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『イクサガミ 天』今村翔吾 刀の時代の終焉、明治のバトルロワイアル開幕

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今村翔吾の書下ろし伝奇バトルアクションの第一弾

2022年刊行作品。文庫書下ろし。作者の今村翔吾(いまむらしょうご)は1984年生まれの歴史小説、時代小説作家。2020年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞を受賞。同年『じんかん』で回山田風太郎賞を受賞。そして2022年に『塞王の楯』で直木賞を受賞している。

イクサガミ 天 (講談社文庫)

表紙イラストは『東京喰種トーキョーグール』で知られる、マンガ家の石田スイが手掛けている。

タイトルに「天」とあり、続巻として『イクサガミ 地』が2023年に刊行済み。よって、最終巻は『イクサガミ 人』となるのでは予想される。タイミング的には2024年中には発売される感じかな?

しかしながら、今村翔吾クラスの売れっ子なら、単行本で出しても十分売れたのではないか?文庫書下ろし企画とはなんともぜいたくな話である。

講談社文庫の特設サイトはこちら。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

剣劇によるバトル小説がお好きな方。伝奇ジャンルの時代小説が好みの方。山田風太郎の忍法帖シリーズ。特に『甲賀忍法帖』のファンだという方。バトルロワイアル系、生き残り頭脳バトル的な作品がお好きな方におススメ。

あらすじ

明治11(1878)年。破格の大金が得られるまたとない機会。京都天龍寺に集まったのは、いずれもいわくありげな「武技ニ優レタル者」たち総勢292名。東海道を下り、互いに戦って生き残り東京にたどり着け。主催者によって示されたのは戦慄のサバイバルゲームだった。家族のため戦いに身を投じた嵯峨愁二郎は、十二歳の少女双葉に出会い、行動を共にすることになる。果たして二人の行く手に待つものはなにか?

ここからネタバレ

東海道バトルロワイアル

本作は明治時代を舞台とした壮絶な伝奇バトルアクションだ。292名もの「武技ニ優レタル者」が集められ、金のために命を懸ける。出発地点は京都で、目的地は東京。彼らは東海道を下りながら、主催者の定めたルールに従って行動しなくてはならない。

作中で示されているルールは以下の通り。

  1. これから銘々に東京を目指す
  2. 必ず天龍寺の総門、東海道の伊勢国関、三河国池鯉鮒、遠江国浜松、駿河国島田、相模国箱根、武蔵国品川の七カ所を通ること。
  3. それぞれ二、三、五、十、十五、二十、三十点なければ通過出来ない。
  4. 何人にも、このことを漏らしてはならない。
  5. 一月後の六月五日に東京にいなければならない。
  6. 途中での離脱を禁ずる。 木札を首から外せば離脱とみなす。
  7. 以上を破りし時、相応の処罰を行う。

参加者は番号のついた木札を首から下げなくてはならない。そして七つのチェックポイントでは、所定の数の木札を所持していなくてはならない。つまり、自分以外の他者を倒して木札を奪わなくてはならないのだ。

このイベントは「こどく」であると冒頭に示されており、大方の予想通りこれは「蟲毒」の意であることが後半には明らかとなる。ちなみに「蟲毒」とはこんな呪術。

(前略)動物を使った呪術の一種である。代表的な術式として『医学綱目』巻25の記載では「ヘビ、ムカデ、ゲジ、カエルなどの百虫を同じ容器で飼育し、互いに共食いさせ、勝ち残ったものが神霊となるためこれを祀る。この毒を採取して飲食物に混ぜ、人に害を加えたり、思い通りに福を得たり、富貴を図ったりする。

蠱毒 - Wikipediaより

この時点で、ろくでもない企画であることは明確で、生き残った者がなんらかの生贄的な扱いを受けるであろうことが想像が付く。

登場人物一覧

まずはカンタンに登場するキャラクターを整理しておこう。最初に嵯峨愁二郎の出自ともなった京八流(きょうはちりゅう)の面々から。京八流は孤児から育てた八人の弟子たちを命懸けで競わせ、ただ一人の継承者を選び出す過酷な流派。

  • 赤池一貫(あかいけいっかん):四年前に死亡。先を予想する「北辰」の遣い手
  • 嵯峨愁二郎(さがしゅうじろう):主人公。かつては土佐藩の厄介になっていたことも。幕末の剣客として、嵯峨刻舟(こくしゅう)の名で知られていた。足技「武曲」を遣う。妻の志乃(しの)と子の十也(とおや)がコレラに罹患し金が必要となる
  • 祇園三助(ぎおんさんすけ):耳に特化した奥義「禄存」を遣う
  • 化野四蔵(あだしのしくら): 武器破壊?の技「破軍」の遣い手。他に兄弟弟子から奪った「巨門」「廉貞」を遣う
  • 壬生風五郎(みぶふうごろう):不明
  • 蹴上甚六(けあげじんろく):不明
  • 烏丸七弥(からすましちや):不明
  • 衣笠彩八(きぬがさいろは):唯一の女性。23歳。攻撃の軌道を曲げる奥義「文曲」の遣い手
  • 岡部幻刀斎(おかべげんとうさい):朧流(おぼろりゅう)の遣い手。京八流の継承を見届る役目柄

