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『日田夏物語』岩橋秀喜 あなたの昭和の夏がよみがえる

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昭和世代には刺さる作品

2021年刊行作品。作者の岩橋秀喜(いわはしひでき)は1950年生まれ。岐阜大学の工学部を卒業後、技術者として働き、その後学習塾経営者に。更に、1979年には岐阜大学の医学部に再入学し、その後は医師として活躍した人物。

日田夏物語

作家としてのキャリアでは他に、2013年に上梓された『マラリア日本上陸』がある。

マラリア日本上陸

マラリア日本上陸

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本作『日田夏物語』は作家、岩橋秀喜としての第二作ということになる。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

昭和に青春時代を過ごされた方。昭和の夏の情景を思い出したい方。故郷から遠い場所に進学した方。地元に有名な祭りがある!という方。爽やかでちょっとビターな青春小説を読んでみたい方におススメ。

あらすじ

昭和44(1969)年、夏。岐阜大学に進学していた広瀬創造は、故郷である日田へと帰省する。そこで広瀬はかつてのクラスメイトたちと再会を果たす。ジーパン工場で働く謙治。博多のデパートを辞めて地元に帰ってきた忍。資産家の娘で、薬学部で学ぶ節子。そして大学の友人である柴田が、日田へとやってくる。

ここからネタバレ

大分県日田市はこんな街

物語の舞台となる日田(ひた)は、大分県北西部に位置する盆地の街。古代からの長い歴史を持ち、江戸時代は幕府の直轄領(天領)だったことで知られる。江戸幕府の九州一円の地域支配において、重要な役割を担った街である。毎年七月に行われる「日田祇園の曳山行事」はユネスコの無形文化遺産に登録されている。

良質な水の産地としても有名で「日田天領水」は、一時期都内のコンビニでも売られていたので、知名度が高いのではないかと思う。

昨今は『進撃の巨人』の作者、諫山創(いさやまはじめ)の出身地であることを訴求したキャンペーンが大々的に行われている。これで日田を知った方も多いかな。

作者の半自伝的な作品?

時代背景や舞台設定、主人公の境遇などを見るに、本作は少なからず作者本人の体験が反映されているように思える。

この物語は、大学進学で岐阜で暮らしていた主人公が、帰省のための旅費をアルバイトで工面しようとするところから始まる。最初に印象に残ったのは、アルバイトで訪れた鳥取から、郷里の日田へ帰省しようとするシーンである。因美線に乗り込んだ主人公は、行商に向かうおばちゃんたちの集団に遭遇する。旅人である主人公の非日常が、現地で暮らす人々の日常の中に一瞬だけ混ざりあう。自分がここに居てよいのだろうかと、少しこそばゆいような気持ちになる。旅ならではの不思議な感覚が、とても上手く表現されていた。

日田の夏を描く

本作で特筆すべきは、日田市内の情景が豊富なカラー写真で紹介されている点である。作者は、故郷である日田に相当の思い入れがあるのであろう。三隈川周辺や、亀山公園、日田温泉界隈など、日田の街並みを感じ取れる写真が多数登場する。特にクライマックスとなる日田祇園祭については、数多くの写真が掲載されており、読む側の目を楽しませてくれる。故郷に誇るべき祭のある作者が羨ましくなる。

以下、非常に雑で恐縮だが本作に登場する日田市内をマップでまとめてみた。

あの日の夏がよみがえる

久しぶりに故郷に帰ってきた主人公は、かつての旧友たちと再会する。少しおとなびて垢ぬけた女性陣にドキドキする主人公の姿に、ついつい自分の体験を重ねてしまう読者もおられるのではなかろうか。

時代や場所は違えど、初めての帰省、高校を卒業して初めての夏は誰にでも同種の体験はあるものである。夏祭、花火、精霊流し。本作は、昭和世代のノスタルジーを喚起する。読み手それぞれの「あの日の夏」をよみがえらせる不思議な力がある。

唐突な五年後

本作は、第十章でいきなり五年後に時間軸が飛ぶ。鮮やかな夏の思い出を綴ってきた物語は、手のひらを返したかのように現実の厳しさを示してくる。主人公は、五年経っても大学を卒業できておらず、就職に悩んでいる。かつて憧憬を抱いた女性たちとも、その後何の進展もなかったようである。

まあ、実際の世の中はこんなもんだよなとは思うものの、前章までの抒情的かつ、感傷的な内容から考えると驚くほどの急展開である。この点、さすがに性急に過ぎたのではないかと思えて少々残念。

末尾には「奮闘記」と題された、作者本人の自伝が付されている。岐阜大の工学部を卒業し、就職、結婚を経て、医師を志し、医学部に入りなおす。大変な努力をされた方で、ここに至って人生の記録を残しておきたいと考えられたのであろう。

日田に行ったことがある

おまけ。15年程まえになるが、実はわたしも日田に行ったことがある。

当時のわたしは登山にハマっており、湯布院にある湯布岳に登るために前泊で日田に宿泊している。夕方に到着し、朝早くに日田を出てしまったので市内観光は全くできず。本作を読み終えた今となっては後悔している。

撮影した写真もこれくらいしかない。こちらは現在は存在しない、JR日田駅の旧駅舎。

日田の旧駅舎

日田の旧駅舎

「ブラタモリ」の日田回を先日見たのだが、地形的にも面白そうな場所だったので、機会があれば、あらためてキチンと再訪したいと考えている。

 

 

 

日田夏物語

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