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『鉄塔 武蔵野線』銀林みのる 少年時代の冒険行、そして鉄塔への情熱

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第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞作

1994年刊行作品。作者の銀林(ぎんばやし)みのるは1960年生まれ。本作がデビュー作となる。第6回の日本ファンタジーノベル大賞の受賞作として上梓された。ちなみに、同じくこの年の日本ファンタジーノベル大賞を受賞した作品が池上永一の『バガージマヌパナス』であり、候補作であったのが高野史緒の『ムジカ・マキーナ』だった。

新潮文庫版は1997年5月に刊行されている。同年6月に映画版(後述)が上映された。

その後、十年の空白期間を経て、最終形態であるソフトバンク文庫版が2007年に刊行された。ソフトバンク文庫版には「電気情報」の1995年11月号に掲載された「鉄塔小説の誕生まで」。更に「あとがき」。加えて書店員宇田川拓也による解説文が収録されている。

鉄塔 武蔵野線 (ソフトバンク文庫 キ 1-1)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

少年の日の夏の記憶をもう一度呼び覚ましたい方。ちょっと(というか、かなり)変わったファンタジー作品を読んでみたい方。送電鉄塔への愛について考えてみたい方。特殊な趣味趣向にハマっているかたの、対象への凄まじい熱量を感じ取ってみたい方におススメ!

あらすじ

この鉄塔をたどっていったらどこに着くのだろう。199X年。転校を目前に控えた小学五年生の夏。主人公は二歳下の弟分であるアキラを伴い、鉄塔・武蔵野線をただひたすらに遡る旅をはじめる。80基を超える送電鉄塔を全て踏破する。それは小学生の主人公たちには過酷な冒険行となった。過酷な旅路の果てに彼らが見たものとは何だったのか……。

ここからネタバレ

鉄道じゃない方の”武蔵野線”

”武蔵野線”と聞けば、首都圏近郊の方であればJRの鉄道路線としての”武蔵野線”を想起される方が大多数であろう。しかし本作で登場する”武蔵野線”は鉄道ではないのだ。本作における"〇〇線"は東京電力による送電線網の種別として登場する。

※現在では編成が変わり、当時の武蔵野線は武蔵赤坂線・武蔵野連絡線、武蔵野線の三系統に再編成されている。

埼玉県日高市旭ヶ丘から東京都西東京市北町まで。GoogleMapでザックリ距離を測ってみると距離は30キロほどだった。自転車があれば片道30キロは頑張れば移動できない距離ではないが、小学生がチャレンジするのは大変そう。スマホどころかガラケーもない時代だしなあ。

自分で作ろうかと思ったけど、既に作っている方がおられたのでありがたく埋め込み引用させていただく。山猫庵さんによる「鉄塔 武蔵野線」マップである。その距離の果てしなさにまず驚きたい。

ほとばしる鉄塔愛

『鉄塔 武蔵野線』を読んで衝撃を受けるのは、行間からほとばしる、溢れんばかりの鉄塔への愛である。浅学にして存在を知らなかったが、世の中には送電鉄塔を愛好される方が少なからず存在しており、以下のようなマニアックなアイテムも出ているほど。

主人公、環見晴(たまきみはる)の分類によれば、鉄塔には男性型(碍子が懸垂形)と女性型(碍子が耐張形)がある。識者の方のTwitter投稿を埋め込み引用で紹介させていただくとこんな感じ。

また鉄塔は見る角度によって、蛹点(真横)、にこにこ角度(女性型鉄塔鑑賞時の良角度のひとつ。鉄塔が静かに笑っているよう見えるらしい!)、横目の角度(同じく女性型鉄塔が美しく見える角度らしい)といった呼び名がある。

これらの呼称は『鉄塔 武蔵野線』で銀林みのるが言い始めたことだと思われるが、鉄塔マニアの間では専門用語として定着してしまっているところが凄い。刊行当時、既に鉄塔マニアは存在していたのだと思うが、その在りように名前を付けてイメージを具象化させたのはこの作品の功績だろう。

