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『三体3 死神永生』劉慈欣 時空の果て、わたしたちの星、わたしたちの宇宙


三体シリーズ三部作の完結編

2021年刊行作品。オリジナルである中国版は2008年に刊行。『三体』『三体2 暗黒森林』の続編。劉慈欣(りゅうじきん/リウツーシン)による三体(地球往事)シリーズ三部作の最終作にあたる。死神永生は「ししんえいせい」と読む。

三体Ⅲ 死神永生 上 三体Ⅲ 死神永生 下

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★★(最大★5つ)

『三体』『三体2 暗黒森林』を読んで、続編はまだかと心待ちにしていた方。人類の未来、この宇宙の行き着く果てを見届けたい方。センスオブワンダーに満ちた、ハードエスエフを心ゆくまで堪能したい方におススメ!

あらすじ

迫りくる三体艦隊に対し、人類は「面壁計画」でその脅威に備える。しかしその裏では、三体艦隊の中に工作員を送り込む「階梯計画」が進行していた。女性科学者程心の人生は、この計画を立案したことで大きく変わっていく。三体人の想定外の行動。暗黒森林攻撃の恐怖に震える人類。そして時空の果てで程心が最後に見たものとは……。

ここからネタバレ(『三体』シリーズ全作のネタバレを含む)

『三体2』の終わり方が完璧だったので

この記事を読んでいる方は当然既刊の『三体』『三体2 暗黒森林』は読んでおられることだろう。前巻の『三体2 暗黒森林』のラストは凄かった。凄まじかった。人類最大の脅威であった三体人問題を、面壁者羅輯(ルオ・ジー)は完璧な方法で解決してしまった。最終巻は三体人との最終決戦かなと思っていた読者は、アレっと思ったのではないだろうか。『三体2』終了の時点で、三体人の脅威が解消されてしまっているのだ。

三体人との戦いに決着がついた状態で、この先どうやって話を続けていくつもりなのか。『三体3』を読む側としてはそんな疑問が脳裏をよぎるのだが、さすがは劉慈欣。この作家の物語の引き出しはそんなものでは収まらなかった。『三体3』では物語は更に加速し、拡大し、思いもよらぬ地平にまで読み手を誘ってくれる。

「階梯計画」と雲天明

『三体3』では三作目にして初の女性主人公、程心(チェン・シン)が登場する。中国人科学者で西暦年代の人物。この時代の人類は、三体人への切り札として「面壁計画」を遂行する傍ら、程心の発案による「階梯計画」を実行に移す。

「階梯計画」は迫りくる三体艦隊に対して、生身の人間をスパイとして送り込もうとする意欲的な計画である。しかしこの時代の人類の技術では、宇宙を高速で移動することはできないし、大きな質量を送ることも出来ない。結果として選ばれたのが、余命僅かとなっていた男、雲天明(ユン・ティエンミン)の脳だけを取り出して三体艦隊に送り出すというものだった。

この計画は相当に奇想天外で、人道的にどうかという点はさておき、果たして意味があるのか(結局あったんだけど)、費用対効果に見合うのか、ツッコミどころが満載だっったと思う。種の絶滅の危機に瀕していたこの時代の人類は、どんな選択肢でも試してみずにはいられなかったということだろうか。

程心と雲天明は大学時代の同級生。美人で才気煥発、誰からも愛されていた程心。内向的で自分の殻に閉じこもりがちであった雲天明。対照的な二人の間には積極的な交流はなかったが、雲天明は程心に対して仄かな思慕を抱いている。死に際して、雲天明は程心にとある恒星をプレゼントする。遥かかなた、人類が行き着くことすらできない遠い天体を意中の女性に贈って死ぬ。劉慈欣は、こういう直球勝負のロマンの追及を、てらいもなくやってくる。

決断できないヒロイン程心

羅輯がもたらした三体人との友好状態、抑止紀元の時代は長続きはしなかった。三体人を抑止するための、重力波送信のスイッチを管理する人間は執剣者(ソードホルダー)と呼ばれ、羅輯がその役割を担っていた。しかし、執剣者が羅輯から程心に継承されたとき、三体人は反撃に転じる。死なばもろとも。三体人文明を滅ぼし、人類をも滅ぼすことになる重力波送信のスイッチを程心は押すことが出来ない。

結果として、人類は三体人に屈し、智子(まさかの実体化版が登場した!)の支配の中、奴隷としての生を送ることになる。この時代の人類の、程心への寛容さには驚く。智子の庇護下にあったとはいえ、ふつうに虐殺されてもおかしくない状態だったと思うのだけど……。

人類に突き付けられた三つの選択肢

ところが三体人の支配も長くは続かない。地球圏を離脱してた宇宙船、万有引力と藍色空間によって、重力波送信のスイッチが押され、三体人の本星が破壊されてしまう。三体人の再侵攻から壊滅に至るまで、テンポの加速っぷりと緊迫度の高め方が巧い。人類は三体人の支配からは解放されたが、より強大で無慈悲な暗黒森林攻撃の恐怖に怯えることになる。

そして満を持しての雲天明の再登場が熱い!雲天明は三つの寓話を通して、人類に生き残りのヒントを伝えようとする。彼によって、人類が選択しうる三つの手段が提示される。

  1. 掩体計画(木星などの巨大惑星の陰に隠れ攻撃をやり過ごす)
  2. 太陽領域計画(光速を低下させ太陽系の中に引きこもる)
  3. 光速宇宙船計画(曲率推進機関の開発)

