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『三月は深き紅の淵を』恩田陸 「物語」の在り方を問う、恩田作品の原点

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恩田陸最初期の代表作

1997年刊行作品。『六番目の小夜子』『球形の季節』『不安な童話』に続く、恩田陸の第四作。最初期の恩田作品の一つである。

講談社のミステリ誌「メフィスト」の1996年4月号~1997年5月号にかけて連載されていた作品をまとめたもの。カバーデザインは北見隆が担当。カバーイラストだけでなく、各章の扉絵も北見隆が手掛けている。

三月は深き紅の淵を (Mephisto club)

三月は深き紅の淵を (Mephisto club)

  • 作者:恩田 陸
  • 発売日: 1997/07/02
  • メディア: 単行本
 

講談社文庫版は2001年に登場している。解説は皆川博子。

三月は深き紅の淵を (講談社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

本を読むこと。物語に没頭することが大好きな方。恩田陸作品を読みたいけど、どれから読んでいいか悩んでいる方。「理瀬」シリーズのルーツを知りたい方。あらすじを読んでワクワクしてしまった方。「物語」の在り方について考えてみたい方におススメ!

あらすじ

その本は「たった一人にたった一晩だけ」貸すことが許されている。稀覯本の探索を依頼された男が知る真実(待っている人々)。幻の作品を追い求め、二人の女が出雲へ旅立つ(出雲夜想曲)。とある地方都市で女子高生二人が転落死した。事件の背後に隠された意外な事実(虹と雲と鳥と)。次回作の構想を練る作家。取材旅行先での出来事。謎めいた学園の出来事。めくるめく物語の予感(回転木馬)。

一冊の本をめぐる四つの物語。

ココからネタバレ

外側と内側

『三月は深き紅の淵を』には外側と内側が存在する。

外側とはもちろん、本作に収録されている四つのエピソードである。各編に共通モチーフとして<帽子を被り、革のトランクを持った男>が登場する(単行本版、初期文庫版共に表紙に描かれている)。共通モチーフはストーリーに大きな影響を与えるわけではない。いわば署名のような位置づけである。

  • 待っている人々
  • 出雲夜想曲
  • 虹と雲と鳥と
  • 回転木馬

この四つのエピソードには共通して、作中作である内側の物語『三月は深き紅の淵を』の存在が、何らかの形で示されている。

「待っている人々」は内側の『三月は深き紅の淵を』をこれから書こうとしている人々の物語であり、「出雲夜想曲」は書かれた後の作者探しの物語、「虹と雲と鳥と」はいつか書かれるであろう予感の物語、そして「回転木馬」はまさにこれから書こうとしている瞬間の物語となっている。

内側の『三月は深き紅の淵を』こちらは「待っている人々」の中で言及される四つの物語である。内側の各編では共通モチーフとして<ザクロの実>が登場する。

  • 黒と茶の幻想

四人の壮年の男女が旅をする話。

  • 冬の湖

失踪した恋人を主人公の女性が恋人の親友と探す話。

  • アイネ・クライネ・ナハトムジーク

避暑地に来た少女が生き別れた腹違いの兄を探す話。聖。黎二の名が出てくる。

  • 鳩笛

作家のアタマの中を描いたようなまとまりのない一人称の話。

なんだか「ややこしい」と思われるかもしれないが、いざ読んでみればそれほど難しくない。これは恩田陸の筆力の賜物であろう。構成的には複雑な物語なのだが、それを感じさせず読ませてしまう力が本作にはある。

では、外側の『三月は深き紅の淵を』について、簡単にご紹介していこう。

待っている人々

会社員の鮫島巧一は、会社の社長の別宅に招かれ、屋敷内のどこかにあるとされる幻の稀覯本『三月は深き紅の淵を』(内側の方)の探索を命じられる。。屋敷にはひと癖もふた癖もありそうな年長者たちが待ち構えていて……。

登場キャラクターは以下の六人。

  • 鮫島巧一(さめしまこういち):会社員
  • 金子慎平(かねこしんぺい):会社会長。
  • 鴨志田(かもしだ):銀座の天婦羅屋の三代目
  • 一色流世(いっしきりゅうせい):大学教授
  • 水越(みずこし):横浜のホテル経営者
  • 圷比呂央(あくつひろお):建築家

