詠坂雄二が描く終末の世界
2016年刊行作品。詠坂雄二(よみさかゆうじ)としては10作目。前作の『ナウ・ローディング』が2014年刊行だったので、当時としては二年ぶりの新作ということになる。英語タイトルは「MOVER」。
単行本版のカバー超怖いんですけど……。詠坂雄二の作品ってこういう不気味テイストなカバーデザインが多いのだけど、これでちょっと損してる気がするんだよね。
文庫版は、新潮文庫Nexからの登場。文庫化に際して「北ノ町」が追加され、全六編構成となった。
表紙イラストはなんとつくみずが担当!単行本からガラッとデザインが変わってビックリ。
つくみずは『少女終末紀行』で知られるマンガ家。終末の世界を描かせたら天下一品の方なので、このチョイスは大正解だと思う。
『少女終末紀行』については「2019年に読んで面白かったマンガ11選」で言及しているのでよかったらこちらのレビューもどうぞ。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
つくみずの表紙イラストに惹かれた方。詠坂雄二的な、技巧とたくらみに満ちた物語構造を楽しみたい方。終末的な世界観を魅力的だと感じている方。エスエフテイストのミステリ作品(というか、ミステリテイストのエスエフ作品かも)を読みたい方におススメ!
あらすじ
科学文明が崩壊し、衰退を続ける人類社会。崩壊していく世界の中で「町」を巡る旅人の正体は?常に強い風が吹き続ける町での奇妙な死(風ノ町)。人と犬との関係性。謎めいた男との出会いがもたらしたもの(犬ノ町)。陽神の玉座がそびえる、太陽のために成立している町(日ノ町)。極北の大地で知る人類文明の残滓(北ノ町)。人のいなくなった町に残る不老伝説(石ノ町)。科学文明の遺産、巨大な堰堤に築かれた町(王の町)。世界の謎を巡る六編の連作短編集。
ここからネタバレ
以下、各編を簡単にご紹介。
風ノ町
尋常ではないほどの強い風が24時間吹き続ける風ノ町。「珍しいものが好きなのです」と語る旅人がこの地を訪れる。強風を活かした風力発電。電力屋。「風にふかれて」消えていく住民たち。果たして彼らはどこに行ってしまったのか。
詠坂雄二作品はさまざまな切り口で読み手を異界へと誘う。今回は明らかに現代世界とは異なる場所が舞台となっているようだ。
冒頭に登場する風来(フェンライ)と呼ばれる巨大な工学作品は、オランダの彫刻家テオ・ヤンセンによるキネティック(動く)彫刻ストランドビースト(Strandbeest)を想起させられる。
ビジュアル的な描写がひと段落ついたところで、主人公である旅人にはこんな言葉が投げかけられる。
「外から来たなら気になるだろ? この音」
この言葉で、この世界の「音」を読み手は想起させられる。世界観が一気に立ち上がってくる瞬間で、この導入部は上手いなと感じた。
犬ノ町
森林限界を超えた高地で、旅人は人と犬が共生して暮らす町にたどり着く。そこは初めて犬となった存在が現れた地。最初の犬の物語。人の愛着を得た獣を犬と呼ぶ。町の伝承を聞いた旅人は、奇妙な事件に巻き込まれる。
旅人と犬の研究をする学者との観念的な会話にめげそうになったのはナイショ。
町に伝わる最初の犬の伝承。新天地を拓く個体はみな旅人であること。最初の犬は旅人であるべきこと。旅人の存在が、常なる人間とは異なることが示唆される。
日ノ町
その町は、陽神の玉座を持つ。太陽のために成立しているその町には、巨大な構造物が聳え立つ。伝承は信仰へとつながり、玉座の四方には祭祀場が設けられている。この町を訪れた旅人によって明かされる、陽神の玉座の真実とは……。
このエピソードで本作『人ノ町』の世界観がようやく見えてくる。この世界が現代の科学文明の延長線上にあること。そしてかつての科学の力は衰え、人類は衰退へと向かっていることが明かされる。
