真幸以外の人間や物事に関心がない。そんな真幸への想いすらも、強烈な一方通行である。何も報われることはない。

「お互いお互いを思う関係を推しと結びたいわけではない」。あかりはそもそもが他者に対しての興味を抱いていない。あかり自身が繋がることを拒絶している。物語の終盤、あかりはあらゆる繋がりを絶たれ、ひとり閉じこもっていく。第三者的に見れば、それは孤独で辛い環境のように思えるのだが、あかりはそのようには感じていない。

繋がりを求めるから辛いのであり、何も求めなければ、そもそもの辛さが発生しない。一切の、繋がりを拒んだあかりの環境は、閉じていても実は心地の良い空間であったのかもしれない。

肉体の呪縛の物語

この物語のキーワードとして再三登場するのが「肉体」である。あかりの人生が、何かにつけてトラブル続きなのは、彼女の持つ「肉体」の特殊な属性故である側面が強い。

この属性が無ければ、あかりは忘れものもしないだろうし、学業にも専念できただろう、高校も中退せずに済んだ。家族とも上手く関係を築けたであろうし、アルバイト先でも失敗しなかった筈だ。

しかし人間にとって「肉体」の呪縛は一生である。「肉体」は生涯の檻。誰しもが自分の「肉体」からは逃れることが出来ない。これほどに追い詰められた状態となっても、あかりは自らの「肉体」と共に生きていくしかない。

ラストシーンであかりは、「肉の戦慄きにしたがって、あたしはあたしを壊そうと」する。「滅茶苦茶になってしまったと思いたくないから、自分から、滅茶苦茶にしてしまいたかった」。しかし、そんなあかりが振り上げたのは、ぶちまけても後始末が楽な綿棒のケースであった。

あかりは散乱した綿棒を拾い集める。その姿は自らの骨を拾う姿のように思える。逃げることのできない「肉体」の呪縛と人は生きていく。生きていくしかない。そんな諦念を感じさせてくれる幕の引き方なのであった。

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