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『推定少女』桜庭一樹 角川文庫版はエンディングが増えてる!?

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桜庭一樹の初期作品

2004年刊行作品。桜庭一樹(さくらばかずき)名義の作品としては八作目。最初はエンターブレインのライトノベルレーベル、ファミ通文庫からの登場だった。イラストは高野音彦(たかのおとひこ)が担当。橋本紡の『リバーズ・エンド』シリーズや、米澤穂信のスニーカー文庫版『愚者のエンドロール』のイラストも描いていた方だね。

推定少女 (ファミ通文庫)

推定少女 (ファミ通文庫)

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桜庭一樹は2007年の『私の男』で直木賞を受賞。一躍、人気作家への仲間入りを果たす。この過程で、直木賞受賞以前、ライトノベルレーベルに書いていたいくつかの作品が角川文庫入りした。角川文庫版の『推定少女』は2008年に刊行されている。

推定少女 (角川文庫)

文庫化に際して、高野和明(たかのかずあき)による解説が収録されている。また、桜庭一樹による角川文庫版あとがきも収録している。

桜庭一樹アーリーコレクション

なお、この時期(2008年~2009年)に角川文庫入りした桜庭一樹作品は以下の四作(GOSICKシリーズは除いている)。個人的には桜庭一樹アーリーコレクションと呼んでいる。カバーデザインが統一されていて、なかなかにいい感じなのである。

赤×ピンク (角川文庫) 推定少女 (角川文庫) 砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet (角川文庫) 少女七竈と七人の可愛そうな大人 (角川文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

ここではないどこかに行きたいと願っている。かつて願っていた方へ。東京への憧れを抱いていた方へ。生きることの辛さにめげそうになっている方へ。初期の桜庭一樹作品を読んでみたい方。『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を読んで打ちのめされた方におススメ!

あらすじ

義父とのトラブルから家を飛び出した巣籠カナは、街のダストシュートで拳銃を握りしめたまま眠る全裸の美少女に出会う。白雪と名付けられた謎の少女は、カナと意気投合。二人は一路東京を目指すが、それからというもの不思議な人影に付きまとわれる。謎の追っ手からの逃避行。果たして二人は逃げ切ることが出来るのだろうか。

ここからネタバレ

女の子のためのセカイ系

『推定少女』は直木賞作家となった桜庭一樹の出世作の一つだ。本作は女性作家による女の子のためのセカイ系。ありそうで無かった隙間を突いてきた嗅覚というか、マーケティング能力はいいセンスしているなと刊行当時思った記憶がある。

主人公の巣籠(すごもり)カナは一人称が「ぼく」の女の子が主人公。巣籠の姓からして、成人前の猶予期間、モラトリアム的な印象を強く受ける。カナは自分の中の女性性を認めたくない。ましてやオトナになった自分なんて、イメージすることさえ出来ない。本作はそんな少女の彷徨と成長の物語だ。思春期ならではの少女の心のゆらぎを絶妙なタッチで見事にとらえた作品と言える。

地方都市で暮らす少女の物語

巣籠カナが暮らしている街は、「関東地方の隅っこにかろうじてひっかかっている場所」とあるので、北関東の地方都市なのだろう。新幹線が通っておらず、カナらが在来線特急を使って上京を果たしていることから、栃木、群馬の可能性は消える。「特急に乗れば二時間ちょっと」ともあるので、茨城県の水戸周辺だろうか?

作者の桜庭一樹は鳥取県米子市の出身で、自身の体験を背景とした、地方都市に暮らす少女を主人公とした作品をいくつも書いている。後に『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』『少女七竃と七人の可愛そうな大人』『少女には向かない職業』と書き継がれていく「地方都市で暮らす少女の物語」の最初の一冊が『推定少女』なのだ。

これらの作品には、東京への憧れ。地方都市ならではの閉塞感。ここに居てよいのかという焦りと、子供の力では出ていくことが出来ない絶望感が、そこかしこに漂う。

角川文庫版の三つのエンディング

本作の角川文庫版で特筆すべきは、エンディングが追加されていることにある。角川文庫版のエンディングは三つに分岐する。

  • Ending I 放浪

角川文庫版のあとがきによると本来は「放浪」が最初に書かれたエンディングだった。編集部側の要請が「少女が家に帰りすべてが丸く収まるように」だったために、ファミ通文庫版では「戦場」エンドが採用された。

「一緒に冒険を続けよう」。そう告げる白雪と共に、カナは放浪の旅に出る。「これは子供の言葉」。家や学校にはもう帰りたくない。大人にも女にもならない。成長や成熟を拒んで、少女のままの姿で逃げ続ける。ただ逃げ続けたい。無限にモラトリアムを延長したい、そんな気持ちが込められた終わり方だ。

  • Ending II 戦場

そもそものファミ通文庫版のエンディングがこちら。義父のケガはなかったことになっている。カナは家出していたことを両親に詫び、北関東の故郷の街での生活を再開する。

火器戦士こと、水前寺千晴(すいぜんじちはる)の「無事に大人になったら、オレたちの勝ちなんだよ。戦争はずっと続くけど」のセリフは、後に書かれる『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』へのアンサーともなっている。現実がどれだけクソで、意に染まないもので、とにかく生き残って欲しい。書き手の切なる願いが込められているように思える。千晴の「いいに決まってるだろ」の言葉がグッとくる。

現実という名の戦場で生きるカナ。一方で、現実を肯定せず、あくまでも「放浪」を選んだ電脳戦士(お兄ちゃん)の存在が対比として際立つ。

  • Ending III 安全装置

ファミ通文庫版で、「戦場」の前に書かれた結末がこちら。紙面の都合で収まりきらずファミ通文庫版では短縮版の「戦場」が収録された。

よって「戦場」を更に膨らませたような、詳細版のエンディングとなっている。白雪の本体であった、綾小路麗々子(あやのこうじりりこ)誘拐事件のその後も描かれる。綾小路麗々子は、生き残れなかった子供の象徴であったことがわかる。

苦手だった柿の臭い(オッサン層にはグサッとくる表現だ)のする義父と、きちんと向き合うことを決め「ありがとう」と言えたカナ。カナと千晴はお互いを「安全装置」として生きていく。

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