荒木あかね、乱歩賞受賞後一作目
2023年刊行作品。2022年に『此の世の果ての殺人』で最年少の江戸川乱歩賞受賞を果たした、荒木あかね待望の第二作となる。『此の世の果ての殺人』は週刊文春のミステリベストテンで第5位にランクインされるなど高い評価を受けただけに、荒木あかねの新作ともなれば、読む側としても期待が高まる。世の中的には「Z世代のアガサ・クリスティー」とまで評されてしまっているので、書き手としてはかなりプレッシャーがかかったのではないだろうか。
表紙イラストは前作同様に風海(かざみ)によるもの。井上真偽の『ぎんなみ商店街の事件簿』の表紙絵もこの方だったはず。
講談社 文芸第二出版部のX(旧Twitter)投稿によると、こんな仕掛けが施されていたらしい。うわー、これ気づかなかった。世界観的に繋がってるってこと?
ちなみにですが、#荒木あかね さんの『#此の世の果ての殺人』と『#ちぎれた鎖と光の切れ端』の表紙をつなげると……
— 講談社 文芸第二出版部 (@kodansha_piece) 2023年8月31日
地平線の位置がぴったり重なったりします🧐
今回も素晴らしい絵を、#風海 さんが描いてくださいました🥳
デビュー二作目のこの超絶技巧、そして感情の奔流をお楽しみください😃 pic.twitter.com/4inVFmng0N
なお、2024年版のこのミステリーがすごい!では国内編10位、同じく2024年版の本格ミステリ・ベスト10では国内10位にランクインしている。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
クローズドサークル系の本格ミステリがお好きな方、特に孤島モノに痺れるという方。熊本県出身の方。九州人的な気質について考えてみたい方。『此の世の果ての殺人』を読んでいて、荒木あかねの新作を読みたい!と待っていた方におススメ!
あらすじ
熊本県天草の孤島、徒(あだ)島を訪れた八人の男女。自分以外の全員を殺害する。そう堅く心に決めてここの島に降り立った樋藤清嗣だったが、憎むべき相手は何者かによって次々と殺害されていく。いずれの死体も舌が切り取られており、さらに第一発見者が次の被害者となっている。自分以外の誰が何のために事件を起こしているのか。次第に追い詰められていく樋藤は、驚愕の真相を知る。しかしその事件は……。
ここからネタバレ
殺すつもりが追い詰められて
『ちぎれた鎖と光の切れ端』は、いわゆる孤島モノ。クローズドサークル型の本格ミステリ小説だ。舞台となるのは熊本県天草諸島の徒島。主人公は樋藤清嗣(ひとうきよつぐ)。樋藤が慕っていた先輩、紀田陽平(きだようへい)は理不尽な暴力で大怪我をしさせられ、人生が変わってしまう程の深刻な障害を負ってしまう。この非道に憤った樋藤は、加害者グループへの復讐を誓う。
準備を整えて、加害者グループらと徒島を訪れた樋藤だったが、あろうことか自分が手を下す前に次々と仇敵たちが殺されていく。樋藤は島を訪れる前に、事件の真相を記した犯行声明が自動的に公開されるように設定されており、このままでは手を下していない自分が犯人とされてしまう。かくして、樋藤は不本意ながら事件の謎を解かざるを得なくなっていく。
殺すつもりが殺される側に。しかも事件の謎を解かないと何もしていない自分が犯人になってしまう。この設定がなかなかに面白い。樋藤は加害者グループに接近するために、相当の交流期間を経て親睦度を高めていた。グループメンバーらの人柄を知るにつれて、本当に殺さなければならないのか、樋藤は葛藤するようになっていく。
序盤のエピソードで特に印象に残るのは「人間の鎖」だろう。島から泳いで逃れようとした樋藤は、結局溺れることになり、殺すつもりだった加害者グループたちによって助られてしまう。樋藤の秘めた殺意を知らないメンバーらが、心底樋藤を案じているのが実に切ない。この時点では彼らの間をつなぐ信頼関係の鎖は、まだ繋がっていたのだ。
あれ?まだ半分だ
