ネコショカ

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大澤めぐみ『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』繋がらなかった縁と繋がった縁の物語。


ネットで評判が良かったので読んでみようシリーズその1。去年から気になっていた、こちらの作品を本日はご紹介したい。

大澤めぐみの三作目

2017年刊行。大澤めぐみは小説投稿サイト「カクヨム」出身の作家。2016年の角川スニーカー文庫の『おにぎりスタッバー』が商業デビュー作で、本作が三作目となる。

6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。 (角川スニーカー文庫)

あらすじ

優等生の香衣、サッカー少年の隆生、不良の龍輝、そして「ワケアリ」のセリカ。信州松本。進学校に通う四人の男女の物語。ちょっとしたすれ違い、勇気がなかった、なんとなく?人と人の縁は切れる時にはビックリするくらい簡単に切れてしまうもの。切れてしまった繋がりを後悔しながらも、時間は止まることなく、無限に思えた彼らの高校生としての時間は終わりを迎える。

松本、安曇野を舞台とした青春小説としての魅力

松本駅の6番線は大糸線が発着するホームだ。この物語は、高校を卒業し、進学のために故郷を離れようとしているヒロインの独白から始まる。

自分語りでゴメンナサイだが、わたしはワカモノ時代は山に登る人だったので(30半ばで喘息が酷くなってやめた)、夏になると松本駅にはよく降り立っていた。北アルプスに登る人間にとって、上高地線も大糸(おおいと)線も特別な思い入れのある路線なのである。

松本駅MIDORIのスターバックスや、松本PARCO、そして薄川。松本を知る人間にとっては懐かしい一作だろう。穂高駅や碌山美術館も懐かしいなあ。

「早春賦」に寄せて

「早春賦」は吉丸一昌作詞、中田章作曲の唱歌で、学校の音楽の時間に歌ったことがある方も多いのではないだろうか。

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恥ずかしながら全く知らなかったのだが、この歌は安曇野の春を歌ったものなのだそうだ。

長野県大町市、安曇野あたりの早春の情景をうたった歌とされ、旧制長野県立大町中学(長野県大町高等学校の前身)の校歌を作りに来た吉丸が、大町、安曇野の寒さ、そして春の暖かさを歌った歌詞でもある。 大町実科高等女学校(長野県大町北高等学校の前身)では愛唱歌として歌われていた。 大町文化会館、穂高川河川敷に歌碑が建てられている。 題名の「賦」とは漢詩を歌うこともしくは作ることを指し、「早春に賦す」が原義である。

物語の主人公である香衣は安曇野(駅はおそらく穂高駅かな)の出身であり、作者もまたこの地域の出身であるらしい。そう考えると納得のチョイスかもしれない。

本作の各章の扉に記されているのは「早春賦」の現代訳である。この物語は『早春賦』の調べに沿って展開されていく。

以下、各章毎にコメント。『早春賦』の原詩と、作者による現代語訳を合わせて引用していく。

1話 時にあらずと声も立てず

(原詩)
春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず

(現代訳) p10~
暦の上では春になったけれど、風はまだまだ寒い
谷のウグイスも 春を歌おうかと思いはするけれど
いまはまだその時ではないと じっと黙ったままでいる

1話は香衣の視点で話が展開していく。

春を歌おうとは思うのだけど、いまはまだその時ではないのではと思ってしまい、沈黙してしまう。

この歌詞は中学時代はいい雰囲気で、キスまでした仲なのに高校に入ってからは疎遠になってしまった香衣と隆生の姿を示している。とかく人間関係、特に男女の間柄は、ちょっとしたきっかけで疎遠にも親密にもなってしまう。なんとなく、ちょっと気がひける、後にしよう。ただ一度の躊躇いが、時として致命的な事態を招いてしまうコトだってある。

6番線のホームで訪れた、最後のやり直しの機会を香衣は逃してしまう。こうしたすれ違い。この出来事は香衣にとって高校時代を通じての後悔となっていく。

2話 今日も昨日も雪の空

(原詩)
氷解け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空

(現代訳)p80~
雪が解けてなくなり 葦の茎も伸びてきた
いよいよ春かと思ったけれど
今日も昨日も まだ雪が残っている

2話は隆生視点の物語である。

いよいよ春かと思ったのに、今日も昨日もまだ雪が残っている。 香衣との仲が進展しなかったことに悩んでいたのは隆生も同様であったことがわかる。

それでも物事にはタイミングというものがある。お互いに好意を抱いていることを認識していながらも、二人の関係は自然消滅という形で終わりを迎える。

一章、二章と結ばれることのなかった縁、繋がらなかっった想いが描かれて来た。

ああ、この物語はこうした、結ばれない想いを綴っていく展開なのかと思いつつ、第三章でこの作品は大きな転換点を迎える。

3話 Harder Better Faster Stronger

この物語のトリックスター龍輝の登場である。

ビックリ!文科省唱歌の世界から、いきなりテクノ系の世界にダイブインである。

この章だけ「早春賦」ではなく、ダフト・パンク(Daft Punk)の「Harder Better Faster Stronger」の訳詩が使われている。

やれ!もっと頑張れ!!もっとやれる!!
とにかくやれ!! もっと速く!! もっと強く!!
やるべき宿題は無限に摘み上がっているぞ!!

