三体シリーズ三部作の第二作
2020年刊行作品。オリジナルの中国版は2008年に刊行。劉慈欣(りゅうじきん/リウツーシン)による三体(地球往事)三部作の第二作。『三体』の続編にあたり、最終第三作の『三体3 死神永生』へと繋がっていく作品である。
解説は『雪が白いとき、かつそのときに限り』の陸秋槎(りくしゅうさ)が担当。大森望による訳者あとがきも収録されている。
ハヤカワ文庫版は2024年に登場している。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)
一作目の『三体』読んで続きが気になって堪らない方、骨太のガチなエスエフ作品を読んでみたい方、迫真の頭脳バトルをとことん楽しみたい方、とにかくスケールが壮大な物語を読んでみたい方におススメ!
あらすじ
四百数十年後に地球を襲う三体人の大艦隊。絶望的な劣勢を強いられた人類は、四人の面壁者に種の未来を託した。来たるべき"終末決戦"に備えて、秘密裡に活動を開始した面壁者たちだったが、地球人内部の反人類組織、地球三体協会(ETO)が彼らの行動を阻む。彼らの計画は果たして成功するのか。ETOの創始者葉文潔から、宇宙社会学の公理を学んだ羅輯は、面壁者の一人として孤独な戦いを開始する。
ココからネタバレ
今度は頭脳バトルだ!
物語の立て付け、全体感が判らないところが魅力だった一巻にたいして、今回は敵側である三体人の特徴や、人類の置かれた絶望的な立場が明らかになっている。この圧倒的な不利な状況下で、人類はいかにして運命に抗うのか。
三体人が送り込んだ極小のスーパーコンピュータ智子(ソフォン→「ともこ」ではない)によって、人類はあらゆる通信、会話が傍受、監視され、あまつさえ基礎物理学の発展すら阻害されてしまっている。
しかし、今回、三体人には意外な弱点があることが判明する。思考を脳から外界に直接表示する彼らにとって、「思う」と「話す」は同義語である。つまり彼らは自らの思考を他者に隠すことが出来ない。嘘がつけない生命体なのである。
このアドバンテージに対して、人類が打ちだしたプランが面壁計画である。人類同士の通信は知られてしまうが、人間個人の思考を三体人は読むことが出来ない。つまり、優秀な一個人が自身の中だけで考え、誰にもそれを告げずに実行すれば三体人の裏を書けるのではないかというわけである。
面壁者VS破壁人の戦いが熱い!
かくして『三体2』は手に汗握る頭脳バトル編となった。人類は四人の面壁者(ウォールフェイサー)を選出し、彼らに種の命運を託す。選ばれた四人の面壁者は以下の通り。
- フレデリック・タイラー アメリカの元国防長官
- マニュエル・レイ・ディアス 前ベネズエラ大統領、ゲリラ戦のプロ
- ビル・ハインズ イギリス人科学者、政治家 欧州委員会委員長
- 羅輯(ルオ・ジー/らしゅう) 元天文学者、社会学の大学教授
彼らは相応の予算を国連より与えられ、独自の計画を実行に移していく。タイラーの蚊群編隊とスーパー水爆による特攻プラン、レイ・ディアスの水星を太陽に突入させ太陽系そのものを破壊してしまう壮大な計画、ハインズの洗脳装置「精神印章」と、次から次へと繰り出される、対三体人作戦にワクワクさせられる。
一方で、人類側には、獅子身中の虫とも言うべき、三体人への内通者、地球三体協会(ETO)が存在する。彼らは三体人の意を受けて、面壁者の計画を暴き出し無効化させるべく、破壁人(ウォールブレイカー)としての活動を開始する。この面壁者VS破壁人の戦いが抜群に面白い。八方ふさがりの中で、どうすれば三体人に勝てるのか。面壁者たちは全知全能を賭けて、相手の裏の裏をかこうとする。
「面壁者〇〇、わたしはあなたの破壁人です」
この決め台詞が素敵過ぎる!面壁者たちの前に、死刑執行人の如く現れる、破壁人たちの不気味さが、痺れる程格好いいのである!
