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『罪の声』塩田武士 グリコ森永事件をベースとした社会派ミステリの傑作

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塩田武士の代表作

2016年刊行作品。2017年本屋大賞で3位、2016年度の週刊文春ミステリーベスト10国内部門1位、第7回山田風太郎賞の受賞作品である。

作者の塩田武士(しおたたけし)は1979年生まれ。2001年の『盤上のアルファ』がデビュー作。前職は新聞記者で、本作には在職時の経験が反映されているのではないかと思われる。 

罪の声

罪の声

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講談社文庫版は2019年に刊行されている。

罪の声 (講談社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

重厚な社会派ミステリを読んでみたい方。昭和の時代を舞台とした小説作品を読んでみたい方。グリコ森永事件を覚えている40代以上の方。謎多き、グリコ森永事件の闇(真相)に迫ってみたい方ににおススメ!

あらすじ

テーラー業を営む曽根俊也は、父の遺品から古いカセットテープを発見する。テープの中には幼少時の自身の声で吹き込まれた脅迫メッセージが。それはかつて日本中を震撼させた大事件「ギン萬事件」で使われたものだった。一方、新聞記者の阿久津英士もまた、迷宮入りしたこの事件の謎を解くため奔走を開始するのだが……。

昭和最大の未解決事件「グリコ森永事件」

グリコ森永事件は1984~1985年に関西で発生した食品企業連続脅迫事件である。昭和末期の事件だから、リアルタイムで記憶しておられるのはアラフォー以上の世代になるだろうか。グリコ、森永といった大手食品企業に対して、社長誘拐、身代金要求、菓子への青酸混入など、数々の犯罪を仕掛け、マスコミを利用した劇場型犯罪は大きな注目を浴びた。

この事件は世間を騒然とさせながらも犯人は逮捕されず時効を迎え、迷宮入りとなった。そのため、「三億円事件」と並んで昭和最大の未解決事件として歴史にその名を刻んでいる。

あの事件の「薄気味の悪さ」が甦る社会派ミステリ

『罪の声』は企業名は変えているものの、グリコ森永事件を下敷きにしたミステリ作品である。事件の経緯から、脅迫の手口、身代金やりとりの方法など、ほぼ当時の流れが再現されている。このあたりはさすがに元新聞記者といったところだろうか。社会派ミステリとしての読みごたえは十分である。

匿名での連続脅迫。警察やマスコミを愚弄する犯行声明文。大胆で冷酷なその手口。事件の様相が克明に描かれているだけに、この事件の特異さが際立っており、当時の報道で感じていた「薄気味の悪さ」が甦ってくる。作者はこの事件を相当調べたのであろう。500ページを超える大ボリュームも納得なのである。

二人の主人公が事件の謎に迫る

本作では二人の主人公が設定されている。

ひとり目は曽根俊也。曽根は当時の記憶はないものの、幼少時に事件の脅迫文を読み上げる役柄を担わされている。事件には自分の親が関係しているのではないか?平穏な暮らしが脅かされるのではないかとの不安を抱きながらも、どうしようもない探求心に導かれ事件の核心に迫っていく。

一方、もうひとりの主人公は新聞記者の阿久津英士である。阿久津は文化部の記者でありながら、特集記事の応援として駆り出され嫌々ながら事件の再調査を進めていくことになる。しかし、次第に明らかになっていく事件の真相に、いつしか我を忘れて調査にのめりこんでいく。

曽根と阿久津はほぼ同年代の人物であり、事件の内側と外側、両面から真実に近づいていく構成が面白い。やがて交差していく二人の軌跡。終盤の盛り上がりは迫真の展開でページをめくる手が止められなくなる。

ここからネタバレ

子どもを巻き込んだ事件だった

グリコ森永事件は脅迫文を複数人の子どもの声が読み上げている。そのため、この事件には確実に子どもが関与していたとされる。

『罪の声』ではこの子どもたちの「声」に着目して物語を構築している。彼らにはどんな家族がいて、どのような経緯から事件に巻き込まれたのか。そしてその後の彼らはどうなったのか。本作では三人の子どもたちが『罪の声』を残すに至った経緯を描き出し、意図せずして犯罪に巻き込まれた彼らのその後が描かれる。

子どもたちのひとりであった曽根は、自分は何も覚えていない。自分は不幸な被害者なのだと思い真実に迫っていくが、やがてより遥かに悲惨な状況に追いやられた別の子どもたちの存在を知り、呆然と立ち尽くす。

大人たちの勝手な事情から犯罪に関与させられ、人生を大きく変えられてしまった子どもたち。この視点に着目したのは作者の慧眼と言える。

グリコ森永事件の一つの解釈として

穏健派と過激派、二つの犯行グループが存在したこと。事件現場での混乱は何故起きたのか。県警と警察庁、警察内部の不協和音。反社会勢力、左翼活動家、警察関係者、9人の犯人それぞれの立ち位置など、想像の域は出ないのだが、確かにこうした背景から事件が起きたのかもしれない。グリコ森永事件の一つの解釈として、これはアリだなと感じさせられた。

「人生の闇は大抵、日常の延長線上にある」。平穏な生活のすぐ近くには、破滅へとつながる深淵がパックリと口を待っているかもしれない。平凡な人生を歩んできたかに思える人物の過去には、誰にも言えない暗い秘密があるのかもしれない。ほんの僅かな、きっかけで、「普通の人」が奈落に堕ちていく。

犯人たちの勝手な思惑から人生を歪められてしまった子どもたちのひとりが、最後に僅かな光を見出す。「僕なりのやり方で未来に進もうと思います」そう告げて前を向こうとする曽根の姿に、陰惨な過去は過去として、それでも明るい時代を築いていこうとする作者の強い意志を感じさせられた。

映画版は2020年公開

曽根役を星野源、阿久津役を小栗旬が演じる。監督は土井裕泰で、脚本は野木亜紀子が担当するとのこと。長大な原作を映画の二時間の尺に詰め込むのは大変そうな気もするがけど、これは気になる。

Amazon Primeビデオで見る。

罪の声

罪の声

  • 小栗旬
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コミカライズ版は全三巻

本作はマンガ版も存在する。全三巻。2017年~2018年にかけて刊行されており、作画は須本壮一(本そういち)が担当。三巻で終わっているけど、尺的に三冊では厳しかったような……。

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