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『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光 電子書籍では味わえない至福の読書体験がここに!

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20万部突破の大ヒット作に!

作者の杉井光(すぎいひかる)は1978年生まれ。デビュー作は2006年の『火目の巫女(ひめのみこ)』。第二作の『神様のメモ帳』はアニメ化もされて、シリーズ累計100万部を超える大ヒット作に。第三作の『さよならピアノソナタ』もシリーズ累計30万部超のヒット作。

杉井光というと、どうしても初期の二作品を代表作として挙げたくなってしまうのだが、デビューから十数年を経て、新たに「代表作」となっていきそうな作品が登場した。それが本作『世界でいちばん透きとおった物語』だ。

世界でいちばん透きとおった物語 (新潮文庫 す 31-2)

本作は新潮文庫NEXへの書下ろし作品。2023年5月に刊行され、その後わずか二か月半で20万部を超える大ヒット作となっている。表紙イラストはふすいによるもの。

なお、これほど売れているにも関わらず電子書籍版は刊行されていない。その理由は本作を最後まで読めば理解できる。

こちらは20万部突破時のリリース記事。

新潮社による公式ページはこちら。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

ふつうのミステリのトリックに飽き飽きしている方に。極上の読書体験を求めてやまない方に。電子書籍も良いけど、紙の本もやっぱりいいよね!と思っている方。杉井光作品に興味があるけど、どれから読んでいいか迷っていた方におススメ!

あらすじ

「僕」は有名ミステリ作家の宮内彰吾と校正者の母親との間に、非嫡出子として生まれた。母は交通事故で亡くなり。数年後、父である宮内彰吾の訃報がもたらされる。宮内彰吾は死の間際まで、遺作になる『世界でいちばん透きとおった物語』という作品を世に残そうとしていた。天涯孤独となった「僕」は失われた父の原稿を探す羽目に陥いるのだが……。

ここからネタバレ(未読の方は絶対読んじゃダメ!

登場しないのに存在感がある宮内省吾

本作の主人公、藤坂燈真(ふじさかとうま)は、シングルマザーであった、母、藤坂恵美(ふじさかめぐみ)と二人で暮らしていた。父親はミステリ界の大御所、宮内省吾(みやうちしょうご)。母が事故死し、やがて宮内省吾も胃がんのため死亡する。その後、宮内省吾の実子(燈真の腹違いの兄にあたる)である松方朋晃(まつかたともあき)が現れ、宮内省吾の遺作『世界でいちばん透きとおった物語』の捜索を依頼されるという導入だ。

宮内省吾は傲岸不遜な人物として知られ、女遊びも激しかった。遺作の手がかりは彼が晩年を過ごした四人の愛人たちにあるのではないか?かくして主人公は、不本意ながら宮内省吾の愛人たちの元を訪ね歩くことになる。

本作の開始時点で既に死亡しており宮内省吾が、直接的に登場することはない。彼の人柄は本妻の息子である松方朋晃や、四人の愛人たちの視点で間接的にしか描写されない。わがままで自分勝手。母と自分を捨てた男。当初は最悪であった、主人公の「父」の印象は、数多くの人々の話を聞いていく中で次第に変化していく。もはや会うことが出来ない故人の姿を、複数の人物の視点から浮き彫りにしていく手法が上手い。

主人公の特殊性

さて、本書の肝は「紙の本でしか体験できない」独自の仕掛けにある。

「透きとおる」ための仕掛けは、物語の序盤から周到に張り巡らされている。

僕は10歳のときにかなり重い病気にかかり、検査漬けの入院生活の末にかなり難しい脳外科手術を受けなければいけなくなった。

(中略)

結局後遺症は残ってしまった。本を読んでいると目がちかちかしてつらくなるのだ。

日常生活では、さほど支障はなかった。読書の時に困るだけだ。

(中略)

不思議なことに、PCやスマホの画面で文字を読んでも目の負担にはならなかった。

電子書籍を試してみると、問題なく読める。紙の本がずっと好きだったけど、背に腹は代えられない。

『世界でいちばん透きとおった物語』p14~16より

序盤のこの描写がまず大ヒント。主人公の目の状態が、かなり特殊な状態であることがわかる。紙の本だと目がちかちかして読めない。だが電子書籍なら読める。その他にもゲラ刷りなら読める。教科書は駄目だがテスト用紙なら問題なく読める。これはどういうことだろうか?

普通はそういう本って、問題文ページをめくった後に答えを書きますよね。その本は「読者への挑戦」のページにそのまま話の続きが書いてあって真犯人を探偵が大いばりで指摘してるんですよ。

『世界でいちばん透きとおった物語』p101より

主人公の更なる特殊性が伺えるのが上記のシーン。実際には紙を捲った次のページに書かれている筈の文章が、主人公には読めてしまっていることがわかる。

燈真さんの目は特別なんです。おそらく視覚がコントラストに対して過剰なまでに鋭敏なのだと思います。

『世界でいちばん透きとおった物語』p206より

コントラスト過敏。幼き日の脳手術の影響から主人公は、紙の裏側の文字まで読もうとしてしまう。そのため通常の紙の本を読もうとすると激しい疲労感を覚えてしまう。裏面がない、ゲラ刷りやテスト用紙がすらすら読めるのはこのコントラスト過敏のせいだったのだ。

読めばあなたも「透きとおる」

主人公の父親である宮内彰吾は、なんとも複雑な人物だ。愛人、藤坂恵美の妊娠を知った際には堕胎を迫るなど、強い嫌悪感を示した彼だったが、いざ、実際に主人公が生まれた後は屈折した愛情を垣間見せる。主人公の手術費用を、相当な無理をして用立てているし、『魔法使いタタ』を息子のためだけに書いてもいる。

そんな宮内彰吾は、自らの死期を悟った時に、主人公のために最後の作品を残そうとする。コントラスト過敏で紙の本が読めない息子でも読める本。それはいかなる作品であればいいのか。

空白部分の裏、そして次のページ、ここに文字がなければいいわけですから、すべての見開きの文章レイアウトをまったく同じ左右対称形にするんです。重ねられたページのどの箇所でも、文字の裏には必ず文字が、空白の裏には必ず空白があるようにする。そうすれば透けて見えなくなります。

『世界でいちばん透きとおった物語』p209より

これが驚愕の真相解明シーン。

これ、口で言うのはカンタンだけど、実際にやるのは至難の業なのでは?読み手の誰もがそう思うだろう。だが、次の瞬間、読者は気付くのだ。あれ、いま読んでいるこのページ、裏側の文字が透けて見えない??そして、理解するのだ。この物語のすべてのページで、空白の裏に文字が透けて見えないことに。マジかよ!わたしたちは、最初からまさに『世界でいちばん透きとおった物語』を読まされてきたのである。

なお、物語の最後のページ(p233)で、もうひとつの「透きとおる」仕掛けが施されている。第二ヒント的な意味合いか?p209の真相解明をスルーしてしまった方も、ここまで読めば、作者の意図に気が付くのではないだろうか。

p233の「     」の言葉はトリックのヒントとして機能させながらも、最後の最後に、父と子の想いが通じ合ったシーンとしても描かれていて、作者の凄みを感じずにはいられなかった。

ちなみに、表紙イラストには満開の桜の下。宮内彰吾の最後の原稿を手にした主人公の姿が描かれている。宮内彰吾の最後のひとことが「     」なのであれば、それはこの瞬間に主人公に伝わったことになる。「透きとおっていればーーだれかが見つけてくれる」。宮内彰吾の遺志は確かに伝わったのである。

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