掩体(えんたい)計画は、超高度文明による暗黒森林攻撃は、太陽への光粒衝突によるものだと想定して、巨大惑星を盾(掩体)としてその衝撃から逃れようとするもの。科学技術的には一番対応が容易で無難な選択肢。

太陽領域計画は、光速を低下させることでブラックホール的な領域を作り出し、外部からの干渉を遮断する作戦。技術的な課題がある上に、なによりも人類の発展への可能性を完全に閉ざしてしまうことになる。

光速宇宙船計画は、逆に太陽系外へ活路を見出そうとするもの。ただこれも技術的な難度が高い。更に曲率推進はその特徴的な航跡から、超高度文明に捕捉されやすいリスクを併せ持つ。

戦う人類の象徴ウェイド

『三体3』の登場人物で、程心、雲天明に続いて忘れてはならないのがトマス・ウェイドである。西暦年代にPIAの長官として登場したウェイドは、超武闘派で、戦って生き延びてきた人類種を象徴するような人物である。

程心同様に、冬眠を繰り返し、掩体紀元まで生き延びてきたウェイドは、程心から経済力と権威を譲渡され、光速宇宙船計画を強引に推進していく。「俺によこせ、すべてを」のセリフが痺れる。決断できない女、程心とは対照的なキャラクターなのである。

光速宇宙船計画実現のため、ウェイドは太陽系連邦に反旗を翻すところまで行きつくのだが、冬眠状態から復帰した程心の説得により、その矛を収め従容と死刑を受け入れる。全体の利益のために犠牲を厭わず戦おうとそるウェイドと、わずかな犠牲でも許容できず、より大きな災厄を招いてしまう程心。この二人の対比が興味深い。

戦慄の二次元崩潰攻撃

掩体計画で、来るべき暗黒森林攻撃に備えていた人類。しかし、超高度文明による攻撃は人類の想定をはるかに超えるものだった。すべてが二次元世界に収斂し、滑落していく異常な世界。二次元世界に閉じていく、崩潰する太陽系世界の描写が、切なくも美しく惹きつけられる。劉慈欣の発想力と創造力の豊かさに圧倒される瞬間と言える。

ちなみに作中で紹介されているゴッホの『星月夜』はこんな絵画。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/ea/Van_Gogh_-_Starry_Night_-_Google_Art_Project.jpg/1024px-Van_Gogh_-_Starry_Night_-_Google_Art_Project.jpg

星月夜 - Wikipediaより

絶望的とも言える終末の世界の中で、再登場する羅輯!羅輯が出てくることによる安心感と期待感は異常(笑)。空間曲率ドライブ、実用化されていたのか!ウェイドの遺産が程心に託される。この展開は燃える。

一方の程心は、自らが道を閉ざしてしまった光速宇宙船計画こそが、人類を救う唯一の最適解であったことを知り衝撃を受ける。程心は再び、とりかえしのつかない過ちを犯してしまったことになるわけだ。

時空の果て、わたしたちの星

最終章となる第六部では太陽系文明崩壊後の世界が描かれる。銀河紀元の時代。光速宇宙船星環号での旅を続ける程心と艾AA。寄る辺のない二人が目指すのは、遠い昔に雲天明が程心に贈った「わたしたちの星」だ。この展開、天才かよ!と賛辞を送りたくなるほどのよくできた構成である。

286光年を52時間で移動できちゃう空間曲率ドライブすげー。青色惑星で、万有引力の生き残りであった関一帆に出会い、程心はその後の人類の歩みと、想像を超えた宇宙の真実を知る。

約束の地で、程心と雲天明は運命的な再会を果たす。

と思われるところだが、劉慈欣は予定調和的な大団円を許さない。程心と雲天明が再会できないのは、数知れぬ過ちを犯してきた程心への罰であったのかもしれない。物語は最終局面へとなだれ込んでいく。

時空の果て、わたしたちの宇宙

関一帆と共にデスラインの乱れに巻き込まれた程心が、青色惑星に再び戻ってきたとき、そこでは既に1,890万年の歳月が経過していた。まさかの艾AAと雲天明のカップリング。岩盤に刻まれた「私達はともに幸福な人生を生きた」の文字に、熱いものがこみ上げてきた読み手は多いのではなかろうか。

雲天明が程心に残した「わたしたちの宇宙」で、程心と関一帆は暮らすことになる。雲天明と艾AAは、なぜ「わたしたちの宇宙」を自分たちのために使おうとはしなかったのだろうか?このあたりは、雲天明と艾AAの程心への愛情が根底にあったと考えるところだろうか。

そして大ラス。遂に宇宙の終末が近づいてきたとき、程心は「わたしたちの宇宙」を放棄することを決意する。「わたしたちの宇宙」の中での安寧な暮らしを潔しとしなかったのは程心なりのケジメのつけ方なのだろう。智子の「あなたはいまもまだ、責任のために生きているのですね」のセリフが重い。

ここに来てウェイドの「前へ、前へなにがあろうと前へ」の言葉が再度登場するのが感慨深い。「わたしたちの宇宙」中での停滞を望まず、どんな状態でも前へ進もうとする意思を見せる。これまで決めることができなかった、程心の唯一の決断。それが最後に残された人類である程心の矜持でもあったのだろう。

『三体』シリーズの感想はこちらから