ただ、この早々たるメンバーの中で、何の実績もない羅輯がどうして選ばれたのかが実は謎だったりする。葉文潔から、宇宙社会学の公理を授かっていることが最終的なアドバンテージになるわけだけど、これって確かに三体側は知っていただろう(だから何度も暗殺を企ててる)。でも、人類側はこの事実を最初から重視していたのだろうか?
400年以上も先の未来に備えることは出来るのか?
本作の上巻を読んでいて思ったのは、遥か先の未来と言っていい400年先の未来に対して、人類は備えを持つことが出来るのか?という疑問である。大部分の人間は目先のことしか考えられない。日本社会が、何十年も前から到来が判っていた超高齢化と超少子化に対して、何の有効的な対策を打ち出せなかったことを考えてみてほしい。400年後に宇宙人が攻めてきます。対策をするので税金が上がります。社会保障費も上がります。宇宙艦隊への志願者を募集します。と言われて、納得できる人は少ないだろう。
その点、この物語ではそうした疑問もしっかり想定していたようで、人類の三体人計画は、未曽有の大災害「大峡谷時代」の到来もあって一度は頓挫してしまう。予想された読み手側のツッコミをしっかり潰してくるのはさすがである。
フェルミのパラドックスへの一つの解
フェルミのパラドックスとはWikipedia先生から引用させていただくとこんな意味。
フェルミは、当時考えられていた宇宙年齢の長さと宇宙にある膨大な恒星の数から、地球のような惑星が恒星系の中で典型的に形成されるならば、宇宙人は宇宙に広く存在しており、そのうちの数種は地球に到達しているべきだと考察した。1950年に昼食をとりながら同僚と議論の中では「彼らはどこにいるんだ?」という問いを発したとされる。
広大な宇宙には知性を持つ異星人が無数に存在してもおかしくないのに、何故人類には存在が知られていないのか?というパラドックスである。
『三体2』ではこのテーマに対する一つの回答を出している。
本作の冒頭で葉文潔は羅輯にこう告げている。
「宇宙社会学の公理その一、生存は文明の第一欲求である。その二、文明は絶えず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量は常に一定である」
(中略)
「それと、もう一点。このふたつの公理から宇宙社会学の基本的な青写真を描くためには、あとふたつ、重要な概念がある。猜疑連鎖と技術爆発」
『三体2』上巻より
つまり宇宙にあまねく知的生命体は存在しているが、あまりに距離が離れているので十分に意思疎通ができない。コミュニケーションの不在は猜疑心の連鎖を産む。貧弱な技術力しかないような種族であっても、時として爆発的な進化を遂げることもある。宇宙の物質の総量は一定だから、生き残るためにはそれを独占しなくてはならず、異なる知的生命体を発見した際に、まず最初にすべきことは対象を全て滅ぼしてしまうことなのである。
宇宙は暗黒の森である。『三体2』のサブタイトル「黒暗森林」はこの公理を意図しているのであろう。
面壁者として最後に残った羅輯は、この公理を元に、三体人を恫喝し、地球侵攻部隊を撤退させることに成功する。本作の冒頭に登場した一匹の蟻の存在が、この物語の始まりと終わりを円環的につなぐのだ。最後の最後でこれほどの大逆転が待っていようとは想像外であった。
しかし、この展開、羅輯担当の破壁人は憤死ものだよね。
まさかの「最後に愛が勝つ」?
あれ、ひょっとして「終末決戦」やらないの!?って、「水滴」一機にボコボコにされた地球艦隊では、そのまま再戦しても勝ち目はないか。『三体3』では壮絶な「終末決戦」が待っているものと思っていただけにこのラストにはビックリである。
宇宙社会学における悲劇的な結末「黒暗森林」を乗り越えるカギとして、最終章では「愛」が提示される。ここでまさかの「愛」!ヒロイン荘顔の存在がここで生きてくるわけか。ここに至って三体人ばかりか、他の知的生命体との平和的共存の可能性まで出てきてしまった。完結作となる『三体3』の展開が全く読めないのだが、果たしてこの先どうなっていくのであろうか?