国産の骨太ハイファンタジーが登場
2023年6月刊行作品。作者の多崎礼(たさきれい)は生年非公開の小説家。デビュー作は2006年、中央公論新社主催のC★NOVELS大賞を受賞した『煌夜祭(こうやさい)』。現代ビジネスのインタビュー記事によると23歳で広告代理店を辞めて、小説家に転身とのこと。
作家として20年近いキャリアがあり、デビュー以来、ファンタジー分野での著作を数多くリリースしている。『レーエンデ国物語』が売れているので、今後は本作が代表作になってしまいそうだが、これまでの代表作を挙げるとしたら『煌夜祭』と『“本の姫”は謳う』シリーズになるだろうか。
『レーエンデ国物語』は2023年の6月に刊行されたばかりだが、既に第二巻『レーエンデ国物語 月と太陽』が8月に発売。
更に第三巻『レーエンデ国物語 喝采か沈黙か』が10月に発売。
半年で三冊!刊行ペース早すぎない?というか、書きあがってから一気にリリースを開始しているのか?一作目が売れなかったら続きは出せなかったと思うのだけど、それだけに版元側の並々ならぬ自信を感じずにはいられない。
って、このあたりの事情はこちらの記事に詳しく書かれていた。
公式サイトも力の入ったものが公開されている。キャラクタービジュアルをカラーで見られるので要チェック。ちなみに本作はキャラクターとそれ以外のイラストで、絵師が違っていて、キャラクタービジュアルは孳々(じじ)によるもの。一方、表紙イラストよー清水が描いている。
あらすじ
聖イジョルニ帝国、北部シュライヴァ州首長の弟、英雄ヘクトルの一人娘として生を受けたユリア・シュライヴァは、家の呪縛から逃れるようにレーエンデへとたどり着く。そこは呪われし地。天高くそびえたつ古代樹と、そこに住まう人びと。満月の夜に出現する幻の海は、不治の病として恐れられる銀呪病をもたらす。ユリアはこの地で、運命の男トリスタンに出会う。
ここからネタバレ
国産ハイ・ファンタジーに新たな名作登場
ファンタジージャンルにはハイ・ファンタジーというくくりがある。
現実の世界との接点がなく、完全なる異世界のみで世界が完結している系統の作品を指す。トールキンの『指輪物語』、エディングスの『ベルガリアード物語』、上橋菜穂子の「守り人」シリーズあたりが該当するかな。作者早逝のために未完に終わっているものの、このブログではイチオシ、向山貴彦の『童話物語』もハイ・ファンタジー系の傑作だ(みんな読んで!)。
ちなみに現実界との接点がある系統のファンタジーはロー・ファンタジーと呼ばれ、ローリングの「ハリー・ポッター」シリーズや、いわゆる異世界転生モノなんかもロー・ファンタジーのくくりに入るか。小野不由美の「十二国記」シリーズもくくるとすればこちらの系統になるのかな。
ハイ・ファンタジーは現実世界とは全く別の異世界なので、世界観をゼロから創り出さなければならない点に作劇上の難しさがある。食べ物や、動植物、生活習慣、歴史、単位、ちょっとした慣用的な言い回しまで独自に作っていかなければならない。その世界観の中で、相応のもっともらしさ、説得力が求められてくるから創作のハードルが格段にあがる。
そんなハイ・ファンタジーのジャンルに新たな名作が登場した。それが今回ご紹介する『レーエンデ国物語』なのだ。
ファンタジー世界に入り込むのに時間がかかるように……
ファンタジー作品、とりわけハイ・ファンタジー系の作品は、現代社会との接点がないだけに、読む側もその世界に入り込むまでには精神的な壁を乗り越えなくてはならない(って、わたしだけ?)。
わたしの場合恥ずかしながらこの障壁は、年を取るごとに高くなっている。きっと若いころだったら何の違和感もなく、さっと世界観に浸れてしまうのだろうなという作品も、昨今は相当気を入れて読まないとファンタジーの世界に入れない。『レーエンデ国物語』は劇的に物語が動いていくのが作品の中盤以降となっていて、ストーリー展開はかなりスローテンポ。その点もあって序盤はなかなかとっかかりがつかめなくて、読むのに苦労させられた。ただ、全体の半分くらいまで読めれば、あとは目まぐるしくお話が動いていくので、そこから先は一気に読めてしまうと思う。
魅力的な世界観、キャラクターたち
『レーエンデ国物語』では、聖イジョルニ帝国と呼ばれる架空の帝国が舞台となっている。帝国には十二の州と教皇領があり宗教(クラリエ教)によって支配されている側面が強い。だが、その中にあって呪われた土地、忌み地として人々から怖れられている場所がある。それがレーエンデだ。
全身が銀の鱗に覆われ、最終的には死に至る。治療法が存在しない不治の病、銀呪(ぎんしゅ)病。この業病があるためにレーエンデには余所者が入り込まない。帝国の支配も及ばずにいるのだが、その反面、周囲の発展から取り残されてもいる。
そんなレーエンデに北方シュライヴァ州の英雄ヘクトルが、娘のユリアを伴ってやってくる。ヘクトルはシュライヴァ州の首長ヴィクトルの実弟であり、騎士団を率いる実力者。ユリアはその高貴な生まれ故に、政略結婚の道具として隣州マルモアに嫁がされそうになっていた。ユリアは意に染まぬ結婚から逃れるため、父に同行しレーエンデを訪れる。そこで彼女は地元ウル族の元傭兵トリスタンに運命の出会いを果たす。
ウル族は天までそびえる巨木、古代樹の森に住まう民族で、独自の生活習慣を持っている。そして満月の夜、レーエンデには幻の海が現れる。この晩、外に出たものは銀呪病に罹患する確率が高まる。
運命を見出し、人生を選ぶまでの物語
定められた運命から逃れレーエンデにやってきたユリアは、不幸な生い立ちから鬱屈を抱えて生きるトリスタンに出会う。ふたりは、内心お互いを憎からず思っているのだが、さまざまな運命の悪戯もあって本当の想いを告げることが出来ずにいる。
レーエンデに暮らすウル族にはとある言い伝えがある。満月の夜に天満月生まれの女が身ごもると、それは悪魔の子となり大きな災厄をもたらすのだという。一方で、帝国を支配するクラリエ教団の伝承では、逆にその子は創造主になるのだとされる。
数多の不幸な偶然(というか必然なのか?)が重なって、ユリアは満月の版に不思議な力によって子を身ごもってしまう。この子は悪魔なのか救世主なのか?望まない結婚から逃れるようにレーエンデにやってきたユリアは、ここに至って重大な運命の選択を迫られる。
嫌なこと、望まないこと、そして「選ぶ」ことすらしたくない。この物語の序盤から中盤にかけてのユリアの生き方は逃避的であり、自身の出自故の義務や責務に対しても向き合うとしてこなかった。だが、レーエンデの暮らしと、トリスタンとの出会いがユリアに「人には役目がある」ことを教えてくれた。
ユリアはレーエンデ運命を見出し、そして人生を選んだ。しかし、ようやくユリアが己の宿命に向き合う決意をした時、それはトリスタンとの別離の時であったというのがなんとも切ない。
『レーエンデ国物語』はまだまだ続くようなのだが、次巻の主人公は別のキャラクターになってしまうみたい。レーエンデの聖母となるユリアが、その後どんな生き方をしたのか?描かれることはあるのか?気になるので次巻の『レーエンデ国物語 月と太陽』を続けて読んでみたい。
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