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『ピエタ』大島真寿美 追憶、ありえたかもしれない未来、そして人生は続く


2012年の本屋大賞第三位

2011年刊行作品。作者の大島真寿美(おおしまますみ)は1962年生まれ。1992年に「春の手品師」で文學界新人賞を受賞。同年、すばる文学賞最終候補となった『宙の家』がデビュー作。キャリアの長い作家だが、俄然注目を浴びたのが、2012年の第9回本屋大賞で三位を取った本作である。

その後、2014年の『あなたの本当の人生は』が直木賞候補作に、そして、記憶に新しいところでは2019年の『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』ではとうとう直木賞を取ってしまった。この十年での躍進が著しい感があるが、その契機となったのが本作『ピエタ』なのではないかと個人的には考えている。

ピエタ

ピエタ

 

ポプラ文庫版は2014年に登場している。現在読むならこちらの版かな。

([お]4-3)ピエタ (ポプラ文庫 日本文学)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

40代に入って人生の区切りを一つ越えたなと思った方、自分の人生はこれで良かったのかなと悩んでいる方、女性同士の心の繋がりについて読んでみたい方、古楽ファン、ヴィヴァルディの音楽が好きな方におススメ!

あらすじ

18世紀ヴェネツィア。親に捨てられた孤児たちを養育するピエタ慈善院。そこでは優れた音楽能力を持つ女性たちが「合奏・合唱の娘たち」と呼ばれ、欧州一円に名声を響かせていた。現在は演奏の現場から離れ、事務方として働くエミーリアは、かつての師ヴィヴァルディの訃報を聞く。恩師の足跡を追っていく中で、エミーリアは自身の青春の日々を追想していく。

ココからネタバレ

人生を変える師との出会い

表紙に描かれている二人の少女は、幼き日のエミーリアとアンナ・マリーアだろう。この時、二人は若き音楽家ヴィヴァルディに出会う。初対面のヴィヴァルディは、即興で口ずさんだ二つの旋律を授けることで、二人に和声の美しさではなく、和声の楽しさを教える。

ここでエミーリアはひとりではない、他の誰かと旋律を合わせることの楽しさを知る。他者との関わり合いの中で人は生きている。他者と心を合わせて生きていくことの大切さに、これからエミーリアは気づかされていくことになるのである。

本作を象徴するような印象的な導入部で、この時の二人を表紙のチョイスに持ってきたのは凄いセンスだなと感じ入った。

ピエタとヴィヴァルディ

本作は音楽家として名高いヴィヴァルディの訃報が主人公にもたらされたところからスタートする。ヴィヴァルディの没年は1741年。この時点で主人公のエミーリアは孤児として捨てられてから45年とある。物語は、エミーリアの少女時代から、老境(この時代としては)に差し掛かった50代後半くらいまでの人生の歩みを描いていく。

この当時のヴェネツィアは独立した共和国(ナポレオンに滅ぼされるまで1100年も続いた!)。ピエタ慈善院にはスカフェッタと呼ばれる、赤ちゃんポストが設けられており、養育できなくなった子どもを引き取る仕組みが存在していた。

男児は16歳を超えると院を出なくてはならないが、女児は結婚しなければそのまま残ることができた。特に音楽的な才能に恵まれたものは「合奏・合唱の娘たち」に選ばれ、演奏活動に従事した。女性だけで構成された優れた音楽団体として、音楽史的にも重要な存在である。本作に登場するアンナ・マリーアはヴァイオリニストとして名声を博した実在の人物である。

ピエタ慈善院は、優れた音楽家を招聘し「合奏・合唱の娘たち」の指導に当たらせた。その中でももっとも有名なのがかのヴィヴァルディである。ヴィヴァルディの下、「合奏・合唱の娘たち」の活動は全盛期を迎えるが、ヴィヴァルディの退任と共にその栄華の日々は終わり、緩やかな衰退期に入る。

