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『魔女の子供はやってこない』矢部嵩 暗黒系ガールミーツガールの傑作に戦慄せよ

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暗黒魔法少女降臨!

2013年刊行作品。作者の矢部嵩(やべたかし)は1986年生まれのホラー作家。2006年の『紗央里ちゃんの家』にて、第13回の日本ホラー小説大賞長編賞を受賞し、作家としてのデビューを果たしている。本作は、2009年の『保健室登校』に続く、矢部嵩の第三作となる。角川ホラー文庫への書き下ろし作品。

表紙、本文イラストは小島アジコが担当している。小島アジコのかわいいイラストに惹かれて本作を購入した読者は、内容とのギャップに衝撃を受けたことは間違いない。

魔女の子供はやってこない (角川ホラー文庫)

ちなみに、矢部嵩の作品リストはこちら。20年弱の作家生活で、既刊は四作とかなり少なめ。

じわじわと再版で伸びてきた怪作

『魔女の子供はやってこない』は2013年刊行と、かれこれ10年も前に書かれた作品だ。一時は入手困難な時期もあったようだが、地道に再版を重ねており、長く読まれている物語となっている。こちらはわたしが購入した2022年8月刊行の第6刷の帯。

『魔女の子供はやってこない』帯

『魔女の子供はやってこない』帯

KADOKAWAの営業担当者の昏い情熱が伝わってくるコピー文である。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

とにかくグロくて、やたらに人が死ぬけれども耐えられる!大丈夫!問題ない!という方。一風変わったホラー小説を読んでみたい方。暗黒系の魔法少女モノがお好きな方。ガールミーツガール系のお話がお好きな方におススメ!

※合わない方にはとことん合わないと思うのでその点は許してね

あらすじ

小学生の夏子はある日、魔女塗絵(ぬりえ)に出会う(魔女マンション、新しい友達)。夏子の家に魔女がやってきた、その晩不思議なことが(魔女家に来る)。同級生の父親の葬儀で起きた出来事(雨を降らせば)。病気の子どもを助けたい、そんな気持ちは思いも寄らぬ結果に(魔法少女粉と煙)。気軽に引き受けた一週間のお留守番は最悪の結果に(魔法少女帰れない家)。そして魔女との別れの日はやってくる(私の育った落書きだらけの町)。六編を収録した連作短編集。

以下、各編ごとにコメント

ここからネタバレ

魔女マンション、新しい友達

「六〇六号室まで届けてください。お礼します。魔女」。そう書かれた謎のステッキを拾った夏子は、友人ら五人と、通称「げろマンション」を訪れる。初対面で同級生五人を惨殺した魔女は、夏子に「魔法で生き返らせる」ことを提案するのだが……。

衝撃の第一話。ジュブナイルっぽいほのぼのとした筆致のまま、瞬く間に最初の犠牲者が!銃殺、毒殺、続いての仲間割れでの殺し合いと、散々な展開(褒めている)。ナチュラルに「そうはならんやろ」というところを、最悪の展開になだれ込んでいく理不尽さが素晴らしい。ああ、この作品は児童文学っぽいスタイルで、暗黒魔法少女モノをやる物語なのねと、読む側も覚悟が決まる。会話文で改行しない。ゴチャっと詰め込まれた、畳みかけるような文体も良い!

魔女家に来る

魔女の国からやってきた塗絵。彼女と友達になった夏子は、ぬりえに人間界の常識、暮らし方を教えていく。ある日、夏子宅を訪れた塗絵はそのまま宿泊することに。するとその晩不思議な出来事が……。

出会い編の次は、友情育み編。ということで、もともと内向的であった夏子と、そもそも人間界の常識が欠如している塗絵が、少し(かなり)ズレながらも、その関係性を深めていくエピソード。夏子と姉との距離感のある関係が、生々しい。姉妹って必ずしも仲良しとは限らないしね。

初訪問なのに何故か、塗絵は夏子の家に泊まることに。その晩の、二段ベッドの船で漕ぎ出す、幻想的な夜の街の風景が格段に素晴らしい。

雨を降らせば

真夜中さんちのMちゃん。彼女の父親が亡くなった。幼稚園時代の友人の不幸を知った夏子。塗絵の魔法で「生き返らせればいい」そう願う夏子。だが、やがて夏子は世の中には「神様しかしちゃいけないこと」が存在することを知る。