ダフト・パンク(Daft Punk)については、こちらを参照のこと。

ダフト・パンク(Daft Punk)は、フランスのハウス/ディスコ/エレクトロ・デュオである。

トーマ・バンガルテル(Thomas Bangalter、1975年1月3日 - )とギ=マニュエル・ド・オメン=クリスト(Guy-Manuel de Homem-Christo、1974年2月8日 - )の2人組。

ダフト・パンク - Wikipedia より

「Harder Better Faster Stronger」の曲はこんな感じ。

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龍輝は仮面ライダーみたいな名前のキャラクターだが、実はスタンド使いなのである(マジで)。彼のスタンド、ギ=マニュエル・ド・オメン=クリストはこんなビジュアルね。

RAH リアルアクションヒーローズ DAFT PUNK HUMAN AFTER ALL Ver.2.0 GUY-MANUEL de HOMEN-CHRISTO1/6スケール可動フィギュア

ホントにスタンドっぽい!フィギュアまで出てるのがスゲー。

ギ=マニュエル・ド・オメン=クリストのスタンド能力は、あえて言うならばスタンド所有者に「進むべき道を示し勇気付けること」ってところかな?

ともあれ、龍輝の登場で、途切れ続けて来た想いの断絶が止まるのだ。結局リア充とか、コミュ強の勝利なのかよという気もしないでもないけど、1話2話で繋げたはずの縁を繋げなかった香衣の悔恨も、ここでまた生きてくるのである。

4話 春と聞かねば 知らでありしを 

(原詩)
春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か

(現代訳)p222~
春と聞きもしなければ 知ることもなかったでしょうに
そう聞いてしまったら 急がなければと思えてきて
ああ この胸の想いをどうすればよいのかと そう思うこの頃です

最終章はセリカ視点。

春だと思わなければ、知ることもなかったけど、知ってしまったからにはもうそのままでは居られない。本作中、もっともヘビーな現実を生きているセリカの凍てついた心を、香衣の強い想いが溶かしていく。隆生との過去や、龍輝との関係を経てきたからこそのこの行動が取れた。香衣が薄川横断シーンは、本作屈指の名場面であろう。

人生を「選んで勝ち取って」いける強者たちの物語

『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』というタイトルに登場する「君」は誰だったのだろう。香衣は東京に旅立つ。見送る龍輝もまた東北大学へ行くのだ。隆生は平塚だし(ベルマーレ)、セリカはまあ、信州大学の経法学部だから松本の範疇でいささか苦しいけど、寮生活になるわけだから高校時代とは環境変わるわけだ。

つまり、元居た環境からは4人全員がいなくなってしまうのだ。よって、個人的には「君はいなくなる」ではなくて、「君たちはいなくなる」の方がスッキリするのだけど、考え過ぎだろうか。

本作に登場する四人の登場人物には共通する要素がある。それは一時の感情に流されず、将来を見据えた的確な判断ができる点である。なおかつ、彼らには自身の力で望んだ進路を勝ち取る実力を持っている。彼らはバカの王国の城壁の外へ、自力で出ていける強者たちなのだ。 

当たり前なのかもしれないが、彼らには高校時代や、この街への未練は感じ取れない。「これから」がどうなるのかなんてわからないけど、彼らはみな「なんとかする」人々なのだろう。その強さを羨ましく思いつつも、妬ましくも感じてしまうのは高齢読者の僻みだろうか。

 

うまくまとまらなかった(笑)

あとで、また書き直すかも。とりあえずこれで一度あげておく。

一か月以上前に読了したのに、あとからどんどん書きたいことが増えてきて、ブログに上げるのがこんなに遅くなってしまった。しかも全然まとまってない……。シンプルな構成ながら、あれこれ語りたくなる不思議な魅力にあふれた一作なのである。と、無理やり締めてみたり。そのうち、また再読してみよう。

6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。 (角川スニーカー文庫)

6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。 (角川スニーカー文庫)