大澤めぐみのデビュー作
2016年刊行作品(奥付的には2017年1月1日)。小説投稿サイト「カクヨム」等で活躍していた大澤めぐみの商業デビュー作品である。イラストはU35(うみこ)が担当している。
続編(というか前日譚)に『ひとくいマンイーター』がある。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
ちょっと(かなり)変わった属性を持つ女の子が主人公の作品を読んでみたい方。少女の成長物語を読みたい方。過剰に饒舌な文体に酔いしれたい方。何かを「選ぶ」ことに悩んでいる方。大澤めぐみ作品を読んでみたい!と思っていた方におススメ。
あらすじ
中萱梓はとある進学校に通う高校一年生。地味な外見。成績も普通。それなのに「なんか援交だか売春だかをやっているらしい」という噂から、クラスでは浮いた存在となっている。唯一の友人は、魔法少女を自称するサワメグだけ。ある日、金髪のパンクス男に絡まれた彼女は、一学年上の先輩、日下部穂高に助けられるのだが……。
ココからネタバレ
キャラクター一覧
まずは登場するキャラクターを確認しておこう。
- 中萱梓(なかがやあずさ):主人公。通称アズ。マンイーターのクォーター
- サワメグ:主人公の唯一の友人。自称魔法少女
- 日下部穂高(くさかべほたか):主人公の一学年上。吹奏楽部所属。イケメン。家庭に問題がある。
- 松川常盤(まつかわときわ):主人公の同級生。クラスカーストの頂点に君臨。吹奏楽部所属で日下部先輩が好き
- 等々力捩子(とどろきれいこ):モデルもこなすボーイッシュな転校生。境界側の人間。最強の盾。
饒舌な。あまりに饒舌な
本作は主人公である中萱梓(アズ)の一人称視点で進行する。
本作で特徴的なのが、圧倒的なまでに饒舌な語り口調である。状況描写や心理描写、時にはボケやセルフツッコミ、台詞に至るまで、一切の改行なしにノンストップ。時にはメタ視点まで入る。小気味の良いアズのひとり語りが止まらないのである。この文体、慣れないうちは抵抗があるのだが、第一話を読み終える頃には意外にもすんなり受け入れられるようになっていく。中毒性のある文体なのである。
人外の成長物語
ほんわかギャグテイストな語り口調とは対照的に、本作で描かれる物語は意外にシビアである。男を喰いまくっていると悪評が経つアズは、マンイーターとして文字通り「男を喰っている」わけだし、自称魔法少女であるサワメグは魔法の力が生み出した「オリ」に追い詰められていく。
人外として生まれ、人間世界の中で異分子として生きて来たアズ。地味で目立たない中学時代から、高校デビューでの一発逆転を狙って失敗したサワメグ。孤独の中で生きて来た二人が、それぞれのキャラクターに共感を覚え、仲が良くなったのは必然であったのかもしれない。
特にマンイーターのクォーターであるアズには、そもそも人間として備わっていなければならない感受性が欠けていたようにすら見える。アズはほとんどの人間の顔が覚えられないし、そもそも人間に興味すら持っていない。
しかし人間になりきれていなかったアズが、サワメグに出会い、日下部穂高に出会い、次第に変わっていく。アズの世界は広がり、人とのつながりを大切に思うようになっていく。終盤のクリスマス戦は、ノリはギャグテイストだが、アズが人とかかわりながら生きていくことを決めた重要イベントである。
うなれ、私の聖剣エクスカリバー
第4章の「おにもりカスタード」でアズとサワメグの関係には決着がつく。最終章の「ぎりぎりスタッバー」ではもう一つの気になる組み合わせ。アズと日下部穂高の関係が描かれる。
時間は常に流れていくし、いつまでも同じ場所には留まれない。作中で何度か語られているが「滝壺は変わらずにそこにある」のである。流されていけばいつかは滝壺に落ちる時が来る。いつかは誰もが選ばなくてはならない。
これまでのアズは選ぶことが出来ない少女だった。それは彼女が人間世界に生きながら、人間とのかかわりを拒否してきたからだ。人間世界を知ろうとしない者が、人間世界での生き方を選ぶことは出来ない。他者とのかかわりと拒んできたアズは生き方を知らない。
思いつかない選択肢は選べない。他者と交わることは可能性を増やすことである。そして、自分以外の他人と知り合うことで人生の選択肢は増やせる。
しかし一方で、選ぶという行為は、他の可能性を消してしまうことである。選ぶのは怖い。選ぶためには勇気が必要になる。だが選ばなくても「滝壺は変わらずにそこにある」のだ。
ラストシーンでアズは自らの心の中のエクスカリバーを抜き放つ。本作で「エクスカリバー」以下のように定義された聖剣である。
他のすべての可能性を捨て去ってでも、今この状況を、閉塞した運命を切り開きたいと強く願う。その決意と覚悟が地上最強の聖剣の刃になるのさ
『おにぎりスタッバー』p281より
人との関りを大切にして生きていこうと決めたアズだからエクスカリバーが抜けた。果たしてアズの想いは届くのか。その結果は示されず物語は幕を閉じるのだが、アズが選んだこと。前に進もうとしたことにこの物語の意義はある。
大澤めぐみ作品一覧
せっかくなので、これまでに刊行されている大澤めぐみ作品をまとめておく。以前に読んだ、『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』も面白かったし、今回の『おにぎりスタッバー』も良作だったので、今後一通り読んでいくつもり。
- 『おにぎりスタッバー』(2016年)
- 『ひとくいマンイーター』(2017年)
- 『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』(2017年)
- 『君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主』(2018年)
- 『彼女は死んでも治らない』(2019年)
- 『Y田A子に世界は難しい』(2020年)
以下の二作は電子書籍版のみ。作者自身の手による書籍化と思われる。
- #ツイッターの人と会ってはいけません(2020年)
- ジョシ力エンジン -Jossica the Ape Queen-(2020年)
また以下の小説投稿サイトでも作品を読むことが出来る。