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『同志少女よ、敵を撃て!』逢坂冬馬 セラフィマの銃口はわたしたちをも狙っている


アガサ・クリスティー賞大賞&直木賞候補作、衝撃のデビュー作

2021年刊行作品。作者の逢坂冬馬(あいさかとうま)は1985年生まれ。本作『同士少女よ、敵を撃て!』で、第11回のアガサ・クリスティー賞の大賞を受賞して作家デビューを果たしている。

同志少女よ、敵を撃て

逢坂冬馬はデビュー作である『同士少女よ、敵を撃て!』がいきなり、直木賞の候補作品に選ばれており、各界に衝撃を与えた。発売が2021/11/17と年末であったため、今年のミステリ系各賞の対象とはなっていないが、来年の「このミス」などでは間違いなく上位入賞が狙える作品である。

上記のハヤカワの記事では、12/17時点での発行部数が72,000部と、新人のデビュー作とは思えない凄まじい数値をたたき出している。しかしこの72,000部も間違いなく通過点に過ぎず、この作品はまだまだ売れるだろう。それくらいの傑作。

なお、表紙イラストは雪下まゆが担当。パッと見、タッチが違うけど、浅倉秋成の『六人の嘘つきな大学生』のカバーと同じ人なんだぜ。

PRTIMESに表紙イラストの1枚絵が掲載されていたのでご紹介しちゃう。一枚絵で見ると、雰囲気がだいぶ違う。

https://prtimes.jp/i/73162/10/resize/d73162-10-0a82432f6d58dd458991-1.jpg&s3=73162-10-1b1b3a950c5a50a9e937e1bcd5739c70-3000x1428.jpg

22年ぶりのデビュー作受賞なるか? 逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』が第166回直木賞候補作に。|株式会社 早川書房のプレスリリースより

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

女性同士の利害、立ち場を超えた連帯について書かれた作品を読んでみたい方。第二次大戦、特に独ソ戦を舞台とした作品に興味のある方。いま話題の作品を読んでみたい方におススメ!

あらすじ

1942年2月。第二次大戦中のソヴィエト、イワノフスカヤ村。少女セラフィマは、進軍してきたドイツ軍兵士らに母親を殺され、村を焼かれる。赤軍兵士のイリーナによって命を救われたセラフィマは問われる、「戦いたいか、死にたいか」。志願して狙撃兵となったセラフィマは、最大の激戦地となるスターリングラードへ向かう。独ソ戦の惨禍をくぐりぬけていく中で、セラフィマが見たものとは。

ここからネタバレ

女性が最前線に立った国ソヴィエト

第二次世界大戦の東部戦線、ナチスドイツとソヴィエト連邦との戦いは独ソ戦と称される。両軍合わせての犠牲者数は世界史史上最悪の3,000万人。ヒトラーとスターリン。独裁者に率いられた国では人命は尊重されず、降伏はおろか、撤退することすら許されない。

このあたりの事情は、2020年の新書大賞を受賞した大木毅の『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』に詳しい(『同士少女よ、敵を撃て!』の巻頭言でも使われている)。

ソヴィエト連邦は、第二次大戦で唯一女性を最前線に送った国として知られている。従軍した女性兵士の数は優に100万人を超える。戦場に立ったソヴィエト人女性兵士の証言を集めた、スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』は、よく話題になるのでご存じの方も多いだろう。NHKの『100分で名著』でも取り上げられていた。

『同士少女よ、敵を撃て!』では、『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』『戦争は女の顔をしていない』いずれもが参考書籍として名を連ねている。昨今、独ソ戦に注目が集まる中で、また新たなベストセラー作品が生まれたことになる。

登場人物一覧

まずは登場人物の確認から。

  • セラフィマ:主人公。狙撃兵。愛称フィーマ★
  • イリーナ:セラフィマの上司。元狙撃兵★
  • シャルロッタ:狙撃兵。モスクワ出身★
  • アヤ:狙撃兵。カザフ人の猟師の娘★
  • ヤーナ:狙撃兵。隊の最年長★
  • オリガ:狙撃兵。ウクライナのコサック出身★
  • ターニャ:隊の看護師★
  • ミハイル:セラフィマと同郷の兵士
  • マクシム:歩兵大隊長☆
  • ユリアン:狙撃兵☆
  • フョードル:兵士☆
  • ボグダン:督戦隊☆
  • イェーガー:ドイツ軍の狙撃兵

登場するのは基本的には2つのグループ。メインとなる集団が、セラフィマの所属する狙撃兵旅団、第三十九独立小隊。この小隊は女性だけで構成された狙撃兵チームだ(★印)。まるでフィクションのような設定だが、ソヴィエトでは実際に同様の隊が存在していた。

もう一つが、スターリングラードを守備する、第六二軍第一三師団、第一二歩兵大隊の面々(☆)。彼らはスターリングラード攻防戦で、セラフィマたちと共に戦うことになる男性兵士たち。

