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『死体埋め部の悔恨と青春』斜線堂有紀 承認しようそれが全ての正答だ

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死体埋め部シリーズの一作目

2019年刊行作品。『キネマ探偵カレイドミステリー(全三作)』『私が大好きな小説家を殺すまで』『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』に続く、斜線堂有紀(しゃせんどうゆうき)の第四作。

死体埋め部の悔恨と青春 (ポルタ文庫)

web配信サービスのnoteに掲載されていた作品を、加筆修正のうえで文庫化したもの。表紙イラストはとろっちによる。

続篇に2020年刊行の『死体埋め部の回想と再興』がある。

新紀元社のポルタ文庫って?

ポルタ文庫は2019年に8月に誕生した新紀元社によるライトノベル(ライト文芸かも)レーベル。こちらのポストを見る限り、

とあるので、『死体埋め部の悔恨と青春』は創刊ラインナップの一冊であった模様。が、ポルタ文庫の公式X(旧Twitter)はかれこれ三年更新されておらず、現在では活動休止状態となっている。どうりであまり聞いたことないレーベルだと思った。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

ライトなミステリを読みたいと思っている方。タイトルを見て「これは!」とピンと来た方。初期の斜線堂有紀(たぶん入手困難だと思う)を読んでおきたいと思っている方。大学生男子二人のバディモノミステリがお好きな方におススメ。

あらすじ

大学生一年生の祝部浩也は、突然襲い掛かってきた男を、必死の抵抗の果てに殺害してしまう。死体を前にして絶望に陥っていた彼を救ったのは、大学の上級生、織賀善一だった。手慣れた動作で死体を処理していく織賀。「死体埋め部」に勧誘された祝部は、やむなくその活動に従事していくことになるのだが……。

以下、各編ごとにコメント

ここからネタバレ

第一話 死体埋め部と指折りフェティシズム

英知大学一年の祝部浩也(ほふりべひろや)は、入学早々に、誤って人を殺害してしまう。「助けてやろうか?」と声をかけてきた上級生の織賀善一(おりがぜんいち)の傍らにはもう一体の死体。かくして英知大学死体埋め部の活動が始まる。

祝部浩也、織賀善一と出会うの章。織賀はビジネスで死体遺棄を行っている大学三年生。神学科とあるし、作者の出身校でもあるので、モデルとなっているのは上智大学なのではと思われる。

祝部が殺したのとは別に、既に織賀が運んでいた女の死体は、何故か左手の指が全て折られていた。死体を埋める「オリガマウンテン」に、車が着くまでの間、どうして死体の指が折られていたのを推理しよう!ということで、殺人を犯してしまった直後なのに、もう一体の死体を前に、見知らぬ男に推理合戦を強いられる主人公。エグイ展開だわ。

推理は真実を言い当てる必要はなく、織賀が納得できる「真相」を提示できればオッケー。「承認しよう、それが今回の正解だ」がこの作品のキメ台詞っポイね。

第二話 死体埋め部と悪夢のディレッタンティズム

強引な織賀に引っ張られ、祝部は今日も死体埋め部の活動に従事している。殺人が行われることを知りながら、それを静観できる織賀の倫理観に祝部は衝撃を受ける。本日埋めるのは五冊の辞書を持ち歩く「勉強家」の死体。ページが切り取られた辞書の意味は?ふたりの推理合戦が今夜も始まる。

サブタイトルにある、ディレッタンティズムとは聞きなれない言葉かもしれないので、こちらに意味を引用させていただく。

専門家以外の者が道楽や趣味から学問・芸術などの精神的活動、とくに芸術創作にいそしむこと。イタリア語のdilettare(楽しむ)を語源とし、それに携わる人をディレッタントとよぶ。

ディレッタンティズム(でぃれったんてぃずむ)とは? 意味や使い方 - コトバンクより

嬉々として死体遺棄をビジネスとして取り扱う、織賀のことを指しているタイトルなのではと想定できる。死体埋め部の活動に嫌悪感は抱きながらも、織賀への依存度を増していく祝部。斜線堂作品お得意の、歪な共依存関係が、この作品でも形成されはじめており、既存作品を読んできた人間であればグッとくるところだと思う。

第三話 死体埋め部と恋するエウヘメリズム

死体埋め部の活動は続く。だが今夜の死体はいつもと違っていた。好意を抱きつつあった大学の同級生の死体を前にして愕然とする祝部。それでも淡々と死体を処理しようとする織賀に、祝部は強い拒否感を覚える。ワンピースの下にスクール水着を着た死体。それにはどんな意味があったのか。

エウヘメリズムはディレッタンティズム以上に、日常的に使わない言葉だと思われるのでこちらも意味を引用しておこう。

エウヘメリズム(euhemerism)とは、王や英雄といった偉人が死後に祭り上げられたのが神の起源であるとする説。紀元前300年代に『神論』を著したとされるエウヘメロスの名に由来する。

エウヘメリズム - Wikipediaより

祝部がこれまで埋めてきたのは見も知らぬ他人ばかり。それ故に罪悪感を抱くことなく死体を処理できた。だが、今回登場したのは、ちょっと好きになりかけていた大学同期の女性移川加奈(いがわかな)だった。

「死体の前での選択は自己責任だぜ?お前が選んで、お前が俺の手を取ったんだ」織賀のこの言葉が祝部に重くのしかかる。破滅願望、貪欲さ、憎しみ。これまで表に出てこなかった織賀のキャラクターの特異性が表面化し、物語が一気に加速化した印象。

エウヘメリズムとは神々の神聖性を剝ぎ取ろうとする行為だ。殺人を犯して以降、死体埋め部に強制参加させられ、織賀への依存度を高めてきた祝部。祝部にとっての神とはもちろん織賀だ。だが、織賀の「承認」によって生かされてきた祝部の心は揺らぎ始める。

第四話 死体埋め部の栄光と崩壊

死体さえ発見されなければそもそも殺人事件は始まらない。積み重なってきた罪悪感に押しつぶされそうになった祝部は、とある真相に到達する。織賀が秘密にしていたことは何だったのか。遂に対峙するふたり。死体埋め部に終わりの時が訪れようとしていた。

相手に対しての依存を深めていたのは祝部だけではなかった。いつも奪われてきた。自分を赦してくれる共犯者が欲しい。不幸な生い立ちから、死体遺棄をして生きて来るしかなかった織賀にとって、祝部は初めて得られた仲間であり、自分を理解し、免罪してくれるかもしれない人物だったはずだ。「お前だけが俺の全部」とまで織賀は云うのだ。

だが、一般人としての倫理観を持つ織賀は、死体埋め部の活動を続けていくことに限界を感じていた。お互いを必要としていながらも、対立してしまうふたりの関係性がエモーショナル。でも結局のところ、あの結末を見る限り、織賀は祝部出した結論を含めて、全てを「承認」していたのではないかとも思えるのだけどね。

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