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『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』桜庭一樹 好きって絶望だよね


桜庭一樹の出世作!

2004年刊行作品。最初はライトノベルレーベルの富士見ミステリー文庫からの登場であった。その後、直木賞作家にまでブレイクしてしまった桜庭一樹(さくらばかずき)の出世作である。

桜庭一樹は、1999年のデビュー作『ロンリネス・ガーデン』は、正直言って決して出来のいい話では無かったのだが、2003年の『赤×ピンク』 2004年の『推定少女』あたりからネットで評判になるようになって、本作で一気に突き抜けた印象がある。

こちらが、富士見ミステリー文庫版の表紙。作品のハ内容を考えると全然あっていないように思えるのだが、無力な「砂糖菓子」感は醸し出せているのかもしれない。

本作はその後ヒットを続け、桜庭一樹が一般文芸の世界でも認知を高めていたこともあり、異例のハードカバー版が2007年に刊行されている。

そして、再文庫版は角川文庫から2009年に登場。現在、読めるのはこちらの版であろう。解説は作家の辻原登が担当している。

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet (角川文庫)

その後、音声朗読のAudible版が登場。朗読は島形麻衣奈が担当している。無料体験(所定の期間を過ぎると課金される)でひととおり聴けるので興味のある方はどうぞ。

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない

  • 作者:桜庭 一樹
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: Audible版
 

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

初期の桜庭一樹作品を読んでみたい方。ガールミーツガール系の作品、少女同士の友情の物語を読んでみたい方。地方都市を舞台とした物語を読みたい方。

ただし、どんな結末を迎えても泣かないこと!

あらすじ

中学二年生の山田なぎさの元へ、転校生として現れた海野藻屑。藻屑は美しい外見とは裏腹に、奇矯な行動で周囲を騒然とさせていく。クラスの中で孤立していく藻屑だったが、なぎさは奇妙な縁から次第に心を許すようになり、やがて二人は友人となる。交流を深めていく中で、なぎさは藻屑が実父からの深刻なDVに晒されていることに気付くのだが……。

ココからネタバレ

対照的な二人のヒロイン

山田なぎさは13歳の中学二年生。家はボロボロの公団住宅。漁師であった父は海難事故で死亡しており、美少年の兄はニートでわずかな家計の貯えをみな使ってしまう。パートの母親の稼ぎと生活保護だけが頼りの生活だ。金、かね、カネ。貧困の中で生きるなぎさは、生きるためにお金という「実弾」を渇望する。高校進学を早々に諦め、地元の自衛隊に入ることを真剣に考えている。

もう一方のヒロイン、海野藻屑(うみのもくず)は、父親が地元出身の美形バンドボーカル海野雅愛(うみのまさちか)で母親も芸能人。両親譲りの美貌を持ち、恵まれた経済環境に置かれているが、父親の雅愛から幼い頃よりDVを受けており、正常に歩行することが出来ず、左耳の聴力を失っている。藻屑はいかんともしがたい自分の境遇を諦めを持って受け止めている。藻屑は現実と噛み合わない。世の中にコミットしない。実体のない「砂糖菓子の弾丸」ばかりを撃って生きている。

二人のヒロインの置かれている状況はいずれも不幸なものだ。中学生の子どもは過酷な現実に対して無力である。そんな中でも、山田なぎさは世界に抗い「実弾」を撃ちたいと願う。かたや、海野藻屑は現実を諦観を持って受け止め、「砂糖菓子の弾丸」ばかりをポコポコ撃っている。

本作では対照的な二人のヒロインが惹かれあい、友情を深めていく物語である。しかし世界への向き合い方の違いが二人の運命を隔ててしまう。容赦のない現実が二人に襲い掛かってくるのだ。

結末が最初に描かれる

『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の残酷さは、物語の冒頭で、既に悲劇的な結末が確定していることだろう。

海野藻屑はバラバラ死体となって発見される。

この物語は悲劇として決着することがあらかじめ提示されている。読者は、動かしようのない結末に向けて物語を読み進めるしかない。作中では山田なぎさと、海野藻屑のキャラクターが非常に生き生きと描かれており、次第に感情移入の度合いが深まってくるだけにこの展開は辛い。

地方都市の空気感

舞台は鳥取県境港(さかいみなと)市。原発、刑務所、少年院、精神病院に自衛隊基地。ここには、田舎にあった方がいいと都会の人間が考えるもののすべてがある。ここからは一刻も早く逃げ出したいのに、今の自分はどこにも行くことが出来ない。閉塞感に満ちた、山田なぎさの視点で描かれる街の姿が印象的である。