陽神の玉座は、陽神を捕らえる檻。かつて核融合炉として稼働していたものであった。科学文明が失われた世界では、巨大な核融合炉はその大きさ、その得体の知れなさから信仰の対象になっている。わずかに残る、往時の科学力を知るものにとっては、この時代の人類文明の無力さ、非力さを示す象徴となっている点が哀しい。
北ノ町
雪と氷に閉ざされた極北の地を訪れた旅人は、氷穴堀りの仕事を請け負う。観測人と名乗る男に案内され、旅人は氷河の中に埋もれた古代の遺物を掘り起こす。そこには、遠い過去に命を落とした人物の屍体が眠っていた。
単行本版にはなく、文庫化に際して追加されたエピソード。この物語の起承転結的には「転」にあたるポジション。時系列的には一番最後のエピソードなのだろうか。旅人はオーロラの中で自らの死の実感を得る。読む側としては主人公が死んでしまってビックリ。しかし、詠坂雄二作品なのでこれで気を抜いてはいけない。
続く、石ノ町、王ノ町を読むとだいぶ印象も変わってくる内容で、最後にもういちどこのエピソードを読み直してみると感慨深くもある。
石ノ町
廃墟となった石積みのある町。老いない人々が住む町。そんな伝承が残るこの地だが、無人となって久しい。この場所を訪れた、医師、商人、そして旅人。彼らはどうしてここにやってきたのか。そして明かされる旅人の正体。
この世界の秘密が一気に解明される謎解き編的なエピソード。不老の人とは、旅人のことであり。しかも彼女(彼?)らは複数存在する。かつて人類は不老不死の人間を作り上げたが、その精神は脆弱で肉体の長命さに耐えられなかった。長命を保ちながら精神の死を逃れる唯一方法は、新たな刺激を五感に与え続けること。かくして、旅人は新たな刺激を求めて世界を彷徨い続ける宿命を負わされたわけだ。
新たな刺激が失われた時が旅人の命が尽きるとき。衰退を続ける人類文明にあって、新たな刺激はもう得られないのではないかと思われた。それでも人の世は更新され続け、意外にも刺激は耐えることがなかった。先細る一方に思えた、終末的な世界観に仄かな光が当てられるラストが嬉しい。
王ノ町
川のほとりに築かれた町。そこには科学文明の遺産である巨大な堰堤があった。この町は優れた王の力で周囲を統べ、いまも発展を続けている。しかし王の余命がわずかとなった時、この町にも新たな変化が訪れる。
最終エピソード。滅びの道を歩んでいくかに思えた人類世界に「国家」の概念が生まれようとしている。これまで禁忌とされてきた「建国」への道。かつての科学文明が、あえて捨てた「国家」を人類はふたたび作ろうとしている。それは希望なのか、過ちの繰り返しなのか。終末の世界を見届けてきた旅人は、「建国」を後押しする選択をする。
海へ還るにはまだ遠い道のりがあるようだ。
不死の人生を生きることにむなしさを覚えていた旅人に、この先の人類を見届けたいとする意欲が生まれる。旅人に、ふたたび生きたいと願わせこの物語は終わる。
旅人は複数いる?
以上、『人ノ町』に収録されている六つのエピソードをご紹介した。
本作を読み終えて気になったのは、六編それぞれに登場する旅人は同一人物なのだろうか?という点である。不死の存在である旅人は、その精神を保つために、五感に新たな刺激を与え続けなくてはならず、旅をすることを宿命づけられている。
そして「石ノ町」で明らかになったように、旅人のような不死者は一人ではない。であれば、各編の旅人は同一人物でなくても良いのではないかと思うのである。
「石ノ町」の時点では既に石積みを行う不死者がいなくなっている。よってこの時点では、このエピソードに登場する旅人が最後の不死者である可能性が高い。
わたし的には「北ノ町」で命を落とした旅人だけが別の存在で、残りは同一人物なのではと推測している。特に強い根拠があるわけではないのだけど、「北ノ町」だけが後から書かれている点。「王ノ町」でもっと生きたいと願った彼女には、死んで欲しくないかな。そんな希望的観測にしか過ぎないのだけど。
まだ読みが浅いと思うので、少ししたらもう一回再読してみるかな。
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