西崎憲の小説家デビュー作
第14回日本ファンタジーノベル大賞の大賞受賞作品である。作者の西崎憲(にしざきけん)は1955年生まれ。作曲家、翻訳家などのキャリアを経て、本作にて小説家としてデビューしている。
副題の「ショートストーリーズ」が応募時のタイトルで、刊行時に現在のタイトルに改題されている。
文庫版は新潮社からは出ず、長年入手困難な状態が続いていた。しかし2013年に東京創元社より、創元SF文庫としてようやく登場。これでだいぶ入手しやすくなったはずである。
ちなみにこの年の優秀賞受賞作品は小山歩の『戒』。
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
キレの良い短編作品をたくさん読んでみたい方。繋がっているようで繋がっていない。不思議な物語の連なりを楽しみたい方。ファンタジーノベル大賞関連の作品に興味がある方におススメ!
あらすじ
作家のリコはパーティ会場でアメリカ人の研究者スマイスに出会う。幼い日に失踪した母は若くなる病気に罹って帰ってきた。明治の作家渋谷緑童の描く江戸の物語。江戸時代末期の国学者たち。奇妙な世界へ迷い込んだ脱走兵のたどった不思議な運命。幾編ものショートストーリーの連なりが紡ぎ出す幻想の世界。
ここからネタバレ
数多の短編小説の集合体
リコという女性を起点として、枝分かれしていく物語は、縦横にその枝葉を広げていく。本作は55章にも及ぶ短編の集合体となっている。長いエピソードでも10ページ程度。短いものは1ページにも満たない。連作短編の類かと思って読み進めていると、一向に収束する気配のない進展に当惑させられる。この作品では一度分岐した物語は二度と元の幹に戻ることは無いのだ。これはなかなか得難い読後感である。
美味しいものを少しづつ
この物語は、美しい器に盛りつけられた懐石料理のような(あんまり食ったこと無いけど)、枯淡の味わいを感じさせる作品群である。一編一編だけで取り出すと物足りないように思えてしまうが、それぞれの作品にそれぞれの味わいがあり、全てを読み終えると想像以上の読み応えがある。
描き出されるのは端正で静謐な世界である。広がり、拡散していく物語は、たびたび引き合いに出される「庭」という存在を、物語の連なりで表現した一つの試みではなかっただろうか。