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2023年に読んで面白かった新書・一般書10選

『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

遠藤由実子『うつせみ屋奇譚』魅惑のライト民俗学ミステリ

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妖怪、判じ絵、そして忘れられた神々の物語

2019年刊行。遠藤由実子のデビュー作。大変失礼なことに、Twitterで感想を書いた時ははお名前の漢字を間違えていた。遠藤由子さんなのであります。申し訳ありませんでした。

うつせみ屋奇譚 妖しのお宿と消えた浮世絵 (角川文庫)

2023年刊行、第二作『夜光貝のひかり』の感想はこちらから。

あらすじ

父親の仕事の都合で転校することになり、祖父母の家から新しい学校に通うことになった鈴は、慣れない環境に戸惑う。ふとしたはずみで迷い込んだのはうつせみ屋。そこは妖怪や幽霊たちのための特別な宿屋だった。祖父の残した絵の謎を追う中で、鈴は不思議な体験を重ねていく。

いかにも何かが棲んでいそうな深大寺周辺

本作の舞台は東京都調布市、深大寺界隈だ。深大寺の開基は733年と、東日本の寺院の中では群を抜いて古い。都内でも浅草寺に次ぐ古刹なのである。深大寺の門前には、名物の深大寺蕎麦の店が軒を連ね、観光客、参拝客も多い。寺の周辺は今でも緑が多く、日中でも鬱蒼としており独特の雰囲気がある。いかにも妖怪たちが跋扈していそうな場所なのである。だいたいこのあたりね。


私事ながら、わたしは調布市ではないものの、隣接する三鷹市に長年住んでおり、深大寺エリア一帯はなじみの深い場所なのである。元地元民ということで、本作はとりわけ楽しく読むことが出来た。

判じ絵の魅力

本作の重要な要素の一つとして「判じ絵」が登場する。判じ絵とは、いわば江戸時代の絵で解くなぞなぞのようなもので、だいたいこんな感じ。2018年、京都の細見美術館で展示会があったようだ。

都内でも、2012年にたばこと塩の博物館(まだ渋谷にあった頃だ)で「江戸の判じ絵」展が開催されており、こちらはわたしも拝見させて頂いている。

www.jti.co.jp

こちらのHPに読み解きの例があるように、判じ絵では、象+金太郎の上半身なら「ぞうきん」、茶をたてるガマガエルだから「茶釜」といった具合に読み解いていく。

本作の主人公鈴は、亡き祖父が残した絵の謎を追いかけていく。ストーリー展開には巧みに判じ絵の読解が取り込まれており、好事家的には非常に興味をそそられた。鈴の祖父、萩一郎が書いた「判じ絵」は、出来る者なら実際にイラストで再現したものを見てみたかったと思うのだが、さすがにこれは欲張りすぎだろうか。

忘れられた神々

本作において盛り込まれているもう一つの興味深い要素は「時花神(はやりがみ)」が登場する点だろう。

時花神
…一時的に信仰を集める神仏に対する名称であり,民間信仰の中にしばしば見られる現象である。時花神と書いて〈はやりがみ〉と訓じた例もあり,これは花が咲くように,一時的にぱっと流行し,すぐ衰えていくという時間の経過を反映している。だからはやりすたることが,大きな特色となっているのである。…

時花神(はやりがみ)とは - コトバンク より

 江戸時代、庶民の間では膨大な数の民間信仰が生まれては消えていった。一時の流行で熱狂的な信仰を集めながらも、あっという間に忘れ去られ、祀り棄てられた神々が数多く存在していたのである。

この物語には、こうした時花神たちの哀しみが影を落としている。妖怪や幽霊も現代ではとかく行き場をなくしつつある存在である。うつせみ屋は、そんな彼らの束の間の安息の場として機能している。祖父の縁があったとはいえ、新しい環境に戸惑い、身の置き場をなくしていた主人公が、この場所に引き寄せられていったのは必然ともいえるのかもしれない。

少女の成長物語、そして残された謎

本筋の少女の成長物語がしっかりと構成されているので、判じ絵や時花神といった通好みの要素も生きてくる。

妖怪や幽霊が跳梁跋扈する不思議な世界観だが、少女を見つめる筆致は暖かく柔らかい。他と違っていることは悪いことではない。「なりたい自分」がどんなものなのか、今はわからなくても、前に進みたい。突然の転校に戸惑い、新しいクラスメイトたちと打ち解けることが出来ずにいた鈴は、うつせみ屋での経験を通して変わっていく。

気になるのは、明かされることなく終わった、うつせみ屋の店主晴彦の正体や、祖父萩一郎の若き日の姿だろうか。晴彦は「縁があれば、また」と告げて鈴の前から姿を消した。是非ともこの縁は繋がって欲しいので、わたしも一読者として出来る限り応援させて頂きたい。

なお、時花(はやり)神については、作者も参考文献として挙げている宮田登の『江戸のはやり神』が詳しいので、興味を持たれた方は是非ともチェックして頂きたい。既に刊行から四半世紀以上を経ているので、新本で手に入れるのは難しいかもしれないが、民俗学ネタが大好きな人間にとっては魅惑の一冊である。

とか書いてたら、江戸時代から続く老舗の仏教系出版社、法藏館から再刊されてた!これは嬉しい。

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