ソフトバンク文庫版が「完全版」

作者のこだわりとして、鉄塔の写真は、

  • A:鉄塔の単独体(全身)
  • B:鉄塔の足もと部分(結界)
  • C:鉄塔の番号表示板
  • D:結界から見た次番号の鉄塔(またはその方向)
  • E:結界から見た前番号の鉄塔(またはその方向)

の五枚一組の写真がそろって初めて、武蔵野線鉄塔たちの世界基盤が形成されるとされている。小説本文の進行に合わせて、これらの五枚一組の写真がセットで掲載されているのが正しい姿であり、これはソフトバンク文庫版でようやく実現した試みであるらしい。

36号鉄塔~33号鉄塔間で、主人公とアキラの旅に同行するミヤザワ・ヤスオは、単行本版には登場しない、新潮文庫版以降に登場するキャラクターだったりもする。単行本版では246頁だったものが、ソフトバンク文庫版は491頁に大幅増量されており、相当な分量が加筆されていることが伺える。

ちなみにラストパートも、単行本版、新潮文庫版、ソフトバンク文庫版ではそれぞれ異なっており、読み比べてみるのも楽しいのではないかと。って、いまから探すの難しいと思うけど。

鉄塔 武蔵野線 (ソフトバンク文庫 キ 1-1)

おまけ:その後の銀林みのる

銀林みのるは『鉄塔 武蔵野線』以降、ほとんど作品を書いていない。「電気新聞」に連載されていたらしい『クレシェンド』なる作品は書籍化されていない。あとは短編「上水線83号鉄塔」が一作あるのみだ。

「上水線83号鉄塔」は書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)が刊行していた文学ムック『たべるのがおそい』のvol.7に掲載されている。

同誌は、『世界の果ての庭』で第14回の日本ファンタジーノベル大賞を受賞している西崎憲(にしざきけん)が編集長を務めており、ファンタジーノベル大賞つながり的なご縁があったのかな?などと想像をめぐらしてしまう。

友人の家で会った謎の少年。隠された秘密。「上水線83号鉄塔」はただならぬ不穏さを湛えた、ホラーテイストのジュブナイル作品。「鉄塔」の使い方が上手いので、気になる方は是非探して読んでいただきたい。

映画版は子役時代の伊藤淳史が主演

冒頭にも書いたが、『鉄塔 武蔵野線』は1997年に映画版が上映されている。子役時代の伊藤淳史が主役(環見晴)を演じている。アキラ(磨珠枝暁)役は内山眞人が務めている。監督、脚本は長尾直樹。本作は同年の、芸術選奨優秀映画作品賞長編映画部門を受賞している。

鉄塔ジャンル作品

さらにおまけ。鉄塔をめぐるフィクション作品で、最初に思いつくのは『ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない』に登場する、スタンド「スーパーフライ」の遣い手(というか、鉄塔側に使われていた感じだけど)、鋼田一豊大(かねだいちとよひろ)ではないだろうか?

また、1994年に刊行された椎名誠の短編に「鉄塔のひと」というそのものズバリな作品が存在する。こちらは鉄塔の中に小屋を作って生活し始めてしまった男のお話。

『鉄塔 武蔵野線』『ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない』「鉄塔のひと」はいずれも1990年代の前半、同じ時期に発表されており、鉄塔をめぐるフィクション作品が、こぞって登場してきたところ奇妙な符合を感じる。

なお、現代の鉄塔フィクションとしては作家であり、ゲーム実況者としても知られる賽助(さいすけ)の2018年作品『君と夏が、鉄塔の上』がある。気になるのでこちらも読んでみるつもり。

君と夏が、鉄塔の上

君と夏が、鉄塔の上

  • 作者:賽助
  • ディスカヴァー・トゥエンティワン
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