冲方丁、初の長編ホラー作品が登場
2022年刊行作品。KADOKAWAの小説誌「野生時代」の2021年9月号~2022年7月号にかけて連載されていた作品をまとめたもの。
作者の冲方丁(うぶかたとう)は1977年生まれの小説家。日本SF大賞を受賞した『マルドゥック・スクランブル』や、本屋大賞を受賞した『天地明察』など、エスエフや歴史小説ジャンルでの活躍が多かったが、本作『骨灰』は、冲方作品としては珍しいホラーに軸足を置いた物語となっている。
KADOKAWAが出している本作のリリース記事がこちら。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
東京(江戸)の闇の歴史に触れてみたい方。民俗要素の強いホラー作品で読んでみたい方。渋谷の大規模新開発に興味がある方。冲方丁の新境地、ホラージャンルでの成果を確かめたい方。とにかく怖い思いをしたい!と思っている方におススメ。
あらすじ
空前の規模での都市開発が進む渋谷。建設中の高層ビルの地下で起きる不審な事件。大手デベロッパーのIR部門で働く松永光弘は、調査を命じられ巨大な地下空間へと降りていく。異常な乾燥。不快な臭気。地下で発見された謎の祭祀場と、巨大な穴。そこに鎖で繋がれていた男は何者なのか?この場所で何が起きているのか。そして松永とその家族を恐るべき怪異が襲う。
ここからネタバレ
登場人物一覧
最初に本作の登場人物をまとめておこう。
- 松永光弘(まつながみつひろ):大手デベロッパーのIR部門で働く
- 松永美世子(まつながみよこ):光弘の妻。妊娠七か月
- 松永咲恵(まつながさえ):光弘の娘。小学一年生
- 松永幸介(まつながこうすけ):光弘の父、故人
- 竹中康志(たけなかやすし):光弘の上司
- 菅原(すがわら):事件現場の責任者
- 玉井芳夫(たまいよしお):玉井工務店社長
- 荒木奏太(あらきそうた):玉井工務店管理長
- 原義一(はらよしかず):穴の底に居た男
何度も火に焼かれてきた東京(江戸)の歴史
「骨灰」とは聞きなれない言葉だ。Wikipedia先生からその意味を引用させていただいた。
骨灰(こつばい、こっかい)は、動物の骨からにかわ・脂質を除いたあと、高温で焼くことによって作られる、白い粉末状の灰。主成分はリン酸カルシウムである。
つまり人間の骨を高音で焼却した際に残る、細かな白い灰のことを骨灰と呼ぶわけだ。これはなかなかに不穏なタイトルといえる。
現代に生きるわたしたちは、ほとんど気づくことはないが、東京(江戸)の歴史は度重なる大火の歴史でもあった。Wikipedia先生によると、江戸時代の大火は49回。小さな火災を含めれば1798回を数え、これは世界の大都市の中でも突出して多い数なのだとか。さらに関東大震災や、太平洋戦争時の東京大空襲による大火災まで考えると、この街ではおびただしい数の人命が火災によって失われてきたことがわかる。
『骨灰』のベースとなっているのは、幾たびかの大火で死を遂げてきた数多の人々の無念だ。理不尽に命を奪われた人間たちの、積年の想いが積み重なり、それが現在に生きるわたしたちに災いをもたらしていく。
玉井工務店の設定が秀逸
『骨灰』で魅力的なのは、なんといっても玉井工務店の設定だろう。玉井工務店は、明治期よりも前から、江戸の街での土木建築における祭祀の役割を担っていた。
東京の街を電車の高架から見ると、ビルの上に小さな鳥居が立っていることに気付いた方も多いのではないだろうか?これらは、かつては地上にあった神社が、再開発に伴い、ビルの屋上に移されたものだ。屋上にあるのだから、同じようなものが地下にあってもおかしくない。都内の各所に、土地のオーナーしか知らない秘密の祠があるのかと思うとワクワク感が止まらなくなるなあ。
玉井工務店は、こうした秘密の祭祀場を管理、運営する企業組織だ。鎮魂、祭祀のためとはいえ、人身御供をやっていて、それを警察も知っているのに許されているって凄い!やっていることはかなり危険でハードなのに、ごくごく普通の家族経営的な民間企業のスタイルで描写されているのが面白い。これ、玉井工務店の面々を主役にしたスピンアウト作品を、お仕事小説的に書いたら面白いと思うなあ。
主人公は許されるの?
怪異に魅入られた主人公は、操られるがままに罪を重ねていく。松永光弘は、結局、何人のホームレスたちを「穴」に連れて行ったのか。相当数の人命が失われていると思うのだけど……。最後まで松永光弘が無事に命を長らえたことは、少々(いやかなり)意外だった。家族はともかく、本人は死ぬかと思ってた。
もちろん、事件の後も、一度「感じられる」ようになってしまった主人公は、生涯、怪異につきまとわれるようになる。彼の今後の人生が安泰とは全く言えないし、その因果が子どもたちに及ぶ可能性もあるため、お咎めなしというわけではないのだけど。