内側として登場する『三月は深き紅の淵を』は二百部しか作られなかった私家版である。この本を読むのにはルールが存在する。

  • 作者を明かさないこと
  • コピーを取らないこと
  • 友人に貸す場合、その本を読ませていいのはたった一人だけ。それも貸すときは一晩だけ。

なんという魅力的な設定。この設定だけで勝ったようなものである。寝食を忘れて「物語」に没頭した過去を持つ読書人であればあるほど、この設定には魅入られてしまうのではないだろうか。

主人公である鮫島と四人の年長者(金子、鴨志田、一色、水越)たちとの読書談義が楽しい。この中で、恩田陸は登場人物の一色流世の言葉を借りてこう語らせている。

我々は合理的な解決や、あっと驚くトリックを待っているわけじゃない。そりゃ、そういったものがあるにこしたことはないけどね。でも、それより大事なのは、わくわくするような謎が横たわり、それに呼応する大きな答えを予感させる物語が現れることなんです。

『三月は深き紅の淵を』文庫版p41より

これは恩田陸の作品観、小説観を知る上で重要な部分である。

作品のタイトル名を問われた金子慎平が、ちょっと恥ずかしそうに『三月は深き紅の淵を』(タイトルコール!)と告げる瞬間は、まさにこの「大きな答えを予感させる物語」の気配を読む側に感じさせてくれる瞬間である。これはゾクゾクする。

なお、「待っている人々」の中では、未だ内側の『三月は深き紅の淵を』は書かれていない。

出雲夜想曲

編集者の堂垣隆子は、幻の名作『三月は深き紅の淵を』の作者を追いかけて、年長の同業者である江藤朱音と共に寝台特急出雲に乗り込む。夜通し語られる物語談義と、作者の謎。そして出雲にたどり着いた隆子を待つ、思わぬ真相とは……。

旅の非日常感を書くのが恩田陸は上手い。本作以降、何作も書かれることになる恩田陸の紀行モノの先駆けとなる作品である。作中に登場する寝台特急出雲は、現在の電化されたサンライズ出雲とは別で、機関車に牽引されたブルートレインタイプの車両である。いまではもう乗ることが出来ないのが残念である。

登場キャラクターは以下の二人。

  • 堂垣隆子(どうがきたかこ):30代の編集者
  • 江藤朱音(えとうあかね):40代の編集者

寝台特急の密室。非日常的な空間の中で繰り広げられる女同士の「物語」論が楽しい。ここでも恩田陸の作品観、作家観を伺うことが出来る。

たとえば嫌いな作家としては以下を例に挙げている。

  • 他人の作品を読まない作家
  • マニアが長じて作家になった作家
  • 自己表現の手段で小説を書いています

恩田陸は年間300冊を読む、異常な読書家としても知られる作家である。それだけに「物語」を読むことへの思い入れが強いのであろう。

また、江藤朱音の視点からこんなことも書いている。

先に物語ありき。それが朱音の理想だった。語られるべき、語らずにいられない物語自体がまずあって、作者の存在など感じさせないようなフィクション。それこそが彼女の理想なのである。物語は読者のために存在するのでも、作者のために存在するのでもない。物語は物語のために存在する。

『三月は深き紅の淵を』文庫版p129より

この一文も恩田陸の「物語」観を良く知ることが出来るものであろう。

出雲についてからの心胆を寒からしめるサスペンス的な急展開も面白い。見知らぬ地を旅していて、唯一の見知った相手である旅の同行者が、底知れぬ闇をその内側に秘めていた。旅先であるだけに既知の相手の変容は余計に怖く感じるものである。

なお、物語の中では内側の『三月は深き紅の淵を』は、既に書かれている存在である。

虹と雲と鳥と

篠田美佐緒と林祥子。地方の城下町で、二人の女子高生が崖から落ちて死んだ。自殺か転落事故か。遺された者たちが、彼女らの足取りを追う中で、やがて秘められた真実が明らかになる。

本編は、デビュー作『六番目の小夜子』以来連綿と書かれ続けている、学園モノの系譜に連なる作品である。長野県、城下町、人口十五万人とあるので、物語の舞台は上田あたりだろうか?(松本か小諸、伊奈の可能性もあると思う)。

