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『invert 城塚翡翠倒叙集』相沢沙呼 「invert」に込められた意味を考えてみよう


今週のお題「読書の秋」!

翡翠ちゃんにまた会える!

2021年刊行作品。「雲上の晴れ間」「泡沫の審判」「信用ならない目撃者」の三篇を収録した短編(中編?)作品集。「泡沫の審判」のみ、講談社の小説誌「小説現代」の2021年1月号に掲載。残る二編は、単行本用の書下ろしとなっている。

表紙イラストは今回も遠田志帆(えんたしほ)が担当している。

invert 城塚翡翠倒叙集

2019年に登場し、ミステリ系各賞で五冠を達成した、相沢沙呼(あいざわさこ)の大ヒット作『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の続編にあたる作品。城塚翡翠(じょうづかひすい)シリーズの第二弾にあたる。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』を読んで騙された!とびっくりした方。城塚翡翠にまた会いたい!と思っている方。あらかじめ犯人がわかっている倒叙型のミステリ(刑事コロンボや、古畑任三郎みたいなタイプ)がお好きな方におススメ!

なお、作中で前作の『medium 霊媒探偵城塚翡翠』の結末に触れている部分がある。先に『medium 霊媒探偵城塚翡翠』を読んでおくことを強くお勧めしたい。

あらすじ

IT企業の社長を殺害したエンジニア。憎むべき恐喝犯を手にかけた小学校教師。部下の命を奪った元刑事。事故や自殺に偽装すべく、周到に練られた犯罪計画。鉄壁のアリバイ。完全犯罪が成立するかに思えたが、ひとりの女の登場で彼らの目論見は見事に崩壊する。霊能力を持つと自称する探偵、城塚翡翠。果たして彼らは、翡翠の捜査から逃れることが出来るのか。

ここからネタバレ

『invert 城塚翡翠倒叙集』の構成

本作は以下の各編から構成されている。

  • 雲上の晴れ間
  • 泡沫の審判
  • 信用ならない目撃者

『medium 霊媒探偵城塚翡翠』と異なり、連作短編形式ではない。各編が独立した短編作品なので、どの作品から読んでも問題はない。ただ、犯人の攻略難易度が次第に上がっていく内容となっているので、掲載順に読んだ方が良いかとは思う。

タイトルの「invert」とは以下の意。

…を逆さにする、ひっくり返す、…を裏返しにする;

<位置・順序・関係を>反対にする;

<性質・効果などを>逆転させる;

inverred detective story:倒叙推理小説

『invert 城塚翡翠倒叙集』裏表紙より

「城塚翡翠倒叙集」とあるように、収録されている作品すべてが「倒叙形式」。つまり、あらかじめ犯人が分かっている形で書かれている。

一般的なミステリ作品では犯人探しがテーマとなるが、「倒叙形式」では犯人が誰であるかは読者にあらかじめ示されている。「倒叙形式」ミステリでは犯人視点で物語が進行することが多く、本作もその例に漏れない。

「城塚翡翠倒叙集」とありながらも、基本的な物語の視点は、犯人からとなっている点が面白い。「invert」というタイトルには、「倒叙形式」が用いられている点、そして、ヒロインの城塚翡翠を犯人目線で描いていく点も意味しているのではないかと思われる。

また、本作の表紙には城塚翡翠のバストショットが二体描かれている。一方は、犯人に接触する際に使われる眼鏡をかけたゆるふわモードの城塚翡翠。もう一方は、眼鏡をはずした、冷徹な謎解きモードの城塚翡翠だ。城塚翡翠の二面性を表す意味も「invert」には含まれているのだろう。

それでは、以下、各編ごとの感想。

雲上の晴れ間

城塚翡翠 VS ITエンジニア

ITエンジニアの狛木繁人(こまきしげひと)は、学生時代からの腐れ縁で、不当な扱いを受け続けて来た怨恨から、所属会社の社長、吉田直政(よしだなおまさ)を殺害する。現場証拠はすべて隠滅。防犯カメラも回避し、ITを駆使した完璧なアリバイも用意した。しかし城塚翡翠を名乗る女が、隣室に引っ越してきたことから、狛木の計算は狂い始める。