事件の第一発見者が次の被害者になるのは何故なのか。殺人を警戒していた彼らが、容易に殺されてしまうのはどうしてか?そして犯人の目的は何なのか?殺人が進めば、次第に登場人物も減っていき、容疑者も絞り込まれていく。当初の信頼関係が崩壊し、物語はカタストロフを迎え、意外な真相が明らかになる。
事件にいちおうの決着がついた。この時点でページ数は232ページ。本格ミステリの分量としては短めだが、まあそれなりのページ数ではある。これで終わり?と思いたいところだが、『ちぎれた鎖と光の切れ端』はまだ半分なのである。続いて、この物語は思いも寄らぬ展開に入っていく。
徒島事件の三年後
第二部では、大阪の清掃局で働く若い女性、横島真莉愛(よこしままりあ)が主人公をつとめる。徒島の事件からは三年が経過している。彼女は血の繋がらない「兄」と同居している。
彼女は清掃の業務中にバラバラに解体された遺体を発見。これが大阪府内で起きている連続殺人事件、三人目の被害者であることを知る。この事件では「第一発見者が次の被害者になっている」ことから、横島真莉愛には警察の護衛がつくことになる。
内向的で自閉傾向の強かった樋藤清嗣とは対照的で、思ったことがすぐ言動に反映される、直情径行な横島真莉愛の強い個性が物語を牽引していく。そして護衛につくのが、大阪府警吹田署、刑事課強行班係主任の新田如子(にったいくこ)巡査部長だ。
熊本出身であるらしい横島真莉愛は、第一部の事件にどう関わっているのか。彼女と一緒に住んでいる、喋ることが不得手な「兄」とはいったい誰なのか?そして、徒島と同様に「第一発見者が次の被害者になっている」理由はどこにあるのか?この辺りから、本作は俄然面白くなっていく。
光の切れ端を拾い集めながら生きる
樋藤清嗣は復讐のために加害者グループに近づいたが、交流を重ねる中で、いつしか彼らを憎からず思うようになっていた。しかし繋がれつつあった信頼の鎖は、徒島の事件でちぎれてしまった。横島真莉愛は問題のある家庭で育ち、他者とうまく人間関係を築くことが出来ないでいた。彼女のふたりの「兄」である紀田陽一と横島和美もまた、コミュケーション不全を抱える人物だった。
『ちぎれた鎖と光の切れ端』では、人と人との分かりあえなさ、信じあい、寄り添い、繋がって生きていくことの苦しさ、難しさが、人を変え、形を変えて描かれていく。人間関係の鎖は時に無残にちぎれてしまうけれども、それでも光の切れ端は落ちている。希望は残っている。死を選ぼうとした横島和美を、かつて自殺未遂を図った紀田陽一が救う展開は「光の切れ端」を象徴しているエピソードだったのではないだろうか。
意識を回復した樋藤(井上)清嗣に、横島真莉愛がかけたこの一言が心に残る。
ねぇ、井上清嗣。紀田陽平はあんまり元気ないけど、まあ頑張って生きとるよ!
『ちぎれた鎖と光の切れ端』p455
ちぎれた鎖でも、また繋がることは出来るのだ。
シスターフッドも荒木作品の魅力!
荒木あかね作品は、登場キャラクターたちの巧みな心情描写が魅力のひとつとなっている。とりわけ、女性同士の連帯、シスターフッド的な関係性の突き詰めが重要な作品の構成要素だ。第二部の主人公横島真莉愛は、護衛として行動を共にするようになった大阪府警の刑事、新田如子に心を許し、次第に信頼を寄せるようになっていく。
以下、『此の世の果ての殺人』の内容について言及するので注意。
横島真莉愛と新田如子の関係性は、『此の世の果ての殺人』でのハルとイサガワの関係とよく似ている。ここで改めて二作の表紙を並べてみよう。冒頭に紹介したように地平線の位置が揃えられているだけではない。
『此の世の果ての殺人』の表紙に描かれている人物は右がハルで、左がイサガワだろう。そして『ちぎれた鎖と光の切れ端』の表紙に登場しているのは右が横島真莉愛で、左が新田如子だと思われる。なんとキャラクターの配置まで一致させてあるのだ!
刑事としてきわめて有能。ただ正義感からのスタンドプレーで暴走しがち。という新田如子のキャラクター造形は、イサガワのそれと酷似しており、実は同一人物なのでは?と疑っていたりもするのだが、いかがなものだろうか。
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