登場キャラクタはこちら。

  • 篠田美佐緒(しのだみさお):進学校西高の三年生
  • 林祥子(はやししょうこ):志村女子の二年生。美佐緒の異母妹
  • 廣田啓輔(ひろたけいすけ):西高の二年生。美佐緒の元カレ
  • 野上奈央子(のがみなおこ):大学生。美佐緒の元家庭教師

地方都市の春夏秋冬。死に魅入られた少女の葛藤。遺された人々の苦悩。単品で読んでも特に完成度の高い作品である。異母きょうだいの設定は、本作以降も恩田陸作品にはたびたび登場する。

篠田美佐緒の死が、野上奈央子に内側の『三月は深き紅の淵を』を書かせる決意を固めさせる。「かわりに、かいてね」。美佐緒のこの言葉が、奈央子に呪縛ともなって受け継がれる。

人の生には限りがあるが、力のある「物語」は不死である。美佐緒の憧れ焦がれた「永遠」が奈央子に託される。「語られるべき、語らずにいられない物語」として託されたのである。

回転木馬

最終エピソードである「回転木馬」は奇妙な作品だ。ミステリ作品としてしっかり構成されていた前三作と比較して明らかに異質な存在である。

まず語られるのが、作品構想中の作者のモノローグだ。この作者は今にも内側の『三月は深き紅の淵を』を書き始めようとしている。内側と外側についても言及されている。ロレンス・ダレルの『アクレサンドリ・カルテット』、タイトル論、幼い頃の読書の思い出、ヘンリー・ダーガーの話、ノスタルジアへの傾倒、そして取材旅行と思しき、松江を巡る旅が綴られていく。

そして平行して語られるのが奇妙な学園の物語である。最果ての地に築かれた三月の王国。「三月以外に入ってくる生徒は、学園を破滅に導く」。二月の転校生として学園に現れた少女、水野理瀬は禍を招く存在なのか。

「この書き出しはどうだろう?」

本作中、この問いかけが何度も登場する。同じ場所をぐるぐると回り続ける回転木馬は、物語を生み出そうと苦悩している作家の姿を暗示しているように思える。「語られるべき、語らずにいられない物語」を模索し続ける作家の姿を映し出しているのではないだろうか。

作中ではこうも書かれている。

永遠に外側から眺めている乗り物。それが私にとってのメリー・ゴー・ラウンドであったのだ。

『三月は深き紅の淵を』文庫版p333より

これは物語を「読む側」の目線であったように思える。外から見ている分には回転木馬は楽しいものなのだ。

回転木馬に乗ることは「読む側」から「書く側」に立場を変えることだったのではないか。そう感じられてならないのである。

恩田陸作品の「起点」となる物語

以上、『三月は深き紅の淵を』に収録されている四編をご紹介した。

複雑なメタ構造を持つように思える本作だが、第四章の「回転木馬」で構想が提示されていることもあり、全体感を掴むのはそれほど難しくない。

恩田陸は1992年の『六番目の小夜子』で作家デビューしているが、最初の数年間は会社員としても働く兼業作家であった。恩田陸が専業作家化したのは1997年であり、奇しくも本作の刊行年と重なるのである。

『三月は深き紅の淵を』全編を通じて描かれているのは「物語」とは何なのかということである。専業化し、作家として生きていく上で、恩田陸自身の中にある「物語」の在りようを示して見せたのが本作だったのではないだろうか。

その後の恩田陸作品を読んできた読者であればご存じであろうが、『三月は深き紅の淵を』からは多くの関連作品が派生していく。「内側」の作品として登場した『黒と茶の幻想』は単著として刊行された。

「回転木馬」に登場する、水野理瀬がヒロインとなる奇妙な学園の話は『麦の海に沈む果実』から始まる「理瀬」シリーズへと発展していく。

また、「出雲夜想曲」の中では、『禁じられた楽園』に登場するアーティスト烏山響一の作品も登場している。

『三月は深き紅の淵を』は、 25年以上も前に書かれた作品ではあるが、恩田陸作品を読んでいく上で「起点」となる重要作品であると考える。物語を愛するすべての読書家に読んでいただきたい一作である。

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