望月拓海のデビュー作
2017年刊行作品。第54回のメフィスト賞受賞作。
作者の望月拓海(もちづきたくみ)は生年不明。放送作家出身の小説作家。
本作『毎年、記憶を失う彼女の救い方』がデビュー作となる。メフィスト賞応募時のタイトルは『リピート・ラブ』。
既刊は以下の通り。
- 『毎年、記憶を失う彼女の救いかた』(2017年)
- 『顔の見えない僕と嘘つきな君の恋』(2018年)
- 『透明なきみの後悔を見抜けない』(2019年)
これでは数字が取れませんシリーズ
- 『これでは数字が取れません』(2021年)
- 『これってヤラセじゃないですか?』(2021年)
以上の五冊は、すべて講談社のライト文芸レーベル講談社タイガからの刊行。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★(最大★5つ)
メフィスト賞作品に興味がある方。切なくて心がほっこりする、恋愛要素強めのミステリ作品を読んでみたい方。静岡県浜松市出身の方。浜松市が大好きな方。現地のデートスポットを知りたい方におススメ。
あらすじ
過去に起きた不幸な事件から、尾崎千鳥の記憶は一年が経過するとリセットされてしまう。どれだけ思い出を積み重ねても、すべては忘却の彼方に……。絶望を抱えて生きる、千鳥の前にひとりの男が現れる。「一か月デートして、僕の正体がわかったら君の勝ち。わからなかったら僕の勝ち」。謎めいた提案の真意は何なのか。次第に男に惹かれていく千鳥だったが……。
ここからネタバレ
浜松大好き小説
本作を読んでまず気になるのが、強烈なまでの浜松推しである。この物語の舞台は静岡県の浜松。作中には現地の観光スポットやデートスポットが、これでもかという勢いで頻出する。浜松城、浜名湖パルパル、浜松科学館、竜洋海洋公園、アクトタワー、弁天島……。数え上げればキリがないほどで、いささかやりすぎの感がないでもない。
作者の望月拓海のプロフィールを見ると「本作の舞台である浜松市と磐田市で育つ」とあるので、やはり地元愛なのか。
本作は第七回静岡書店大賞の「映像化したい文庫部門」賞を受賞している。地元の方としてはこれだけ、ご当地をプッシュしてくれると嬉しいだろうね。
余談ながら、強烈な静岡市推し小説として知られる、乾くるみの『イニシエーション・ラブ』を連想させられた。『イニシエーション・ラブ』は静岡市内のデートスポットがこれでもかと登場する小説なのだ。『毎年、記憶を失う彼女の救い方』のメフィスト賞応募時のタイトルは『リピート・ラブ』ということなので、案外、『イニシエーション・ラブ』へのオマージュなのではと勘ぐってみたくなる。
毎年記憶を失うヒロイン
本作の主人公、尾崎千鳥(おざきちどり)は、大学時代、両親と共に乗っていた車が事故に巻き込まれる。自身は生還したものの、目の前で両親が死亡する瞬間を目撃してしまったショックから、千鳥は解離性健忘に陥る。千鳥の解離性健忘はとても特殊な症状で、一年が経過すると記憶がリセットされてしまう。
時系列をまとめるとこんな感じ。
- 2014年1月27日 事故(20歳)
- 2015年1月25日 健忘(21歳)
- 2016年1月20日 二度目の健忘(22歳)
- 2017年1月23日 三度目の健忘(23歳)
この物語は千鳥の三度目の健忘後、2017年からスタートする。千鳥の記憶は一年でリセットされるので、まともな職業に就くことは難しい。他者と継続的な関係を保つことも厳しいはずだ。リセット当初は、事故直後の凄惨な記憶が生々しく残った状態でもあるわけで、さらにその後、自らの抱える「リセット」の事実も知ることになる。これはかなりキツイ。
謎の男の狙いは何なのか
そんな、空虚な時間を生きてきた千鳥に対して、天津真人(あまつまさと)と名乗る男が接近してくる。天津は千鳥にとある賭けを挑む。「一か月デートして、僕の正体がわかったら君の勝ち。わからなかったら僕の勝ち」。素性の知れない天津の申し出を、怪しみながらも千秋は受けてしまう。
天津真人の本業が小説家で、年齢が32歳であることは早々に判明する。千秋の「リセット」体質から、天津が過去になんらかの関係があった人物であろうこととは、読み手にも予想がつく。浜松市内でのデートを重ねる千鳥と天津。しかし、天津の目的が読めない。
メフィスト賞作品には珍しい恋愛要素の強い作品
千鳥は、天津がかつての自分と、恋愛関係にあったことに気づいていく。天津に惹かれていく千鳥だが、いずれ記憶が「リセット」されてしまうことを考えると、一歩前に踏み出す勇気が出ない。デートを突然キャンセルしたり、デートの最中に失踪したりと、天津の行動には不可解な点も多く、その点でも千鳥を悩ませる。
物語の後半では、天津についての驚愕の事実が明らかとなり、ストーリーは急展開を見せる。なんと、天津は一日で記憶が「リセット」される特異な体質だったである。マジかよ!果たしてその設定で、この話、成立する??
と、激しくツッコみたくなるのだが、終盤の展開は、読み手の疑問を解消するために、ひたすら天津サイドの描写が続く。一日で記憶が「リセット」される男が、一年で記憶が「リセット」されると女と交際するためにはどうすればいいのか。天津の涙ぐましいまでの努力が切ない。メフィスト賞にしては珍しいほどの、純愛路線の作品で、意外といえば意外。たまには、こういうタイプもアリかなあ。
千鳥と天津の置かれた環境はとても過酷なものなのに(彼らの病気がなおるわけではない)、それでも二人の関係性を諦めない。前へ進もうとするポジティブな想いが、読み手の心をじんわりと暖かくしてくれる一作。
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