続いて「武技ニ優レタル者」の皆さん。

  • 双葉(ふたば):亀山藩香月栄太郎の娘。正ヒロイン。病気の母のために戦いに加わる
  • 柘植響陣(つげきょうじん):元伊賀同心。愁二郎に共闘をもちかける
  • 仕込み杖の老人:達人級の腕前を持つ
  • カムイコチャ:神の子の異名を持つアイヌ人。21歳
  • 貫地谷無骨(かんじやぶこつ):新政府側の剣客。戦闘狂
  • 菊臣右京(きくおみうきょう):花山院の青侍。太刀を遣う

最後にイベント主催者側

  • 槐(えんじゅ):「蟲毒」を取り仕切る男
  • 橡(つるばみ):「蟲毒」における嵯峨愁二郎の担当者

『甲賀忍法帖』を彷彿とさせる

今村翔吾作品といえば『羽州ぼろ鳶組』シリーズや『くらまし屋稼業』シリーズのような時代小説か、『八本目の槍』『じんかん』『幸村を討て』などの歴史上の人物を描いた歴史小説の書き手という印象が強く、本作のような伝奇アクションを書く作家という印象は薄かった。それだけにちょっと嬉しい。エンタメ要素にスキルを全振りした今村翔吾の真骨頂が『イクサガミ』なのだ。

東海道を西から東へ。定められたメンバーが所定のルールに基づき殺し合いを行う作品としては、山田風太郎の『甲賀忍法帖』があまりに有名だろう。

せがわまさきによるコミカライズの傑作『バジリスク~甲賀忍法帖~』も有名。

『甲賀忍法帖』は伊賀と甲賀、それぞれ十人ずつのバトルロワイアルだった。一方で『イクサガミ』はもっと規模が大きく292名による殺戮合戦となっている。しかもチェックポイント制が取られており、ただ生き残るだけではなく、一定の数を稼ぐ必要もある。このあたりに戦略性が生じ、キャラクターごとの駆け引きが生まれてくるところは、この物語の見どころのひとつだ。

『るろうに剣心』的な……剣の時代の終わりを描く

『イクサガミ』を読んで、『甲賀忍法帖』ともう一つ、想起させられた作品がある。和月伸宏の『るろうに剣心』だ。『るろうに剣心』は明治11(1878)年あたりから物語がスタートしており『イクサガミ』と時期が被る。

『イクサガミ』や『るろうに剣心』が始まる二年前の明治9(1876)年に、軍人や警察官以外の帯刀を禁じる廃刀令が発布されている。明治10(1877)年には、不平士族による最大規模の武装反乱であった西南戦争が起きている。侍の時代、刀の時代は終わろうとしているのだ。

明治政府は度重なる不平士族たちの反乱に手を焼いており、彼らの勢力を抑え込むためにさまざまな施策を施した。刀を持つことを禁じた、廃刀令もそのひとつだ。主人公たちは、人並外れた剣の腕前を持ちながらも、その力を発揮する場所がない。東海道を東下する際には、帯刀して歩くことも出来ず、刀剣類は人目につかないような形で持ち運ばなければならない。かつて侍だった人間にとってこれほどの屈辱はないだろう。

一方、権力者側である明治政府にとっては、反乱分子となりうる「武技ニ優レタル者」は邪魔者でしかない。『イクサガミ』では、こうした権力者側の思惑も反映されているようで、この先の展開が気になる。

『イクサガミ 天』までの進行状況

最後に本巻までのイベント進行状況と生き残りの参加者数をまとめておこう。()内の数字は通過に必要となる札の数である。ちなみに宮は現在の名古屋市熱田。池鯉鮒(ちりゅう)は知立市に該当する。

  • 第1チェックポイント/天龍寺の総門(2):292人⇒129人
  • 草津:115人
  • 鈴鹿峠:101人
  • 第2チェックポイント/関(3):91人
  • 宮:84人
  • 第3チェックポイント/池鯉鮒(5):次巻以降到着
  • 第4チェックポイント/浜松(10):次巻以降到着
  • 第5チェックポイント/島田(15):次巻以降到着
  • 第6チェックポイント/箱根(20):次巻以降到着
  • 第7チェックポイント/品川(30):次巻以降到着

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