日本海独特の海の色と磯の香り。ひび割れたアスファルト。一面に広がる農地。藁と家畜の糞の匂い。地方都市ならではの空気感が丁寧に描き込まれ、物語の世界観を確固なものに形作っている。桜庭一樹はお隣の米子市出身なので、自身の原風景を描いている部分もあるのだろう。

子どもは家庭を選べない

山田なぎさと、海野藻屑の運命を分けたものは何だったのだろうか。それは家族同士の絆の有無であったのだろう。山田なぎさの家は確かに貧しかったが、母親は陽気でバイタリティに溢れた女性であるし、ニート貴族の兄、友彦は本当になぎさが追い詰められた時には助けの手を差し伸べてくれる。山田なぎさは、家族愛については十分すぎる程に恵まれた環境にあったのだ。

海野藻屑は、幼いころから父親の暴力を受けて育ってきたために、もはやその環境をあたりまえのものだと認識している。「こんな人生ほんとじゃないんだ」と呟きながらも、DVで受けた傷跡を「これはケガではない。汚染なのだ」と砂糖菓子の弾丸で塗り固めてしまう。そして何よりも傷ましいのが、海野藻屑はそれでも父、雅愛を愛している点だろう。「好きって絶望だよね」の台詞が重くのしかかる。

本作で言及されているストックホルム症候群についてはWikipedia先生から引用させていただくとこんな感じ。

ストックホルム症候群(ストックホルムしょうこうぐん、英語: Stockholm syndrome)は、誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者についての臨床において、被害者が生存戦略として犯人との間に心理的なつながりを築くことをいう。ただし臨床心理学における心理障害(精神障害)ではなく、心的外傷後ストレス障害として扱われる。スウェーデン国外のメディアが事件発生都市名、ストックホルムに基づいて報道した経緯がある。

ストックホルム症候群 - Wikipediaより

海野藻屑は、日々暴力に晒される中で、それを父親の愛情に由来するものなのだと思いこんでいく。海野雅愛当人も、娘を愛しながらも、どうしようもない暴力への衝動を抑えきれない。二人の間に家族としての愛情は確かにあったのかもしれないが、共依存の果てに残酷な結末を迎えることになってしまう。

「実弾」を撃ち始めた海野藻屑

物語の終盤で、海野藻屑は、自身に暴力を振るった花名島正太(かなじましょうた)に対してモップを振りかざし反撃に出る。「モップは、藻屑が初めて撃った実弾だった」。山田なぎさとの交流を経て、海野藻屑は「実弾」を撃てるようになっていた。これは大きな前進であり、僅かな望みであったのだと思う。

山田なぎさと、海野藻屑は「ここから逃げる」ことを決める。しかし、二人が逃亡を図ろうとしたその晩に海野藻屑は父親に殺されてしまうのである。この日、自宅に海野雅愛が居なければ。どんな結果になったとはいえ、二人の逃亡が実行に移されていたら、海野藻屑の人生は変わっていたのではないか?絶望的なまでのやるせなさが読者にもたらされる。

もしかしたら、その晩、海野藻屑は、「ここから逃げる」ために、父親当人に対して初めて「実弾」を撃とうとしたのかもしれない。逆にその「実弾」が海野藻屑の命を奪ってしまったかのかもしれない。というのは、考え過ぎだろうか。

海野藻屑の死に顔は「怯えているようなあきらめているような悲しい表情のまま」であった。そう考えると海野藻屑には、もはや「生き抜く気」がなかったのかもしれない。

初期の桜庭一樹を代表する一作

『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』は、桜庭一樹の初期作品の中でもとりわけ心に残る一作である。独特の熱と推進力を持つ、リズム感の良い、一人称の少女語りが冴えている。流れるようなテンポの良い文体は桜庭作品の魅力の一つである。

 

妖精のような美少年ニートの兄、出番は少ないながら存在感を見せる人情派の担任教師と、サブキャラもいい味を出している。13歳の少女故の無力感、桜庭作品の特徴的な形質が僅か200ページの中にコンパクトに美しく凝縮された傑作と言っていいだろう。ラスト三ページの魂を抉るような主人公の独白が忘れられない。長く読み継がれて欲しい良作である。

コミカライズ版は杉基イクラが担当

コミカライズ版はコミックスが2008年に登場している。上下巻の二巻構成。作画は『ナナマル サンバツ』で知られる杉基イクラが担当。大事な決めのシーンが、いずれもしっかり大ゴマで情感たっぷりに描かれているのは嬉しい。丁寧に原作を読み込んだ「わかってる感」を強く受ける。

小説版では最初に結末が予見されているが、コミカライズ版ではそれがない。そのため、全く予備知識なしで読んだ場合、「あの」結末はかなりトラウマになりそう。

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