遠い昔の終わり

本作のヒロイン、エミーリアは「合奏・合唱の娘たち」に所属し、ヴァイオリンを弾くこともあったようだが、その腕前は一流の域にまでは至らず、40代に入った今では一線から離れ事務方として働いている人物である。

ヴィヴァルディの訃報をきっかけとして、エミーリアはこれまで顧みることのなかった過去への扉を開ける。師の係累たちに出会い、青春期を共に過ごした旧友たちに再会し、歳月を経た中での変化を知る。エミーリア自身にもかつて実らなかった恋があり、想い人であった男性がその後、幸せな家庭を築いていることを知る。

ありえたかも未来、あったかもしれない幸せ。あの時、こうしておけば良かった。もはや取り返しのつかない過去の悔恨の一つや二つ、誰にもであるだろう。それだけに、エミーリアの忸怩たる想いが同年代の読者としては胸に迫る。

エミーリアは誰にも言えずにいた秘密を口に出すことで、自分の若き日々が本当の意味で終わったことを知る。ヴィヴァルディの情人であったコルディジャーナ(高級娼婦)のクラウディア、貴族の娘に生まれながらも次々に夫を亡くして寡婦として実家に出戻ったヴェロニカ、数奇な縁で繋がったこの二人と語り明かした夜は、本作でもっとも印象的なシーンの一つである。

「忘れられない冬になった」。苦難の多い人生の中でも、気まぐれのように奇跡のように満ち足りたひと時が与えられることがある。それは日々を懸命に生きてきた人間へのせめてものご褒美なのだろう。こうした時間があるからこそ、人は生きていけるのである。

むすめたち、よりよく生きよ

若き日のヴェロニカがヴィヴァルディの楽譜に書き残した一編の詩。ヴィヴァルディの死後、散逸し行方がわからなくなったこの楽譜だが、この謎はなかなか解明されない。しかし最後の最後に思わぬ展開が待っていた。なんとヴィヴァルディはヴェロニカの詩に曲をつけていたのである。

クラウディアの葬儀の日、漕ぎ手のロドヴィーゴが歌う「むすめたち、よりよく生きよ」はこの物語のクライマックスである。不意打ちすぎで、ここで涙腺が決壊した読者も多いのではないだろうか。作者の構成力に脱帽である。ここホントに凄い。

時として音楽は人を救う。この時エミーリアたちは50代半ば。かつての師から贈られる人生へのエールを彼女たちがどう聞いたのか。自分たちはよりよく生きたのか。この歌は登場人物たちだけでなく、本作に触れた、読み手ひとりひとりの胸にも強く響いてくるのである。

l'estro armonico(調和の霊感)

ラストシーン。長らく演奏の場から離れていたエミーリアが、ふたたびヴァイオリンを手にするのが感慨深い。幼き日、師ヴィヴァルディから学んだ、他者と音を合わせる和声の楽しさの世界に彼女は還って来たのである。

ピエタの中庭で、老境に入った「合奏・合唱の娘たち」がゆったりと奏でた"l'estro armonico"はどんな曲であったのか?思いを巡らしてみるのも本作の愉しみの一つと言えるだろう。

 

ちなみに、作中に頻繁に登場する"l'estro armonico"は日本語では『調和の霊感』と呼ばれる。

単一の楽曲ではなく、全12曲で構成された協奏曲集だ。ヴィヴァルディ初期の代表作である。全12曲もあるのだが、作中ではどの曲が演奏されたのかは明確に示されない。文庫版のp27では「ヴァイオリン協奏曲」とあるので、第3番(RV310)、第6番(RV356)、第9番(RV230)、第12番(RV265)のいずれかであろうか。

個人的には第12番(RV265)の静かな第二楽章が一番好き。最後に演奏されたのはこの曲なのではと予想しておこう。

第3番(RV310)

第6番(RV356)

第9番(RV230)

第12番(RV265) ※第二楽章は3:25くらいから

www.youtube.com

 

([お]4-3)ピエタ (ポプラ文庫 日本文学)

([お]4-3)ピエタ (ポプラ文庫 日本文学)

 

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