夏に読みたい時間モノ
2005年刊行作品。第37回星雲賞日本長編の部の受賞作である。作者の新城(しんじょう)カズマは1991年から富士見ファンタジア文庫で上梓された『蓬莱学園』シリーズがデビュー作(懐かしい)。
本作は、タイトルの通り「夏」に読んでおきたい一作。表紙イラストの鶴田謙二が雰囲気出ていて素晴らしい。
なお、タイトルは「サマータイムトラベラー」ではなくて「サマー/タイム/トラベラー」が正しい表記である。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
表紙絵が気になる。タイトルを見てピンと来た方。時間モノのエスエフ作品が好きな方、夏+地方都市+青春小説、この組み合わせに無性に惹かれる方、ちょっとしんみりしてみたい方におススメ!
あらすじ
あの夏の日。悠有は確かに時間を跳んだ。それは偶然なのかそれとも必然だったのか。かくして「時空間跳躍少女開発プロジェクト」は始まり、タクトはその喧噪に巻き込まれていく。数多ものタイムトラベルSFを読みあさり、県道での時間跳躍実験が繰り返される。街で頻発する放火事件。謎の脅迫状。全ては悠有につながっていた。そして運命の日はやってくる。
ココからネタバレ
地方都市のスーパー高校生たち
舞台は架空の小都市、辺里(ほとり)。盆地。人口20万人弱。小さな城下町で、ギリギリスターバックスがある程度の規模。イメージ的には長野県で例えるなら松本よりやや小さく、上田よりはちょっと大きい程度の規模だろうか。
登場する連中は高偏差値者揃い。高校生の頃からボルヘスを原語で読んでいる主人公ってどうなのよ。その他の友人たちも、超がつく美人でお嬢様、、市内随一の名家の坊ちゃん、喧嘩最強少年だったりと、なにこのスーパー高校生軍団という趣き。
こういう場合、余程うまく書いてあげないと、読者がキャラクターに反発を感じてしまって一体感を持って読めないと思うのだけど、これってどうなの?あえて痛々しい感じを出してみましたってことなのだろうか。回想スタイルで書いているのだから、もう少し気を配って書いた方が正直支持層が広がったと思う。この部分はちょっと残念。
地方都市を舞台とした青春小説の系譜
地方都市に、頭のいい子たちを集めて、不思議現象と、友情と、恋愛と、世間のしがらみとかをゴチャっとかき混ぜてみるとこんな話が出来ましたという印象。いわば新城版『時をかける少女』。恩田陸が書けば『球形の季節』で、平谷美樹が書けば『君がいる風景』で、菊地秀行が書けば『インベーダーサマー』で、古野まほろが書けば『天帝のはしたなき果実』になる(これはSFじゃないけど)。
古今のタイムトラベル作品へのオマージュとして
根っからのエスエフ畑の人たちには喜ばれるとは思うものの、蘊蓄の語りすぎが、物語のテンポを止めているのもきつい。ペダンティックな部分の語りが「ふーん」と腑に落ちるレベルを超えていて、文系脳にはサッパリわからないのが哀しい。古今のタイムトラベル作品についていろいろと言及されているのは楽しかったけど。
駆けていくものと残るもの
地方都市の閉塞感、この年代故のどこにもいけない絶望感はよく出せていた。そして、そんなしがらみを軽々と越えて、彼方の未来へと駆けていくヒロイン。一緒に行くことは出来ない主人公。残る者と、進む者。旅立つ悠有を送るときに、タクトがそれまで自分では乗ろうとしなかった自転車を買って(しかもモールトン!超絶高い自転車だ)現れたのは、オレはここでオレの時間を走っていくというせめてもの彼の決意表明なのだろう。クライマックスのお別れのシーンは感涙モノ。
でもさ、頭が良すぎるのも考え物で、それでもタクトは「行くな」と悠有に言うべきだったんだと思う。ラストに出てくる公園のオブジェが切ない。
おまけ
ちなみに本作で登場する自転車モールトンの価格表がこちら。そうそう気軽に乗れる自転車ではないことが理解できると思う。憧れの乗り物だ。欲しい。。。
そして、全然関係ないけど『サマータイムマシン・ブルース』はタイトルは似ているけど、まったくの別物。時間エスエフバカ映画(つじつま合わせ系)として秀作なので、わりとおススメ。フツウに田舎の女子大生役を演じている上野樹里が新鮮なのである。