「よく叶うにはよく願う必要がある」。魔法は万能ではない。死者を蘇生させたところで、すべてが上手くいくわけではない。必ずしも遺族が、復活を望んでいるわけでもない。安易な願いは、かえって新たな不幸を生み出してしまうこともある。塗絵の魔法に、過剰な現実解決能力を期待してしまう夏子と、あくまでも魔法の限界をわきまえている塗絵とのギャップ。

死んだMちゃんの父親は写真嫌いで遺影が無かった。生き返らせるのはナシにしても、せめて遺影を撮ってきてあげよう。そこからエスカレート、というか悪ノリが過ぎる塗絵と夏子の暴走が、一般人の理解を超えていて作者の狂気を感じずにはいられない。

魔法少女粉と煙

困った人の依頼を受けるようになった塗絵と夏子。ふたりのもとを訪れたタヒチさんは、甥っ子を助けて欲しいと頼む。彼女の甥ビルマは闘病生活に疲れ、完治が見込める可能性のある手術を拒んでいるのだという。死んだビルマの母に変装した夏子は、説得を試みるのだが……。

ホラー小説としてはこのお話が最凶にして最悪。174ページの衝撃が全てを持っていく。この類の実際に存在する病気を取り扱って、こういう酷い話を書いてしまうのは倫理的にどうなのよとツッコみたくもなるのだが、作者の狂気がほとばしり過ぎていて、読む側としては言葉を失う。

なりたい自分も装った自分も最後は自分の手で引ん剝いてしまうんだ。変わりたいと幾ら念じても信じても結局駄目な自分のまま。違う誰かになどなれない。嘘の自分は必ず剥がれて一番醜い自分が出てくる。正体は必ず露見するんだ。

『魔女の子供はやってこない』p179より

ビルマ君の心の闇が深すぎる。この言葉は、ビルマ君を説得するために、彼の母親の姿を装っていた夏子の心にも突き刺さる。魔法で安易に人が救えると思っていた夏子を強烈に呪縛する言葉になっていく。

魔法少女帰れない家

通学の途中で知り合った専業主婦「奥さん」の願いは、学生時代の友人の結婚式に参列すること。「奥さん」の姿となり、家族の世話を肩代わりすることになった夏子は、平和な家庭の裏に隠されていた地獄絵図を見ることになる。

単話の完成度としてはこのエピソードが最強かも。ノリで人助けをしようとして、酷い目に遭う夏子の図は今回も健在。小学生ならではの考えの至らなさ。善意の限界と、現実の厳しさが哀しくも切ない。

かつてあった豊かな才能は家族の世話をする中で枯れ果ててしまった。専業主婦「奥さん」が抱え込んだ鬱屈の暗黒っぷりに眩暈がしそう。夏子をアリバイ要員として確保しつつ、最終的には自分の記憶さえ消してしまう。ホラーであり、ミステリでもある。塗絵の力を悪用した完全犯罪の記録でもある。

私の育った落書きだらけの町

中学生になった夏子は、ある日、塗絵からこう告げられる。「私この町を出ていくの」。ふたりに別れの日が訪れようとしていた。しかし、訪れた塗絵の部屋で、夏子は小学校時代の同級生たちの遺体を発見してしまう……。

最終回エピソードである。魔法少女ものにお別れはつきもの。塗絵によって改竄されていた夏子の記憶。殺されていたクラスメイトたち。塗絵に裏切られたと思った反動から、夏子は代償行為として単独での人助けに挑戦。でもやっぱり手ひどく失敗して、結局は塗絵に救われることに。もはやどうしようもないほどに、夏子は塗絵に依存してきたのだと痛感させられる。

終盤では塗絵と別れた後の、夏子の生涯が綴られていく。まさかの「ブルースが夫」展開!最初は土くれだったブルースが、最後にはかくも立派な人格者となって逝くとは。ただ、年を取り、社会人になり、家族を持つようになっても、夏子は相変わらず自分を肯定することが出来ない。

そして塗絵との再会。冒頭のいくつか謎のままに放置されていた伏線がここで回収され、物語は円環的に閉じられていく。常に流されるままに生きてきた夏子が、初めて自分の意思で地獄に堕ちることを選択する。

さんざん迷ったり、しくじってしまったけれど、願い選べたものだって確かにありました。やり直しなんかしない、自分で地獄に落ちていくんだ。そう思いました。

『魔女の子供はやってこない』p329より

あくまでも夏子は、塗絵と共にある自分を選ぶ。ガールミーツガールものとしてしっかり着地が決まる。屍の山を積み重ねてきたこの物語が、最後の最後になって、一抹の抒情性が醸し出されてくるのだから不思議。

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