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『ねじの回転』ヘンリー・ジェイムズ ヴィクトリア朝時代のイギリスを舞台とした心霊小説

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ヘンリー・ジェイムズの代表作のひとつ

1898年作品。原題は「The Turn of the Screw」。古い翻訳だと『ねじのひねり』とされていることもあるかな。作者のヘンリー・ジェイムズ(Henry James)は1843年生まれ。アメリカで生まれ、イギリスで活躍した小説家。1916年に没している。

邦訳版は古くからいくつも出ているのだけど、わたしが読んだのは2012年刊行。光文社、土屋政雄(つちやまさお)訳の古典新訳文庫版。

ねじの回転 (光文社古典新訳文庫)

光文社版は960円(税別)とややお高め。お買い得さで考えると2017年に出た、新潮文庫名作新訳コレクションの『ねじの回転』が490円(税別)とリーズナブル。こちらは小川高義(おがわたかよし)の訳になる。実はこちらも買ったのであとで読む予定。

ちなみに本作にインスパイアを受けた恩田陸による同名タイトルの作品『ねじの回転』が存在する。こちらも感想を書いているので、気になる方はチェック!

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

ヴィクトリア朝時代の空気感に触れてみたい方。この時代のイギリスがお好きな方。ゴシックホラー的なお話を読みたい!古典的なホラー作品を読んでみたいと思っている方。結末について自分なりに考えてみたいと思っている方におススメ!

あらすじ

19世紀のイギリス東部エセックス州。10歳と8歳。両親を亡くした幼い兄妹が暮らす屋敷に、ひとりの女性家庭教師がやってくる。雇用主は兄妹の伯父。不可解な契約条件ながらも、依頼を受け、現地を訪れた彼女は不可解な事件に巻き込まれる。前任の家庭教師は何故死んだのか。そして使用人クイントとの不適切な関係とは何なのか。

ここからネタバレ

住み込みの女性家庭教師という生き方

19世紀、ヴィクトリア朝時代のイギリスでは、住み込みの女性家庭教師(ガヴァネス)として働いた女性が数多く存在した。この時代、イギリスでは空前の女性の結婚難時代が到来しており、生きるために働かざるを得ない中産階級の女性が多数出現していた。だが、女性の社会進出が進んでいないこの時代では、中産階級以上の女性がお金のために働くことは、みっともないこととして低く見られていた。

そんな彼女たちが、かろうじて体面を取り繕うことができたのが、ガヴァネスという(いちおう)知的労働職だった。ガヴァネスは、同じ屋敷に住み込む召使などの使用人よりは上の立場だが、もちろん雇用主よりは下の存在で、どちらにも混ざることの出来ない不安定な立ち位置だ。労働環境は過酷で、休みはほとんど取れず、雇用主の子女の教育だけでなく、お針子のような労働までも担わされていた。

このあたりは英文学者の川本静子(かわもとしずこ)が書いた、そのものズバリな作品『ガヴァネス』に詳しいので、こちらも併読すると本作への理解が進むのではないかと思われる。

不可解な雇用条件

ヒロインである「わたし」は貧しい田舎牧師の末娘。募集広告を見て応募したガヴァネス案件だったが、そこには気になる条件が。

雇用主とは今後没交渉という条件だ。相談、苦情、連絡……一切してはならん。何があってもすべて自力で解決し、必要な金銭は弁護士から受け取ること。自分で処理して、雇い主を煩わすな……。

光文社文庫版『ねじの回転』p19~20より

社会人経験のない20歳そこそこの女性にとって、これはかなり酷な条件だと思う。現地に赴任してみなければ、自分の雇用環境がどのような場所なのかわからない。それなのに、大金持ちで魅力的な壮年男性の強い押しに説得される形で、「わたし」は依頼を引き受けることになってしまう。これがその後の悲劇につながっていく。

信頼できない語り手

『ねじの回転』はヒロインの「わたし」による一人称で物語が進行する。お屋敷にやってきた「わたし」は、やがて前任者ジェスルと、その情人であった下男のクイントの亡霊に悩まされるようになる。しかし、次第に明らかになってくるのだが、どうやら幽霊を実際に見ている(とされる)のは、「わたし」だけであり、その他の登場人物たちは幽霊を目撃していない可能性があることに読み手は気付かされる。

「わたし」にしか見えない幽霊。それにはいかなる理由があるのか。幽霊は本当に存在しているのか?古典的なホラー話かと思わせておいて、怖いのは幽霊ではなく「わたし」の精神なのではないか?当初は良好だった「わたし」と幼い兄妹との関係も、次第に綻びが生じ、最終的には最悪の結末へとたどり着く。

ラストシーンで兄のマイルズと対峙した「わたし」。そこに現れた(ように見える)クイントの亡霊。破滅的な悲劇をもたらしたのは亡霊なのか、それとも「わたし」自身なのか。ヘンリー・ジェイムズの小憎たらしいところは、徹底的に真相の明言を避けている点で、解釈は読む側に委ねられている。

ヴィクトリア朝時代ならではの性的に抑圧された社会背景。ガヴァネスならではの鬱屈した感情。ミステリとして読み解いてみたら?サイコサスペンスとして読んでみたら?有名な文学作品であるだけに、数多くの解釈が存在し、大学の卒論でお題にしている方も多かった。ちょっと検索するだけで相当数の論文がひっかかるので、読み比べてみると面白いかもしれない。

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