冲方丁、三作目の歴史小説
2013年刊行作品。冲方丁(うぶかたとう)は、2009年の『天地明察(てんちめいさつ)』から歴史小説を書くようになった。2012年には二冊目の歴史小説となる『光圀伝』を上梓。そして三作目の歴史小説となるのが本作『はなとゆめ』である。
もともとは、岐阜新聞、福島民報など、新聞七紙にて連載されていた作品。連載時の挿画は遠田志帆(えんたしほ)が担当していた。
角川文庫版は2016年に刊行されている。文庫版では特典として表紙裏に、書下ろしの掌編小説「物尽くし」が収録されている。これ、気づいてない人も多いかも。文庫版をお持ちの方は、是非、カバー裏を見て欲しい。
また、本作は電子ビジュアル版も2016年に刊行されており、こちらには特典として新聞連載時の遠田志帆の挿画198点が収録されている!
って、マジか(紙の文庫版で読んでいたので、その事実をいま知った)。遠田志帆のカラーイラストが198点とか、至福過ぎるでしょう。これは即ポチった。
単行本版刊行当時のPV(遠田志帆イラストが使われている)も発見したのでリンクを埋めておこう。
紙の文庫版も、その後、遠田志帆イラストによる新装版が出ているみたい(なんで最初からこうしなかったのか……)。
というわけで冲方丁先生著『はなとゆめ』の角川文庫の新装版のカバーイラストを描かせていただきました。見本ありがとうございます! pic.twitter.com/ztoxIupjMd
— 遠田志帆 (@techicoo) June 24, 2018
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
平安時代がお好きな方。清少納言が好き!『枕草子』を愛読されているという方。定子と彰子の対立関係に興味のある方。冲方丁の歴史小説を読んでみたい方。『天地明察』『光圀伝』とはかなり異なる作風に驚きたい方。平安時代を舞台とした歴史小説を読みたい方におススメ!
あらすじ
清少納言は28歳にして、藤原道隆の娘にして、一条帝の中宮である定子に仕えるため宮中に上がる。清少納言は不慣れな宮仕えの中で、定子の導きを得て、次第に才能を開花していく。しかし藤原道長の台頭、そしてその娘、彰子の入内で、定子の境遇には暗雲が立ちこめ始める。やがて、清少納言は自らの思いのたけを「枕」として書きとめていくようになるのだが……。
ここからネタバレ
華を見出す
『はなとゆめ』は、パッとしない下級貴族の娘であった清少納言が、主である中宮定子(ていし)に見いだされ、その才能を開花させていく物語だ。中宮定子は時の権力者、藤原道隆(みちたか)の娘で、一条帝に嫁ぎ、その寵愛を一身に受ける。
定子は、プロデュース能力に長けた女性で、自身に仕える官女たちの才能を見極め、「華」としてそれを昇華させ、開花させていく。30も近くになってからの宮中デビューはかなり出遅れ気味のタイミングと言える。出自も低く、ビクビクしながら宮仕えをしていた清少納言は、定子のバックアップで次第に自信をつけ、活き活きとその才能を発揮できるようになる。
定子と清少納言のもっとも有名なエピソード、「香炉峰の雪は簾をかかげて看る」は、本作前半のハイライトシーン。この場面は、定子によって周到に演出されており、才女・清少納言爆誕!といった面持ちで、読む側の心を熱くさせてくれる。
花の時代を生きる
『はなとゆめ』は、平安時代を舞台とした歴史小説でもある。史上名高い、一条帝をめぐる、藤原道隆の娘定子と、藤原道長の娘彰子(しょうし)との対立を軸に物語は展開されていく。
関白、藤原道隆の娘として入内し、一条帝に愛され三人の子を産む。盤石かに思われた定子の立場だったが、父道隆の急死により、その地位は不安定なものになっていく。定子の兄、伊周(これちか)らの不行状と没落。そして、藤原道長は自身の娘、彰子をゴリ押しで中宮の座に据えてしまう。全盛期には常に人が出入りして、引きもきらなかった定子の周辺は、次第に寂しいものになっていく。
凋落し続ける定子の境遇だが、過酷な状況のなかだからこそ、清少納言はそんな日々の暮らしの中でも「花」を見出そうとする。辛く苦しい時だからこそ、美しいもの、素敵な出来事に目を遣り、定子の人生を「花」で満たそうとするのである。中宮様の番人として生きる。清少納言の強い決意が、かの名作『枕草子』に繋がっていく。
清少納言の夢、『枕草子』誕生の物語
そして『はなとゆめ』は、『枕草子』誕生の物語である。清少納言は、定子によって文才の「華」を見出される。そして定子の人生を「花」で飾りたい。そんな思いが、日本文学史に君臨する随筆『枕草子』に結実していく。
当初の清少納言は書くことに苦悩し、方向性を見いだせずにいた。だが、やがて気づくのだ。「言葉はそれ自体が面白いのだ」「書くことは楽しいことなのだ」「愛しいと感じることを書けばいいのだ」。多少なりとも文章を書く人間にとって、清少納言の至った境地は、誰もが納得感のある気づきだったのではないだろうか。
ラストシーン、清少納言は『枕草子』の最後に、はじまりの一節として、あまりに有名な「春は、あけぼの」の段を書き足す。ここに清少納言の「夢」のすべてが託されている。物語の締めくくりとしては完璧な構成で、余韻を残した見事な幕の引き方だと思う。
ちなみに、冲方丁は2021年に、中宮彰子を主人公とした『月と日の后』を書いている。こちらも続けて読むつもり。
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