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『星のせいにして』エマ・ドナヒュー 第一次世界大戦下、スペイン風邪の蔓延、産科発熱病棟の三日間


エマ・ドナヒューの邦訳、二作品目

2021年刊行作品。オリジナルの米国版は2020年に登場しており、原題は『The Pull of the Stars』。作者のエマ・ドナヒュー(Emma Donoghue)は1969年生まれ。アイルランド系のカナダ人作家。

星のせいにして

デビュー作は1994年の『Stir Fry』。長編作品が七作ほど書かれているが、邦訳されているのは、今回紹介する『星のせいにして』を除くと、2010年刊行(邦訳版は2011年)の『部屋(Room)』のみ。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

第一次世界大戦。スペイン風邪。アイルランド。このキーワードが気になる方。女性しか知りえない、産科病棟を舞台とした物語を読んでみたい方。

時代区分も、作品内容も異なるのだけれど、逢坂冬馬の『同志少女よ、敵を撃て』に没頭出来た方なら、強くお勧めしたい一作。

あらすじ

1918年。第一次世界大戦下のアイルランド、ダブリン。20世紀最大のパンデミック、スペイン風邪が蔓延する中、産科発熱病棟の看護婦ジュリア・パワーは、ボランティアとしてやってきた娘、ブライディ・スウィーニーと出会う。人も物もない中で、次々に搬入され産気づいていく感染した妊婦たち。絶望的な状況下で、ジュリアは生まれてくる命を守るために奔走する。

ここからネタバレ

20世紀最大のパンデミック「スペイン風邪」

『星のせいにして』は20世紀最悪の感染症であった、スペイン風邪が猛威を振るった時代、アイルランドの首都ダブリンを舞台としている。

スペイン風邪は1918年から1920年にかけて、世界中で大流行した感染症だ。インフルエンザの一種とされるが、その感染力、猛毒性は凄まじく、現在進行中の新型コロナウイルスと比較しても、それをはるかに超える大きな被害をもたらした。

全世界で5億人が感染したとされ、 世界人口(18億-19億)のおよそ27%(CDCによれば3分の1)とされており、 これには北極および太平洋諸国人口も含まれる。死亡者数は5,000万-1億人以上、おそらくは1億人を超えていたと推定されており、人類史上最も死者を出したパンデミックのひとつである。

スペインかぜ - Wikipediaより

折悪しくというべきか、スペイン風邪の流行は第一次世界大戦(1914年~1918年)の終盤期と重なっている。人類史上初の総力戦を強いられた第一次世界大戦は、兵士のみならず、一般庶民の生活にも大きな影響を与えた。物資は不足し、人手は足りず、女性も過酷な労働現場に動員される。この状況がスペイン風邪の流行を加速させている。

本作の主人公、ジュリア・パワーは間もなく30歳を迎えようとする、産科発熱病棟で働く看護婦だ。この時代、多くの医師や看護婦が戦場に派遣されていて、国内の医療現場には人がいない。戦時故に満足な医療物資もない。そんな中で、スペイン風邪に罹患した妊婦たちが、絶え間なく担ぎ込まれてくるのだ。

パンデミック下の産科発熱病棟を描く

ジュリアが働く産科発熱病棟は、臨時に設けられたもので狭い室内にはベッドが三床。通常の産科から、スペイン風邪に罹患してしまった患者だけが隔離され、運ばれてくる。日勤のジュリアはこの三床の患者を一人で看護しなくてはならない。登場する妊婦は五人。

  • アイリーン・ディヴァイン
  • イタ・ヌーナン
  • メアリー・オーラヒリー
  • デリア・ギャレット
  • オナー・ホワイト

アイリーン・ディヴァインは貧困層の女性。33歳のイタ・ヌーナンは11度目の妊娠。メアリー・オーラヒリーは17歳の妊婦で、子どもがどこから生まれてくるのかも理解できていない。デリア・ギャレットは中産階級の出身。オナー・ホワイトは孤児施設出身で、二人目の私生児を出産しようとしている。

極度の貧困。過酷な労働環境。行き届かない教育。脆弱な福祉。劣悪な衛生環境。ジュリアの担当患者たちは、当時のアイルランド社会の縮図とも言うべき人々で構成されている。20世紀前半は多産多死の時代だ。通常時ですら、出産は命がけだというのに、登場する妊婦は全員がスペイン風邪に罹患している。

