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『夏の祈りは』須賀しのぶ 甲子園を目指す公立校野球部の30年史を描く


須賀しのぶの高校野球小説!

2017年刊行作品。高校野球をテーマとした須賀しのぶ作品としては、まず2015年~2017年にかけて刊行された『雲は湧き、光あふれて』『エースナンバー』『夏は終わらない』の三部作が存在する。本作『夏の祈りは』はこの三作に続いて上梓された、高校野球モノの四作目となる。

初出は新潮社の小説誌「yom yom」のvol.41~45にかけて連載されていた作品である。解説は大矢博子が担当している。

夏の祈りは(新潮文庫)

ちなみに本作は、「本の雑誌」による2017年のオリジナル文庫大賞を受賞している。

www.webdoku.jp

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

高校野球が大好きな方。スポーツ小説、特に野球をテーマとした小説を読んでみたい方。学生時代に所属していた部活動に思い入れのある方。学生時代の部活動で「OBウゼー」と思ったことのある方におススメ。

あらすじ

埼玉県立北園高校野球部。公立の進学校ながら、甲子園出場を夢見る彼らの最高成績は昭和33年の夏の地方大会準優勝。時には格下の相手に敗れ、時には善戦しながらも力尽きる。積み重ねて来た歴史と人々の想い。毎年のように惜しいところまで駒を進めながらも敗北を重ねて来た、北園高校野球部の歴史を綴る連作短編集。

ココからネタバレ

とある高校野球部の30年史

以前に紹介した『雲は湧き、光あふれて』シリーズは弱小高校野球部の二年間を中心とした作品集だった。一方、今回ご紹介する『夏の祈りは』は、そこそこ強い公立高校野球部の、30年にも及ぶ奮闘の歴史を描いた作品となっている。30年もの長い期間を取り扱うために、当然各編ごとに主人公が変わる。

本作では昭和最後の夏から、平成末期まで。時代が移り変わる中で彼らがいかに苦悩し、戦い、そして最後の夏に挑んできたかが綴られていく。

では、各編ごとに簡単にコメントしていきたい。

第一話 敗れた君に届いたもの

昭和63年。昭和最後の夏。北園高校野球部の過去最高成績、夏の地方大会準優勝から30年が経過している。チームは埼玉県大会のベスト4にまで進出。かつてないプレッシャーに苦しむ、主将の香山始(かやまはじめ)を中心に物語は展開していく。

伝統とは時には大きな助けとなることもあるが、時として鬱陶しくて面倒でしかない時もある。かつて決勝で敗れたOB冨田らは、悲願の甲子園出場を後輩たちに託す。しかしその強い想いが積み重なれば積み重なるほど、現役の部員たちにとっては呪いになってしまう。

実力を発揮できず、格下相手に敗れた香山は、ここで初めて努力が報われなかった悔しさを知る。試合前は口煩かった冨田が、負けた後は一切責めないところが切ない。香山は嫌悪していた冨田らの気持ちを始めて理解するわけだが、この瞬間から彼の想いも「悲願」という名の呪縛となって積み重なっていく。

第二話 二人のエース

第一話からおよそ10年後。エース葛巻(くずまき)と、急速に頭角を現してきた天才当主、宝迫(ほうさこ)。二人の実力派投手を擁した北園高校野球部の姿を、捕手である大畑旭(おおはたあさひ)の視点から描く。

北園高校は県内でも有数の進学校。野球部員には赤点を取ったら即退部という厳格なルールが徹底されている。その気になれば東大だって夢ではない程度には頭の良い大畑が、いつの間にか野球に魅了され、夏の大会に全力を賭けることになる。

第三話 マネージャー

第二話からさらに10年後。野球部の女子マネージャ伊倉美音(いくらみお)が主人公。主将多々良(たたら)と、有力な一年生相馬蓮(そうまれん)を擁し、「悲願」の達成に向けて挑む北園高校野球部の姿を描く。

三話目はちょっと視点を変えてマネージャーの目線から物語が展開していく。縁の下の力持ち。脇役に徹しなくてはならないマネージャー業だが、当然のことながら苦労も多い。超男社会。男尊女卑的な考えも根強い高校野球の世界では、女性マネージャーの負担は大きく、報われないことも多い。

男性マネージャが在籍している場合は、華々しい対外交渉などは全て彼らの役割で、女性のマネージャには雑用ばかりが回ってくる。ベンチ入りすら許されていない都道府県もあるのだとか。「どうして我慢してしまうんだろう」と自問自答しながら、伊倉は自分の中にある「壁」の存在に気づく。

第四話 ハズレ

第三話から更に10年後。第四話と第五話は連続した時系列で描かれる。

甲子園、第100回となる記念大会では県から二校が出場できる。チャンスとなるこの年に向けて精鋭選手が集められる中、狭間の年代となった「ハズレ」学年の主将巽大祐(たつみだいすけ)の視点で描かれる。

第一話で登場した香山始は、その後実績を積み、監督として北園高校野球部を率いている。第三話で登場した相馬蓮はマッサージ師としてチームを密かに支えている。OBたちの想いの積み重なりと、「ハズレ」学年として冷遇され続けた選手の葛藤を軸に物語は進行していく。

前後学年に有力選手が揃い、「どんなに頑張っても満点が取れない」境遇の中で、「積み上げればホンモノになる」と、地道な努力を怠らない巽の真摯な態度が次第にチームを動かしていく。我欲に乏しく、常に空気を読もうとする巽のキャラクターは、いかにも現代っ子という感じ。

第五話 悲願

本命である第100回大会の一つ前。第99回大会。「ハズレ」学年と言われ続けた巽大祐たちの世代が三年生になった時のお話。緒戦から苦しい試合を続ける北園高校野球部は、いつしか「逆転の北園」として急旋風を起こしていくことになる。

これまでの世代は伝統校の重みや、OBたちの怨念とも言えるような呪縛、勝たなくてはならないプレッシャーに強く囚われていた。しかし巽たちの世代は「ハズレ」学年だったからこそ、そこから自由であったのかもしれない。というか、そこまで思いいたる余力がなかったというべきか。とはいえ、巽世代の奮闘に、三十年越しの香山の想いが重ねられていく描写は熱い。

自分たちのためだけに頑張って欲しい

以上、『夏の祈りは』全五編の内容を駆け足で紹介してきた。人の想いは層となって積もる。積み重なる。三十年(冨田世代からなら六十年だが)分の「悲願」が遂に果たされる瞬間は確かに感動的ではある。

伝統校や、実績のある学校での部活動では、とかくOBや関係者が現役に口を出しがちである。もちろんOBたちには、彼らなりに積み重ねて来た想いがあり、それはそれで大切にすべきものではあるのだが、もっとも尊重されるべきは現役世代の気持ちである。実際にプレイをして、現場で戦うのは現役世代なのである。

現役世代は、先人たちのためだと思ってやらなくていい。自分たちのためだけに頑張って欲しいと強く願う。この作品本来の趣旨とはたぶん違うのかもしれないが、個人的にはその点が一番気になってしまった。

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