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『黒と茶の幻想』恩田陸 美しい謎と非日常の島、そして旅路の果て

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恩田陸作品最長クラスの長編

講談社のミステリ雑誌「メフィスト」の、2000年5月号~2001年9月号に連載されていた作品を単行本化したもの。本作は『三月は深き紅の淵を』の系譜に連なる作品の一つで、その第一章「待っている人々」の中で言及されている。本作に対してもっとも的確なコメントは実はこれなのかもしれない。

講談社文庫版は、さすがに一冊では長いと判断されたのか、上下巻に分冊された。カバーデザインも単行本版からは一新されている。解説は作家の川端裕人が担当している。

黒と茶の幻想 (上) (講談社文庫) 黒と茶の幻想(下) (講談社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

恩田陸的な「美しい謎」をとことん味わい尽くしたい方。屋久島に行ってみたいと思っている、もしくはいった事がある方。『三月は深き紅の淵を』から始まる恩田陸作品の主要な流れを把握しておきたい方におススメ!

あらすじ

卒業から十数年。それぞれの思惑を胸に久々に集った4人の男女。利枝子、彰彦、蒔生、節子。現実から離れ、太古の森の中をさまよう四人。Y島の原生林の中で告白されるそれぞれの過去の秘密。語られる謎の数々。解き明かされていく心の闇。旅の終わりに彼らがたどりついたそれぞれの結論とは。

ここからネタバレ

『アレキサンドリア四重奏』を読みたくなる

分厚い。619頁。いっそのこと二段組にした方がいいんじゃないかという気もするのだが、あえてボリューム感を出すことを狙ったのだろうか>講談社。歴代恩田作品中でもこれは最長クラスの長さ。ちなみに物語の舞台となるY島は、おそらく「屋久島」なのではと想像している。

全体は4つの章に分かれていて、それぞれを四人の登場人物の視点で描いていく。同じエピソードを4人の視点から何度も描くのではなく、1つの物語が語り手を変えて順々に綴られていくというタイプ。これはロレンス・ダレルの『アレキサンドリア四重奏(カルテット)』のひそみにならったものらしい(わたしは未読、いつか読みたい)。

魅力的な「美しい謎」

もっとも恩田作品らしい一冊であるといっていい。魅力的な謎の数々。機知に富んだ会話。束の間の非日常の世界。そして「三月」に連なる作品であること。ファンならため息がでる程の垂涎のバラエティだろう。恩田陸のエッセンスがふんだんに盛り込まれた全力投球作品に仕上がっている。

次から次へと飛び出してくる謎を解き明かしつつ、彼らの中でわだかまりとなっていた学生時代のある事件についての真相に迫っていく。その過程の中でそれぞれの人生が語られていき、愛すること、憎むこと、そして生きていくことについて問いかけていく。こうやって書いてしまうと簡単そうだが、このとてつもないボリュームの中で破綻なくそれをしてのけるのは難しい。失礼ながら上手くなったなあと感じたのはこれが初めてだ。

「三月」の系譜に連なる作品

本作には描かれることの無かった第5の章がある。というのは言いがかりなのだが、直接登場することはなく、他者の視点で語られて行く中で浮かび上がる憂理の肖像。彼女はこれまた「三月」の系譜に連なる作品の一つである『麦の海に沈む果実』の登場人物なのだが、そのキャラクターは年代の違いをさっ引いてもいささか同一人物とは断じにくい。わざとやってるんだろうけど、この微妙なずらしかたが「三月」世界をより重層的なものに見せてくれていて実に巧いと思う。

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