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『[少女庭国]』矢部嵩 壮大な変奏曲、少女たちに課せられた「卒業試験」

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矢部嵩の第四作

2014年刊行作品。早川書房のハヤカワSFシリーズJコレクションからのリリースだった。2013年の『魔女の子供はやってこない』に続く、矢部嵩(やべたかし)の第四作となる。ちなみにタイトルの『[少女庭国]』は「[しょうじょていこく]」と読む。

ハヤカワ文庫版は2019年に登場。表紙イラストは焦茶によるもの。

〔少女庭国〕 (ハヤカワ文庫JA)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

とびっきりの奇想、通常では思いつかないような不思議な作品を読んでみたい方。どんなストーリー展開になっても最後まで読み切れる自信のある方。グロ描写に耐性のある方。矢部嵩を読んでみたいと思っていた方におススメ!

あらすじ

中学三年生の仁科羊歯子は、卒業式当日、講堂に向かう最中に意識を失う。目覚めるとそこは誰もいない暗い部屋。ドアが二つ。そして「卒業試験の実施について」と記された貼り紙が一枚。ドアを開けると、同じ中学の女生徒がひとり。また、ドアを開けると女生徒がひとり。無限に増えていく女生徒たち。彼女たちに課せられた「卒業試験」とは何なのか?

ここからネタバレ

『[少女庭国]』の構成

本書に収録されているのは以下の二編。

  • 少女庭国
  • 少女庭国補遺

最初の「少女庭国」は60頁程度の短編作品。続く「少女庭国補遺(ほい)」は150頁程度の中編作品となっている。最初の「少女庭国」が基本(主題)編で、ベースとなるストーリーが展開される。そのあとの「少女庭国補遺」では、さまざまなバリエーション(変奏)が繰り出されていく構成となっている。

わたしはクラシック楽曲が好きなので、『[少女庭国]』をクラシック作品に例えてしまう。バッハの楽曲に『ゴルトベルク変奏曲』という作品がある。この曲ではまず最初に主題となる旋律が提示される。そしてその後に、その主題をアレンジしたさまざまな変奏が展開されていく。

『[少女庭国]』はこの「変奏」部分が実にバリエーション豊富で奇想に溢れており、とにかく圧巻。凄まじすぎる。次から次へと、想像の範疇を超えた方向に物語が「変奏」されていく。センスオブワンダーの冴えに、ただただ読み手は唖然とするばかりなのだ。

立川野田子女学院「卒業試験」

最初の短編「少女庭国」の主人公、仁科羊歯子(本作ではキャラクター名にルビが付されていないので、名前の「読み」は確定できない)は、卒業式に出るために校内の回廊を歩いてところ意識を失い、気づくとひとりで暗い部屋にいる。部屋には貼り紙がしてあって、どうやら彼女には「卒業試験」が課されているようだ……。

まずは本作で提示される「卒業試験」について確認しておこう。

卒業試験の実施について

下記の通り卒業試験を実施する。

ドアの開けられた部屋の数をnとし、死んだ卒業生の人数をmとする時、n-m=1とせよ。
時間は無制限とする。その他条件も試験の範疇とする。
合否に於いては脱出を以って発表に代える。

文庫版『[少女庭国]』p12より

すべての部屋には羊歯子と同じように、少女がひとり配置されている。

  • 部屋の数=n
  • 死んだ卒業生の人数=m

なので、生き残って「卒業試験」をパスできるのはひとりだけだ。

生き残りデスゲーム?と思わせておいて

よって、普通の作品であれば、この先は生き残りを賭した「バトルロワイアル」的なデスゲーム展開に突入するであろう。時に戦い、時には共闘し、裏切りやら友情やら、あれやこれやがあって、最後にはゲームの主催者に抗ってみたり。ただ一人が生き残るのか、はたまた予想外のハッピーエンドに導かれるのか……。そんな展開が予想できる。

だが『[少女庭国]』は矢部嵩の作品なのである。普通のデスゲーム作品にはならない。予定調和的な結末を許さない。矢部嵩は「卒業試験」を何回も何十回も、ただひたすらに「変奏」させていくのだ。この物語における「変奏」のバリエーションの豊富さは狂気じみており、矢継ぎ早に繰り出されてくるアイデアに、読み手は呆れ、驚かされ、最後には圧倒されていく。

n-m=1の最適解を求めて

最初の短編「少女庭国」で「主題」が示されると、続く「少女庭国補遺」では、無数の「変奏」例が提示されていく。このゲームではn-m=1となれば、試験に合格できるため、最短のクリア法は以下となる。

  • 最初に開けた部屋の女生徒を殺害する

部屋の数だけ女生徒が存在し、部屋を開ければ開けるだけ殺さなければならない相手が増えていく。であれば、最小のn(=2)のうちに終わらせてしまうのが最適解だ。もちろん普通の女子中学生が、そう簡単に同級生相手の殺人を実行できるわけがない。そのためにn(=2)とした場合にも、さまざまな解決事例が提示される。

[庭国]の誕生

この作品の怖ろしいところは、当初の「卒業試験」から脱線して、独自の生き残り策「開拓」を模索していく展開が描かれている点だ。大多数の「変奏」がなるべくドアを開けず、少ない人数での解決を志向したのに対して、「開拓」策ではどんどんドアを開けていく。無限に増えていく女生徒たち。しかし生きていくには食べていかなければならない。かくして食人が発生し、支配者と奴隷の関係が構築される。箱庭の中で営まれる[庭国]が誕生するのである。おいおい「卒業試験」はどこに行ったんだよ!まさか文明の興亡、人類史のひとつの可能性が紡がれていこうとは!歴史は行動力のあるバカが作るのだ!って解釈が個人的には大好き。

奇書だった!

膨大な数の女生徒が登場し、無残に殺されていく。数多の魅力的な[庭国]が興っては滅亡していく。どうして同じ卒業生なのに面識がないのか?なぜ彼女たちは囚われているのか。主催者の目的はどこにあるのか?これらの謎は、一切解明されない。当初の「卒業試験」だの、デスゲームだのといった枠を超えて、物語は無限に「変奏」されていく。

繰り返し繰り返し「変奏」を積み重ねる。物語の可能性をただ列挙していくだけなのに、どうしてこれほどまでにこの作品は魅力的なのだろう。普通の作家はこんな展開を思いついてもやらないだろうし、周囲も止めるのではないかと思う。『[少女庭国]』は、滅多に読むことができない怪作であり、奇書と呼んで差し支えない異端の一冊なのではないかと思う。いやー、スゴイ作品を読んでしまった。

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