ネコショカ

小説以外の書籍感想はこちら!
『方丈記(全)』鴨長明・武田友宏編
角川のビギナーズ・クラシックスで古典を読む

『嘘つきなふたり』武田綾乃 “正解を選ぶだけの人生”からの逃避行

本ページはプロモーションが含まれています


友情と嘘の物語

2022年刊行作品。作者の武田綾乃(たけだあやの)は1992年生まれの小説家。代表作はいうまでもなく2013年の『響け! ユーフォニアム』だろう。武田綾乃は同シリーズだけで10作以上の著作があるが、非ユーフォニアム系のノンシリーズも、手堅く書き続けている。『嘘つきなふたり』は、そんな武田綾乃のノンシリーズ系の最新作となる。

嘘つきなふたり (角川書店単行本)

ちなみに表紙イラストはちょむが担当。存在感があって、アクの強そうな女性キャラクターを描かせると、この人は上手い。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

違っているからこそ惹かれあう、そんな関係に憧れている方。京都を舞台としたミステリベースの青春小説を読んでみたい方。親と娘の関係性について考えてみたい方。『響け! ユーフォニアム』以外の武田綾乃作品を読んでみたい方におススメ。

あらすじ

東京で一人暮らしをしていた朝日光(あさひひかり)は、小学校時代の同級生、長谷川琴葉(はせがわことは)と再会を果たす。優等生だった光と、問題児だった琴葉は、対照的な存在であるがゆえに不思議とウマがあった。謎の死を遂げた当時の担任。『私が先生を殺したの』と告げる琴葉。ふたりは、かつて果たせなかった京都への"修学旅行"をやり直すことになるのだが……。

ここからネタバレ

修学旅行をふたりだけでやり直す

この物語は、2022年、30歳が間近となった主人公の朝日光が、小学校時代の学級委員長小川美帆(おがわみほ)から、同窓会の連絡を受けるところから始まる。ここから光の回想が始まり、物語は現在から過去を追想する形で進行していく。

朝日光は東京大学を受験するような、いわゆる優等生女子で、小学校は公立だったものの、中学からは私立に通い、地元の一般同級生たちとは距離が出来ているような存在だ。

小学校時代の光には、仲の良かった同級生、長谷川琴葉がいた。出来の良い光とは真逆で、勝手に教室を飛び出したりと問題行動の多かった琴葉。そんな琴葉だったが、修学旅行を目前にしてある日突然、転校が決まり、光の前から姿を消してしまう。

19歳になり、再会を果たした光と琴葉は、かつて実現できなかった"修学旅行"を実現すべく、急遽、京都に向けて旅立つ。

京都の超定番スポットを旅するロードノベル

映画のジャンルのひとつに「ロードムービー」がある。Wikipedia先生から引用させていただくとこんな意味だ。

旅の途中で起こる様々な出来事が、映画の物語となっている。旅をしているため、場面の現場が移り変わっていくのが特徴である。

ロードムービー - Wikipediaより

これの小説版が「ロードノベル」だ。直訳すれば「旅小説」となるだろうか。『嘘つきなふたり』は、全体のほとんどが、光と琴葉が京都を旅するシーンで構成されている。京都タワー、二条城、平等院、四条河原町、嵐山、鴨川、伏見稲荷と、京都の超定番スポットをめぐる女ふたりの旅が楽しい。

この物語では、およそ10年ぶりに再会を果たしたかつての同級生が、旅をしていく中で、お互いの秘密を知り、ふたたび心の距離を縮めていくまでの過程が丁寧に描かれていく。

毒親と"正解"を選ばされてきた人生

光と琴葉。まったく対照的な性格のふたりだが、ひとつ大きな共通点がある。それは「母親の支配に強く囚われてきている」点だ。光の母親は、略奪愛で光の父親と結婚し、強いコンプレックスを持つが故に娘を東大に入れること執着する。一方で、シングルマザーの琴葉の母親は、男性への依存が強く、娘の担任教師であった中山大輔(なかやまだいすけ)と関係を持ち、琴葉を苦しめることになる。

子どもは親の影響から逃れることはできない。子どもは親の価値観に染まりがちだし、親がやれと言えばやらざるを得ない。本当はそんなことはしたくなかったのに……。自分からは何も選ぼうとしなかった。親が決めた"正解"だけを選んできた自分の人生は正しかったのか。これまで考えても来なかった、自分の中にあった葛藤にやがて光は気づかされていく。

自分の人生は自分で決める

物語の前半では、ふたりの小学校時代の担任教師、中山大輔が不審な死を遂げたことが明らかとなっている。これに対して琴葉は『私が先生を殺したの』と告げるが、光はそれを冗談として取り合わない。10年ぶりの"修学旅行"の過程で、次第に中山の死の真相が判明してくる。そして、ふたりがそれぞれについていた"嘘"も明らかになっていく。

光と琴葉は、それぞれに中山の死に関与していた。同じ死をわかちあうことで、光と琴葉の関係性は、ふたたび強く結びなおされ、分かちがたいものとなる。

エピローグで、作者は光のモノローグの形で、こんなメッセージを残している。

この歳になると、自分の人生全てに満足いくわけじゃない。何かを選ぶのと同様に何かを選ばないこともまた、大きな決断である。その事実に否応なしに気付かされ、だけど後悔があるわけでもない。

『選ばない』にだって、『選ぶ』と同じように結果がついて回る。生きるって、学生の頃に思っていた以上にしんどいことの連続だ。

『選ぶ』にしても『選ばない』にしても、自分で決めた結果なのであれば納得ができる。『嘘つきなふたり』は、親に人生の決断を強いられてきた、ふたりの子どもが、自分の人生は自分で決めてい良いのだと気付かされるまでの物語なのだ。

本作が気に入った方はこちらもおススメ