残りの二人、ミハイルの方は、セラフィマと同郷の青年兵士。イワノフスカヤ村時代は、いずれはセラフィマと結婚するものと周囲からは思われていた。そして、イェーガーは唯一のドイツ軍キャラクター。セラフィマの母親を殺害した仇敵である。

シスターフッドを描いた作品

シスターフッドとは女性同士の連帯を表す言葉。友情とは少しニュアンスが異なる。利害を超えた共闘関係とでも言うべきか。

本作ではさまざまな立場、経緯から狙撃兵となることを決意した女性たちの複雑な関係性が描かれる。他に行き場所のない彼女たちは、望んで戦地に立っている。母親を失い故郷を焼かれたセラフィマ。貴族出身であるが故に、ソヴィエト体制下で過酷な境遇に置かれているシャルロッタ。我が子を殺されたヤーナ。カザフ人のアヤ、ウクライナ人のオリガも背景に込み入った事情を抱えている。

母の遺体を焼いたイリーナをセラフィマは憎む。都会育ちのシャルロッタとセラフィマは反りが合わない。不協和音を抱えたまま、最前線に送られた彼女たちだが、実戦を潜り抜けるたびに成長し、次第に信頼関係を積み重ねていく。

狙撃兵の戦い

本作の見どころはいくつもあるが、特に秀逸なのは狙撃兵としての戦いを精緻に描いている点だろう。集団で戦う通常の歩兵と異なり、狙撃兵の戦いは常に孤独である。ただひとりで狙撃地点に籠り。極寒の環境下で何時間も待機を強いられる。動けば撃たれる。狙撃の機会は一瞬。狙撃に失敗すれば、一転して次は自分が狙われる事になる。常に自分を客観視する冷静さが求められる。

初陣では散々だったセラフィマも、戦歴を積む中で練度を上げ。有能な狙撃兵に成長する。スターリングラードでの対カッコー戦と、ケーニヒスベルクでの対イェーガー戦での狙撃戦描写は、その展開の意外性もあって迫真の出来となっており、一瞬たりとも目が離せない。特に、これ伏線だったのかよ!と震撼したユリアンのタバコのトリック。そしてまさかのオリガの献身。400ページを過ぎたあたりから加速する展開と、惜しげもなく盛り込まれたアイデアの数々には唸らされた。

「撃つ」のは誰なのか

「誰か」がしなくてはならないことなのであれば、「誰か」がナチを撃たねばならない。であれば、その「誰か」は特定の人間である必要はない。それは誰でも良いのだ。従軍した当初のセラフィマは、匿名性の中に埋没することで「撃つ」ことのうしろめたさを忘れようとしていた。

しかしカッコーとの激戦を制したセラフィマにイリーナは告げる「楽しむな」と。セラフィマは敵兵の殺戮に、いつしか喜びを覚えるようになっていたのだ。イリーナは更に言う「狙撃兵として敵を撃て」と。個としての殺戮に快楽を覚え始めたセラフィマに対して、イリーナはあくまでも組織に属する兵士として、「誰か」の中のひとりに留まることを願う。

「敵」は誰なのか

殺戮の高揚が、時としてセラフィマの中の軸を揺さぶる。しかしセラフィマの中での戦いの原理は、あくまでも女性を助けるために「撃つ」だった。侵略者であり女性を殺し傷つけるドイツ兵を「撃つ」。それはセラフィマにとってはシンプルな原理だった。

しかしスターリングラード戦を経て、セラフィマの中の被害者と加害者。敵と味方。ドイツとソヴィエト。そうした境界が揺らぎ始める。そして、ソヴィエトの兵士として「撃つ」ことが、女性を救うことと一致しない決定的な瞬間が訪れる。

同郷の青年兵士ミハイルは、戦争さえ起きなければ、セラフィマの伴侶となっていたかもしれない人物だ。もっとも身近な異性であり、もっとも信頼していた異性だったはずだ。そんなミハイルさえも、戦場の同調圧力の中では、女性の尊厳を容易に奪おうとする。ここに至ってセラフィマの中の「敵」が確定する。「誰か」の中の一人でもなく、殺戮を楽しんだ狙撃兵としてでもなく、ひとりの人間セラフィマとして「敵を撃つ」。最終盤でのタイトル回収の妙味に読む側としては戦慄を禁じえなかった。

誰もが「敵」となり得る

『同志少女よ、敵を撃て!』は、理不尽な世界に対して、渾身の力でNO(ロシア語だとNjet/ニエットか)を突きつけた少女の物語だ。セラフィマは女性が国家と男性から尊厳を奪われ続けた現実を決して許さない。セラフィマの銃口は、すべてのわたしたち(特に男性)に向けられているのだなと感じずにはいられなかった。

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