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『天地明察』冲方丁 第7回本屋大賞受賞作

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冲方丁の大ブレイク作品

2009年刊行作品。角川書店の文芸誌『野性時代』に2009年1月号から7月号まで連載されていた作品をまとめたもの。本作で冲方丁(うぶかたとう)は、第7回本屋大賞、及び、第31回吉川英治文学新人賞を受賞。また、第143回直木賞の候補作にもなっている。

2003年の『マルドゥック・スクランブル』が初期の出世作だとするならば、『天地明察』はより広い読者層に支持された大ブレイク作品と位置付けることが出来るだろう。本作で冲方丁の一般層への知名度は大きく向上した。

天地明察

天地明察

  • 作者:冲方 丁
  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
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角川文庫版は2012年に刊行されている。文庫化に際して、上下巻に分冊された。下巻には養老孟司(ようろうたけし)による解説が収録されている。

天地明察(上) (角川文庫)  天地明察(下) (角川文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

江戸時代を舞台とした歴史小説を読んでみたい方。少し変わったテーマを扱った歴史小説を読んでみたい方。数学好きの方。成年の成長物語を堪能したい方。人と人との繋がりが、大きな事業を成し遂げていく大長編作品を愉しみたい方におススメ。

宮下奈都の『羊と鋼の森』砥上裕將の『線は、僕を描く』にハマった方なら本作にも共感できそう。

あらすじ

徳川四代、家綱の時代。渋川春海は、将軍の御前で囲碁の腕前を披露する家に生まれるも、形式化し創造性を失った環境に閉塞感を覚えている。家業に倦み、算術と天文学に活路を見出していく春海に転機が訪れる。それは800年続いた暦法、大統暦に変わる新たな暦を作り出すことであった。日本ならではの風土に根差した、新たな暦を作り上げる。長きにわたる「天」との戦いが始まる。

ココからネタバレ

囲碁侍の四半世紀に及ぶ奮闘を描く

物語は徳川四代将軍、家綱の時代から始まる。家康、秀忠、家光と続いた武断政治の時代が終わり、家綱による文治政治への転換が図られていた時期である。

本作の主人公、渋川春海(しぶかわはるみ/しゅんかい)は囲碁棋士の家に生まれ、当初は父の名を受け継ぎ安井算哲(やすいさんてつ)を名乗った。安井家は、江戸時代に囲碁の家元として栄えた四家(本因坊・井上・林・安井)の一つである。

この四家は、将軍の御前で御城碁(おしろご)が打てる家格である。彼らには苗字を名乗ることが許されていたが、帯刀は許可されていない。ただ、どうしたものか春海には、大老酒井雅楽頭忠清(さかいうたのかみただきよ)から二刀が託される。

当時の御城碁は形式化が進んでおり、決められた定石を将軍の前で披露するだけ。棋士同士の真剣勝負は行われない。そして渋川春海には、血の繋がらない義兄、安井算知(やすいさんち)が居り、実質的な当主となっている。渋川春海は棋士として十分な実力を持っていたが、その能力は腕前の面でも、当主としても発揮する場がない。優れた才能を持ちながらも静かに埋もれていく無力感。

本業で力を発揮できない虚しさからか、春海は囲碁以外の分野、算術や天文学、そして暦法へと傾倒を深めていく。このジャンルでの教養を持っていたことが、春海の人生を変えていく。

大人たちの目線の暖かさ

『天地明察』は特異な才能を持ちながらも輝けないでいた若者を、周囲の大人たちがよってたかって構いつけ、ひとかどの人物にまで育て上げてしまう物語である。この物語は、人生における出会いの大切さを教えてくれる。

大老、酒井雅楽頭忠清に、徳川光圀(みつくに)、保科正之(ほしなまさゆき)といった超大物から、天才算術家の関孝和(せきたたかず)、村瀬義益(むらせ ぎえき)、神道家にして天文学者の山崎闇斎(やまざきあんさい)、会津藩の算術家、暦学者の安藤有益(あんどうゆうえき)、旗本で書道家の建部昌明(たけべまさあき)、ご典医の伊藤重孝(いとすしげたか)と、錚々たるメンバーが、渋川春海の才能と人柄を認め、彼を育て上げていくのである。

渋川春海に相応の才能があったことはもちろんだろうが、彼自身のひたむきに物事を突き詰めていく探求心、そして野心の無い控えめな性格が幸いしたのであろう。

人生に目的を見出せずにいた青年が、周囲の大人たちによって道を拓かれ、やがて自分の足で歩み始める。青年期にあれだけおどおどしていた渋川春海が、物語の終盤では老練な政治力すらも発揮してみせる。渋川春海の成長は、読む側の心をも熱くさせてくれるのである。

おまけ

Twitterでも書いたが、本作で登場する「算額」。数学(算術)の難問を神社に奉納する習慣は現在でも残っている。

甲府の武田神社に行く機会があれば、手水社の軒下に注目である。多数の算額が掲出されているので、渋川春海が感じたワクワク感を多少なりとも追体験できるはずである。

って、根っからの私立文系人間のわたしには一ミリも解けなかったけど……。

映画版は岡田准一が主演

本作は2009年に滝田洋二郎の監督で映画版が公開されている。主人公の渋川春海役は岡田准一が演じている。主なキャスティングは以下の通り。

渋川春海:岡田准一
えん:宮崎あおい
村瀬義益:佐藤隆太
関孝和:市川猿之助
水戸光圀:中井貴一
保科正之:松本幸四郎
安藤有益:渡辺大
山崎闇斎:白井晃
建部伝内:笹野高史
伊藤重孝:岸部一徳
徳川家綱:染谷将太
酒井忠清:片岡弘鳳
安井算知:きたろう
本因坊道策:横山裕
土御門泰福:笠原秀幸

まだ見ていないので、視聴後感想を追加予定。しばしお待ちを。

天地明察

天地明察

  • 発売日: 2021/03/19
  • メディア: Prime Video
 

コミカライズ版は全九巻

コミカライズ版は講談社のコミック誌『月刊アフタヌーン』にて2011年6月号から2015年12月号まで連載された。作画は槇えびしが担当している。全九巻。 

オーディオブック版もある

本作については、なんとオーディオブック版も存在する。こちらは2015年の登場。

主要キャストは以下の通り。保科正之役が玄田哲章なのは、映画版の松本幸四郎と比べるとかなりイメージが変わる印象。なお、安井算知役で、作者の冲方丁本人も登場している。

安井算哲:羽多野渉
えん:柚木涼香
関孝和:三木眞一郎
保科正之:玄田哲章
建部昌明:秋元羊介
伊藤重孝:小形満
村瀬義益:土田大
本因坊道策:斉藤壮馬
酒井忠清:ふくまつ進紗
水戸光国:ケン・サンダース
山崎闇斎:福沢良一
安藤有益:金光宣明
こと:森谷里美
土御門泰福:三宅貴大
ナレーション:上柳昌彦
安井算知 :冲方丁

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