現場にはまともな産科の医師が存在せず、出産のほとんどはジュリアひとりが担当している。母親の胎内で息絶えてしまう子ども。障害を持って生まれてくる子ども。子を残して死んでしまう母親。母子ともに助からなかった命。この物語では壮絶な、女性の戦いの現場が描かれている。絶望的な状況下でも、命を諦めようとしない、ジュリアのひたむきな姿が読み手の心を打つ。

星のせいにして

とにかく人手が足りないジュリアの病室に、無資格のボランティア女性ブライディ・スウィーニーが派遣される。ブライディは教会の孤児施設出身の女性で、家族はおらず、誕生日すらもわからない。辛く凄惨な過去を持つブライディだったが、生来の明るく、前向きな性格がジュリアの心を救っていく。

嵐のような日々の中で、束の間訪れた静寂の時間。「病と戦争疲れに侵略された私たちの四角い世界」から逃れた二人は至福の時を過ごす。互いの身の上を語り合い、互いの「誕生日」をお祝いする。ジュリアにとって、それはかつて得られなかった幸福な時間であっただろう。そして何よりも、これまでの人生で何一つ、良いことがなかったブライディに、この一夜があったことは、せめてもの救いだったのではないかと思う。

作中ではリン医師の言葉を借りて、作者はこんな言葉を残している。

インフルエンザ・デラ・スティレーー星々の影響(インフルエンス)。中世イタリアの人々は、病は天界が人間の運命を握っている証拠だと信じていた。

『星のせいにして』p183より

とかく人間は、物事の結果を当事者の選択の結果だとみなしたがる。人間が不幸になるのは、それまでの選択が誤っていたからだとする自己責任論だ。しかし、運命とはままならないものだ。人生の中では、個人の力では如何ともしがたい出来事が起こる。

ジュリアは云う。

そうだ、星々を責めればいい。だけど、死んだ人たちを責めるのはやめて。だって望んでそうなった人なんて、いないんだから。

『星のせいにして』p318より

最終章の終盤では、各章のサブタイトル「赤」「茶」「青」「黒」の意味が明らかとなる。ままならない人生の、もっとも残酷な一面をジュリアは自身で体験することになる。

誰もが差別と偏見からは逃れられないが

この物語の中では、さまざまな差別や偏見のかたちが描かれる。看護婦として働くジュリアは働く女性として、当時、最前線の現場にいた人間だろう。しかし、女性の社会進出を快く思わない男性たちがいる。病院の雑役夫であるグロインは、ジュリアたち、働く女性たちへの軽蔑を隠そうとしない。修道院出身の、看護婦シスター・フィニガンは貧困層の人間に対して強い差別意識を持っている。

リベラルで、公正な価値観を持っているかに思われた主人公ジュリア当人も、自身では気づかないところで、実は他者を差別し見下していたことに気づくシーンがある。差別や偏見は、誰もが心の中に持っているものなのだ。この問題の根の深さを感じさせる場面だったと思う。

物語の最後で、ジュリアは、母親に死なれた、私生児バルナバス・ホワイトを引き取ることを決意する。そんなジュリアに対して、シスター・フィニガンからの容赦のない偏見の目が向けられる。ジュリアは最愛の存在を得て、その直後にそれを永久に喪った。愛する存在を失った世界で生きていくために、そして、自分の中にあった偏見や差別と向き合うために、ジュリアにはバルナバスが必要だったのかもしれない。

それでも人生は私たちのもの

すべての人生の出来事を、個人の選択の結果に求めてしまうのは、とても無慈悲な考え方だ。あまりに酷すぎる運命は「星のせいにして」しまえばいい。

だが、ジュリアはこうも云うのだ。

私たちが生まれたその日に、それぞれの将来がもう決められているなんて、私は今まで信じたことがない。星々が何かを教えてくれるならば、その点々は私たちがつなぎ、私たちが生きることで運命が描き出されている。

『星のせいにして』p301より

それでも自分で選んで生きていくことには価値があると考えたい。

ラストシーン。ジュリアは生まれたばかりの幼子を抱えて、世界の終りのような通りを歩んでいく。意のままにならない、辛く厳しい現実世界でも、ジュリアは自分で選んで生きていこうとしているのだ。

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