『黎明に叛くもの』の外伝的な作品
分冊(ノベルズ)版の『黎明に叛くもの』4冊にそれぞれ入っていた外伝作品を文庫一冊にまとめたものが本書。単独で読んでも楽しめるとは思うが、やはり本編を先に読んでしまうことを強くお奨めしておく。
あらすじ
若き日の斉藤道三と松永久秀。傀儡果心との出会いを描く「隠岐黒」。若き日の信長が出会う贅の限りを尽くした豪華絢爛たる祭船「天王船」。本能寺の変直後、毛利の大軍と対峙する秀吉はいかにして中国大返しを成功させたのか「神器導く」。失われし暗殺教団の末裔は元代の福州に居た。その凄絶なる復讐劇を描く「波山の街」。計四編を収録した伝記短編集。
以下、各エピソードについてコメント
「隠岐黒」
本編の時間軸よりも少し前。少年時代の久秀初の暗殺仕事と、そして生涯のパートナーとなる果心との邂逅までを描く。久秀の兄者ラブラブな気持ちが、この時点で既に溢れんばかりで腐女子な皆さんには悦ばれそうなお話。
「天王船」
表題作。尾張有数の古社津島神社の大祭、津島天王祭で使われる船のことを指す。表紙カバーの写真はよく見ると現在の天王船を撮影したもののようだ。この祭は日本三大川祭の一つにもなっている。祭礼の夜に天王川を往く、天王船の壮麗さ。妖しくも幻想的な情景が美しく描き出されている一編。なお、津島神社については『信長、あるいは戴冠せるアンドロギュノス』も参照。すごいよ牛頭天王。
「神器導く」
三作目。これは久秀死後のエピソード。意外に秀吉が普通の人で拍子抜けした。死してなお戦国の世を惑わす久秀の妄念に惚れる。信長の仇を討つべく、戦線から撤退する秀吉を何故、毛利が追撃しなかったのか。戦国屈指のミステリーの一回答例ともなっているが、この手の戦国モノにはありがちなオチでいささか宇月原らしくない。この後の秀吉が堕ちていく闇については『聚楽 太閤の錬金窟』参照のこと。
「波山の街」
ラスト。これは完全に別のお話というか、そもそも時代がまるで違う。元の時代。フビライ治世下の福州での物語。いずれ日本に受け継がれ、久秀が習得するに至る失われし暗殺術波山の法。この時代の伝承者たちが、いかなる数奇な運命をたどったのかを描く。狂言回しはなんとマルコ・ポーロさんだ。
話の流れは読めるのだけど、いかにもな妖しげな舞台設定、アイテムの使い方、描写のいかがわしさが素敵なので、俄然読んでいて燃えてきてしまう。ジパーノ爺さん最高や!