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『歌われなかった海賊へ』逢坂冬馬 第二次大戦下のドイツ、反体制活動に身を投じた少年少女たちの物語

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逢坂冬馬待望の第二作

2023年刊行作品。作者の逢坂冬馬(あいさかとうま)は1985年生まれの小説家。デビュー作は2021年のアガサ・クリスティー賞受賞作『同志少女よ、敵を撃て』。同作は翌年の本屋大賞を受賞。直木賞の候補作にもなるなど、各方面で話題になった。

歌われなかった海賊へ

『歌われなかった海賊へ』はそんな逢坂冬馬、待望の第二作ということになる。デビュー作がこれだけ評価され、話題になってしまうと第二作に対しての読む側のハードルは上がってしまう。書く側のプレッシャーは相当のものがあったのではないだろうか。

ちなみに、前作同様に表紙イラストは雪下まゆが担当している。一枚絵が早川書房のサイトで公開されていたので引用しちゃう。

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【書影初公開】デビュー作にして本屋大賞受賞の『同志少女よ、敵を撃て』著者・逢坂冬馬による、待望の第2長篇『歌われなかった海賊へ』【10月18日発売】|Hayakawa Books & Magazines(β)より

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

第二次世界大戦、特にドイツを舞台とした小説作品を読んでみたい方。逢坂冬馬の前作『同志少女よ、敵を撃て!』を読んで、猛烈に心を揺さぶられた方。戦争の記憶をどう伝えていくべきか考えてみたい方におススメ!

あらすじ

第二次大戦終戦間近のドイツ。理不尽な理由で父親を処刑された16歳の少年ヴェルナーは、密告者カール・ホフマンの殺害を企図するが、直前で謎の少女エルフリーデの妨害を受ける。彼女はヴェルナーに、街の名士の息子レオンハルトを引き合わせ、反ナチス団体であるエーデルヴァイス海賊団への参加を促す。活動を開始した彼らは、敷設されている鉄道の行先に疑念を持ち、そこで恐るべき現実を見てしまう。

ここからネタバレ

登場人物一覧

まずは主な登場人物を確認しておこう。本作は冒頭と最後の現代パートと、1944年を舞台にした戦時中パートに別れているので、それぞれ分けてご紹介したい。

現代編

  • クリスティアン・ホルンガッハー:歴史教師。アマーリエ・ホルンガッハーの孫
  • ムスタファ・デミレル:トルコ系移民の子。周囲から差別を受けている
  • フランツ・アランベルガー:奇矯な行動と気難しい性格で知られる老人

戦時中編

  • ヴェルナー・シュトックハウゼン:労働者階級の少年。父親を処刑されている
  • レオンハルト・メルダース:製靴会社メルダースの御曹司
  • エルフリーデ・ローテンベルガー:武装親衛隊少佐の娘
  • ドクトル:爆弾をこよなく愛する少年
  • フランツ・アランベルガー:ヒトラー・ユーゲントのメンバー
  • ペーター・ライネック:ヒトラー・ユーゲントのメンバー
  • アマーリエ・ホルンガッハー:教師
  • カール・ホフマン:街区指導者。密告でヴェルナーの父を死に追いやる
  • ルドルフ・シェーラー:ドイツ国防軍少尉
  • ハイム・キンスキー:連合軍の捕虜兵士

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反ナチスの青少年組織「エーデルヴァイス海賊団」

第二次大戦中、ドイツの青少年団体は、ナチスを賛美するヒトラーユーゲント以外は存在すらも許されていなかった。

一方、主人公らが所属していたエーデルヴァイス海賊団だが、言葉の響きから思いっきり架空の組織であるような印象を受けてしまうのだが、こちらも大戦末期のドイツに実在した青少年グループだ。反体制の組織で、さまざまな反ナチス的な行動を取るのだから、未成年とはいえ捕まれば処刑は免れない。このような組織が実在していたとは、恥ずかしながら全く知らなかったので驚いた。

逢坂冬馬は『同志少女よ、敵を撃て』で、第二次大戦中のロシアに女性だけの狙撃兵部隊が存在したという、現在から見ると「そんなバカな」と思ってしまいたくなる意外な史実を作品の素材として見つけてきている。本作『歌われなかった海賊へ』での、意外な史実は「エーデルヴァイス海賊団」だったわけだ。相変わらずこの作家は素材のチョイスが上手い。

それではお前はどうなのだ

エーデルヴァイス海賊団の一員となったヴェルナーは、レオンハルト、エルフリーデ、そしてドクトルらと共に行動を開始する。そして街に敷設されてた鉄道の終着地が、おぞましい強制収容所であることを知る。線路の敷設で街の経済は潤った。生活も便利になった。しかし、街を通り過ぎていく貨物列車の猛烈な悪臭の意味を人々は考えようとしない。街の多くの人々は、自分たちが強制収容所の建設と存続に加担していることを、うすうすは知りながらも、真実からは目を背けて生きている。

ヴェルナーらは、強制収容所に向かう線路を破壊する。しかしその行動は露見し、結果としてレオンハルトとドクトルは処刑されてしまう。強制収容所の存在を知りながら、それをなかったこととして、保身のために子どもを吊るす大人たち。

戦後、強制収容所の存在が明るみに出ると街の人々の態度は一変する。誰もが「私は知らなかった」と言い始める。負の歴史遺産として、強制収容所を街の観光資源に活用し始める。

現代人の視点から見れば酷いものだと思う。だが、実際に歴史の当事者だったとして、自分は彼らのような行動を取らないと言い切れるだろうか。逢坂冬馬作品はいつも読者に問うのだ「それではお前はどうなのか」と。集団の同調圧力に抗するのは難しい。ましてや、自分やその家族に害が及ぶのだとすればなおさらだ。安全な場所、時代から当事者を非難するのは容易い。偽善者の仮面を生涯被り続けたアマーリエ・ホルンガッハーを誰が非難できるだろうか。

愚かなフランツの矜持

負の歴史遺産をどうやって残していくべきか。体験者がいなくなった時代に歴史認識をどう受け継ぐかは、ドイツに限らずどの国でも難しい問題だ。

戦時中編では、とにかく残念な子、足りない子、愚かな少年として描かれてきたフランツ・アランベルガーが、現代編の偏屈な老人とはなかなか結びつかなかった。70年もの歳月が間に横たわっているのだから当然と言えば当然か。人間が成長し、変化するには十分な時間だろう。戦後にフランツは自分で学び、考え、行動したのだ。愚かなフランツが最後にたどり着いた境地に心を打たれる。

現代のドイツでは移民の増加が深刻な社会問題となっている。新たな差別や迫害がまたしても生まれている。フランツがヴェルナーたちの物語をアマーリエの孫、クリスティアンと、トルコ系移民の息子ムスタファ・デミレル、立場の異なる二人に託したのはきっと意味があることなのだろう。時を経るにしたがって歴史は風化し、不都合な真実は都合の良いかたちに書き換えられていく。

「郷土の誇り」は、世代の交代により、住民が文字通りの「知らない」人ばかりになることで完全なものとなる。

『歌われなかった海賊へ』p351より

それでもフランツは最後にこう結んでいる。

ただ、誰かがいつか読んでくれればいいのだ。文化としての彼らは、その読み手がいる限りは、途絶えることがないと信じている。

『歌われなかった海賊へ』p352より

伝え続けることの大切さ。そして人は誤りを正せる。そんな善良性をフランツはそれでも信じたかったのではないだろうか。

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