ネコショカ

小説以外の書籍感想はこちら!
2023年に読んで面白かった新書・一般書10選

『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり

『リロ・グラ・シスタ』詠坂雄二 KAPPA-ONE登龍門の最終受賞作

本ページはプロモーションが含まれています


詠坂雄二のデビュー作

2007年刊行作品。光文社版のメフィスト賞とも言える、公募新人賞KAPPA-ONE登龍門(かっぱわんとうりゅうもん)受賞作である。KAPPA-ONE登龍門は2002年にスタートし、石持浅海『アイルランドの薔薇』、東川篤哉『密室の鍵貸します』らを世に出すなど一定の成果を上げたが、2007年で企画終了となってしまった。

本作はその最後のラインナップの一つである。詠坂雄二(よみさかゆうじ)は1979年生まれ。本作がデビュー作ということになる。

光文社文庫文庫版は2013年に刊行されている。

リロ・グラ・シスタ~the little glass sister~ (光文社文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

学園ミステリが好きな方、ハードボイルド作品が好きな方、ちょっと変わった学園ミステリを読んでみたい方、最後のどんでん返しでビックリしたい方、奇想天外なトリックが好きな方におススメ!

あらすじ

学園の屋上で発見された「墜落屍体」。一度地面に落ちた屍体はどうして屋上に戻されていたのか?そしてその方法は?校内で探偵業をして小遣い稼ぎをしている「私」は、容疑者のひとりから無実を証明して欲しいと依頼され、事件に関与していくことになる。同じ場所で10年前に発見された女生徒の「自殺」事件。両者にはどんな関連があるのか。

↓ここからネタバレ

学園小説なのにハードボイルド

高校生なのに探偵やってるの?

本作を読み始めてまず最初に驚かされるのがこの点である。主人公である「私」は学園内で探偵業を営んでいる!そして、この物語は「私」の一人称で進行するのだが、それがレイモンド・チャンドラーや、原リョウ(リョウは僚のにんべんがないやつ)風のこてこてのハードボイルド文体なのである。

しかも学園内には情報屋的存在の図書委員楽山隆昭や、気軽に校内援交を引き受ける空咲瑤子のような存在もいて、ミニマムながらもハードボイルドっぽい世界観が築かれている。どんな高校だよ!と突っ込みたくもなるのだが、それはそれで実は重要な意味があるのである。

タイトルの意味

本作のタイトルは『リロ・グラ・シスタ』だが、サブタイトルは「the little glass sister」とされている。直訳すれば「ガラスの妹」とでも言うべきところか。

「ガラスの妹」はもちろん、観鞍茜(みくらあかね)の「妹」を意味しているのであろう。今回の事件のカギとなった人物である。

観鞍兄妹の入れ替わりトリックは、比較的早い段階に予想がついてしまうのだが、これはより大きな嘘を隠すための目くらましになっている。大きな嘘を隠すためには、小さな嘘をというわけである。

二重の性別誤認トリック

観鞍兄妹の入れ替わりによる性別誤認は、予想がつくとして、最後にやってきたどんでん返しは正直驚いた。語り手である「私」本人が女性であり、しかも犯人であったとする大どんでん返しは非常に効果的だった。探偵と言えば男性。学園小説に似合わないハードボイルド文体は、語り手の性別を誤認させるための周到な叙述トリックだったわけである。

改めて読み返してみると楽山や時野のリアクションや、観鞍茜との最初のやり取り、空咲とのスキンシップが濃厚すぎるのも、実はヒントだったのだろう。小さな違和感が残るように作者はしっかり仕掛けを残しているのである。これは上手い。

物理トリックはちょっと無理が

しかしながら物理トリックはさすがに無理があるように思える。大時計を使った大仕掛け、これきちんと機能するだろうか?いやまあ、個人的に物理トリックは大好きだから、こういうのも許しちゃうけど、満足にリハーサルが出来るわけでもなし、実際にやってみたら散々な結果に終わりそうな気がする。

語り手=犯人である場合

一人称視点の「私」が実は犯人であった。古今のミステリ作品には、同様の事例は多数存在する。この場合、読者に嘘をつかないこと。アンフェアにならないことが作家には最低条件として課せられる。

本作では、「私」自身の犯行に関わる部分は意図的に「書かない」処理が施されていて、嘘はついていない。ただ書いていないだけ。まあ、ギリギリオッケーと言えるところだろうか。「私」が終始、葉群の死の解明に積極的ではなかったあたりも、再読してみると実はヒントなのだと思う。

空咲さんがかわいい

終始暗鬱な展開が続く本作だが、唯一の清涼剤ともいえる存在。気さくな学園内援交少女。謎の片言英語を駆使する空咲瑤子である。金さえ貰えば誰とでも寝てしまう彼女は、その交友関係の広さから、学園内の情報には楽山以上に通じていそう。

終盤、「私」に対して本気の平手打ちを見舞った空咲。果たして、彼女は事件の真相に気付いていたのだろうか?

「生きてるから温かいんだよ(ラヴ・ライク・リイヴ)」

という最後の彼女の台詞は、観鞍の死を悼むが故のものであったのか。その先の「私」の罪まで見据えた言葉であるように思えるのだが考え過ぎだろうか。

詠坂雄二作品の感想をもっと読む