翡翠ちゃんの狛木への距離の詰め方がおかしい(笑)。女性慣れしていない狛木のようなタイプは、城塚翡翠的にはもっとも「ちょろい」相手だろう。

タイトルの「雲上の晴れ間」は、不遇な人生を送ってきた狛木にとって、翡翠と過ごした時間が、唯一の救いとなっていたことを指す。告白めいた言葉を贈った狛木に対して、翡翠のリアクションは「わたしはそうでもありません」と微塵の容赦もない。それでも、狛木はその厳しさを受け止めて「バグを減らせるように」と、これからの生き方を改めていく決意を示している。

単に犯罪を暴くだけでなく、犯人を改悛させてしまうところが、城塚翡翠の魅力といえるかもしれない。

泡沫の審判

城塚翡翠 VS 小学校教師

小学校で教師を務める末崎絵里(すえざきえり)は、元用務員の田口明夫(たぐちあきお)を殺害する。卑劣な脅迫者で、校内で児童や教師らの盗撮を繰り返してきた田口を、絵里は許すことが出来なかった。殺害した遺体を自殺に偽装した末崎だったが、とつぜん赴任してきた、白井奈々子を名乗るスクールカウンセラーの登場に、その計画はかき乱されていく。

本シリーズ初の女性犯人の登場である。ゆるふわスタイルのスクールカウンセラー白井奈々子は、もちろん城塚翡翠が偽装したもの。色仕掛けが通用しない同性相手に、翡翠がどんな立ち回りを示すのかが、まず一つ目の見どころ。

二つ目の見どころは、犯罪、特に殺人の罪に対する、翡翠の厳しい倫理観だ。解決編で、末崎絵里との対決で見せたテンションの高さに驚いた読み手も多いのではないか。このあたりは、翡翠の過去になんらかの秘密がありそう。

信用ならない目撃者

城塚翡翠 VS 元刑事

元刑事で、現在は探偵業を営む雲野泰典(うんのやすのり)は、自身の闇の部分を知ってしまった部下の曽根本(そねもと)を射殺する。元刑事の技能を生かし、完璧な証拠隠滅を図る雲野。しかし犯行時、拳銃を持った雲野の姿は目撃されていた。ところが証人の涼見梓(すずみあずさ)の記憶はあいまいで漠然としている。涼見の証言をコントロールすべく、雲野は接触を図るのだが……。

雲野泰典は今回のラスボスとも言える人物。元刑事で、犯罪捜査を熟知しており、イケメンでコミュニケーション力も高い。容易にボロを出さず、目撃者を支配下に置いて有利な状況を作り出そうとする積極性も持っている。

初の強敵に、翡翠も今回は苦戦しそう……。と、思わせておいて、このエピソードには思わぬ叙述トリックが仕掛けられていて驚かされる。城塚翡翠として登場した女は、最初から助手の千和崎真(ちわさきまこと)であり、目撃者の涼見梓は、城塚翡翠が成りすましたものであることわかる。改めて読んでみると、最初に登場する「城塚翡翠」には、千和崎真を思わせるような描写が散りばめられており、ここでも「invert」のタイトルが効いてきている。今後、城塚翡翠シリーズが映像化された場合、このエピソードだけは再現するのが難しそうだ。

推理小説の読者は驚きたいだけ

本作中296ページあたりから始まる、城塚翡翠と千和崎真のミステリ談義は、推理小説の読者としては、少々身につまされる部分があったのでご紹介しておきたい。

推理小説においても、読者にとって論理は蔑ろにされるもののような気がします。

推理小説は、推理を楽しむよりも、驚くことが目的となって読まれているんじゃないでしょうか。意外な犯人に意外な結末。推理小説といいながら、驚きの犯人や意外な結末さえ示せれば、探偵の論理などどうでもいいのです。

恥ずかしながらわたしは、本格ミステリを読んでいて、謎解きをまじめにやったことがない。典型的な「驚きたい」だけの読者だと思う。あくまでも「思考を放棄するな」と戒める翡翠の言葉は、作者から読み手にたいしてのメッセージでもあるのだろうが、読んでいてとても耳が痛い。もうちょっと考えて読まないとダメかな。

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