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『王朝奇談集』須永朝彦・編訳 むきだしの「怪異」がただそこにある!

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須永朝彦の没後に刊行された作品集

2022年刊行作品。編者の須永朝彦(すながあさひこ)は1946年生まれの歌人、作家、評論家。2021年に物故されている。表紙絵に使われているのは、酒井抱一の「秋草鶉図」。

王朝奇談集 (ちくま学芸文庫 ス-14-2)

巻末に収録されている金沢英之(かなざわひでゆき)の解説によると、まず1995年~96年にかけて国書刊行会から発売された須永朝彦編・訳の『日本古典文学幻想コレクション』全三巻があった。これをベースに、まず江戸時代の作品を集めた『江戸奇談怪談集』が2012年にリリースされた。

これと対になる、平安・鎌倉期の作品を対象とした書籍の刊行が模索されていたようなのだが、須永朝彦の死去により、この企画は生前には実現できなかった。

しかしながら、遺品のパソコン内にデータとして、書名と収録作品のリストが遺されており、それをもとに刊行されたのが本書『王朝奇談集』となっている。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

不思議な話、怖い話、なんだかよくわからない話が好きな方。王朝時代の説話集を、わかりやすい現代語訳で読んでみたいと思っていた方。平安~鎌倉時代の歴史がお好きな方。須永朝彦作品に興味がある方におススメ!

あらすじ

狐を妻として娶った男の物語(狐妻)。極楽へ行く方法とは(智光曼荼羅)。蹴鞠の達人に訪れた奇跡(鞠の精)。いまは亡き妻との思わぬ再会(亡妻の現身)。僧が転生したのはなんときのこ!(平茸の村)。猫が守刀を奪う不思議(唐猫変化)。後鳥羽院が懲らしめた詐欺師(天竺の冠者)他、王朝期の説話集や歴史書より、奇想天外、はたまた幻想的なエピソード82編を厳選した魅惑の作品集。

平安・鎌倉期の17作品からセレクト

『王朝奇談集』には、博覧強記で、特に古典文学に精通していた須永朝彦が、ピックアップした82の不思議な物語が収録されている。出典となっているのは以下の17作品。

「日本霊異記」「日本往生極楽記」「大鏡」「今昔物語」「成通卿口伝日記」「唐物語」「古事談」「発心集」「続古事談」「十訓抄」「宇治拾遺物語」「今物語」「古今著聞集」「沙石集」「撰集抄」「平家物語」「海道記」。

各エピソードは短いものなら1ページ未満、長いものでも10ページ以内に収まっているので、気軽に読んでいけるのが嬉しい。読む順番も気にしないでいいので、興味のあるものからつまみ食いしていっても良いかと思う。

現代人の発想からはなかなか出てこない、奇妙奇天烈な展開や、よく知っている歴史上の人物の意外なエピソード、短いながらも独特の余韻を残す不思議なお話など、バラエティに富んだ構成で最後まで飽きさせない。須永朝彦の現代語訳も読みやすく、わたし的には最高の一冊だった。

以下、特に気に入ったエピソードを紹介。

ここからネタバレ

染殿の后

出典は「今昔物語」。

染殿の后(そめどののきさき)とは、文徳天皇の女御であった藤原明子(ふじわらのあきらけいこ)のこと。物の怪に取り憑かれていたとの記録が複数の史料で確認できる人物。女御に恋焦がれ、愛欲を募らせたのちに鬼となった聖人。その妄念の行きつく果て。こういうエロティカルな話がふつうに出てくるあたり、古典文学は面白い。

蕪の怪

出典は「今昔物語」。

旅先で性欲を持て余してしまい、とりあえず手近にあった蕪を引き抜き穴をあけ、なんとか興奮を鎮めた男。その後、何も知らずにその蕪を食べた地元の娘が妊娠してしまう(酷い!)。結局男は責任を取って娘を娶る。「男女は交わらずとも、身の内に精液があれば、子どもがうまれるものなのだ」と、したり顔での締めくくり方も凄い。

怪女漂着

出典は「古事談」。

身の丈2メートルを超える大女が丹後の国の海辺に漂着する。船の中には食物や酒が備えられていた。この船に近づいたものは皆、病を発し、そのため女は上陸を許されない。そしてそのまま女は死んでしまった。僅か四行。物語というよりは覚書のような短い作品だが、行間に込められた哀感。さまざまな想像を喚起する豊かな物語性に震撼させられた一編。本作のベストを挙げるならこの作品になる。

外法

出典は「宇治拾遺物語」。

任地に赴く途中で、郡司の家に宿を求めた男。この家の娘の美貌に欲情し、夜這いをかけた男は、自らの一物が消失していることを知る。様子を見に行かせた、男の郎党たちも全て一物を失い、仰天して逃げ出すことに。後日、郡司は男たちの一物を返してくれた。ちゃんと元通りくっついたらしい(笑)。古典に出てくるセクシャルな因果応報譚大好きだ。

伊勢の人魚

出典は「古今著聞集」。

平清盛の父、忠盛が、任地の伊勢国で、漁師たちに海で捕れた人魚を献上される。さすがこれは不気味に思って漁師に返却したところ、彼らはこれを切り分けて、美味い美味いといって食べてしまった。その後、漁師たちには何事も変わったことはなかったらしい。これ、人魚の肉エピソードだけど、このあっさりとした終わり方が好き。

人を造る

出典は「撰集抄」。

平安朝のホムンクルス製造譚。出家し、孤独を感じた西行は、人骨を集めて「人を造る」ことにした。完成したそれは、声は出すものの心は宿らず。失敗を悟った西行はそれを山中に置き去りしてしまう(おいおい!)。その後明かされる、徳大寺実能による「人を造る」レシピ!成功事例では、既に公卿の身分にまであがっている者もいるらしい。

ただそこに怪異がある

以上、『王朝奇談集』に収録されている作品の中から、特に傑作と思われるエピソードをご紹介してみた。

須永朝彦のセンスなのだと思うのだが、本書に選ばれているエピソードは、しっかりとしたオチがついていたり、人生の教訓となるような学びがあったり、などという側面がほとんどない。理路整然とした説明もない。むきだしの「怪異」がただそこにある。だがそれがいい!

他にも紹介しきれなかった魅力的なお話が無数にあるので、興味のある方は是非手に取って頂きたい。得難い読書経験になるはずだ。

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