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『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』葵遼太 名作だからみんな読んで!


葵遼太のオリジナル第一作!

2020年刊行作品。作者の葵遼太(あおいりょうた)は1986年生まれ。

デビュー作は、太宰治の『人間失格』をベースにしたSFアニメ映画『HUMAN LOST』のノベライズ版である(原案は冲方丁だ)。

『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』(←タイトル長い!)は、葵遼太としては初のオリジナル作品ということになる。

処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな(新潮文庫)

タイトル名の英題は「Nobody dies a virgin, life fucks us all」。これはアメリカのロックバンド「ニルヴァーナ(Nirvana)」で、ボーカル&ギタリストであったカート・コバーン(Kurt Cobain)の言葉であるらしい。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

ド直球の恋愛小説を読みたい方へ、音楽小説、特にバンドモノが好きな方へ、人の心の優しさに触れてみたい方へ、巨大な愛に癒されたい方におススメ!

 

あらすじ

二度目の高校三年生の春。大きな絶望と喪失感の中に居た佐藤晃だったが、不思議と彼の周囲には特異な人物が集まる。変わり者ギャルの白波瀬巳緒、吃音のためコミュニケーションにコンプレックスを抱える御堂楓、オタク男子の和久井順平。クラスのアウトサイダーたちとの日常は、晃の心に新たな風を呼び込んでいく。

ここからネタバレ

巨大な喪失感を埋めていく物語

本作はいわゆる「難病モノ」、「サナトリウム文学」と呼ばれるジャンルに該当する。難病を患い余命いくばくもない女性と、それを看取る恋人の男性(もちろん男女が逆の場合もある)。彼らは残り少ない時間をいかに過ごし、どんな想いのやり取りを重ねていくのか。

二人の関係が一方の死によって終わってしまうことは、あらかじめ読み手にも伝えられていることが多く、悲劇的な結末は最初から見えている。回避できない運命に対し、彼らはいかにして立ち向かい、限られた時間をどう使うのか。このあたりが書き手としては腕の見せ所となる。

今回は、この物語を構成している三つの要素、青春小説、音楽小説、恋愛小説。それぞれの観点から、本作を読み解いていこう。

個性豊かなキャラクターが織りなす青春小説

主人公の佐藤晃(さとうあきら)は、とある理由で二度目の高校三年の春を迎える。孤独な一年間を過ごす筈であった彼の周りには、クラスのはみ出し者、白波瀬巳緒(しらはせみお)、御堂楓(みどうかえで)、和久井順平(わくいじゅんぺい)の三人が集まり、不思議と居心地の良い空間が出来上がってしまう。

どちらかというと一般人属性の主人公に、ギャルの白波瀬、コミュニケーションに問題のある御堂、オタク男子の和久井。ふつうでこれだけ属性が違えば、同じクラスでも仲良くなることは稀であると思うのだが、人間の相性とはわからないものなのである。組み合わせによっては意外な化学反応が生まれることがある。これは経験のある方も多いのではないだろうか?

晃が、想い人である砂羽を失っていることは、比較的早い段階で提示されている。深い喪失感と絶望の中に居る彼の心の隙間を、白波瀬、御堂、和久井たちが少しずつ埋めていく。この三人の良いところは、人との距離感の保ち方だ。深く傷ついている佐藤晃に対して、彼らは安っぽい同情や共感は示さないし、決して必要以上には内面に踏み込んでは来ないのだ。

本作では直接的には描かれない人間の優しさが随所に溢れていて、よくよく読み込んでいくと、後からジワジワくる構成になっている。

音楽が人にもたらしてくれるもの、音楽小説としての魅力

晃をはじめとした四人組は、なんと高校の三年になってバンド活動を始めてしまう。受験とかいいのかよ!というツッコミはあるのだが、変わり者揃いのメンバーだから、この点はまあいいか。

晃は前年まで、恋人の砂羽、そして親友の藤田とバンド活動を行っていた。バンド活動は砂羽との出会いのきっかけとなったものであり、それだけに彼にとってはトラウマに触れる部分でもある。

印象的なのは、彼ら四人の最初のカラオケシーンである。みんな歌上手っ!圧巻は味道の歌唱力で、キャラクターとのギャップとも相まって、これは痺れる。晃以外の三人は、バンド活動は素人なのだが、音楽的な素養は多分に持ち合わせていたのだろう。性格だけでなく、音楽面での相性も良かったという点は、これも砂羽がもたらしてくれた福音の一つなのかもしれない。

結局、晃はふたたびバンド活動を始めることになる。たとえひとたび離れてしまっても、音楽は本当に必要な人間には戻ってくるのである。この選択が、劇的な文化祭でのシーンへと繋がっていく。

死せるヒロインの圧倒的存在感「不在の在」を描く恋愛小説

去り行くものが、残されるものに対して出来ることは何なのか。

留年覚悟で、砂羽の死に寄り添おうとした晃。そんな彼が、自分の死後にどうなってしまうのか。砂羽が遺した幾通もの手紙は、晃の心の危機を何度も救っていく。彼の要所要所での重要な選択は、砂羽によって導かれたものだったのだ。

あまりにタイムリーな内容に預言者なのかよ!読者としては出来すぎなのでは?と、訝しく感じたりもするのだが、最後に藤田から明かされる真実に驚嘆させられる。砂羽は、想定出来うるありとあらゆる状態を想定して、膨大な手紙を残していたのである。

本作の帯で、作家河野裕はこんな賛辞を寄せている。

誰もみたことがないような、純粋で無垢な献身によって、
ひとりの少年が再生する物語です。
しかしその本質は「ベッドの上の彼女の戦い」を
想像することなのだと思います。

『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』帯裏より

砂羽が残された時間の大部分を、この手紙を書くことに費やしたであろうことは想像がつく。直接的な描写はほとんどない。しかし描かれないからこそ際立つものがある。本作では、砂羽は「不在」であることで、圧倒的な「存在感」を読み手に与えることに成功しているのだ。

あえて描かないで、読む側に想像の余地を残す。これは書く側としてはけっこう勇気のいることだと思うのだ。それを敢えてやってのけ、しかも見事に成功させている。この筆力には感嘆させられた。

砂羽の想いが結実する文化祭シーンの凄み

文化祭直前での御堂の怪我。結果として御堂はボーカルに専念することになり、ギターメンバーとして急遽藤田が召喚されることになる。これもあまり多くは描かれないのだが、藤田の献身も忘れてはならないポイントである。大きな喪失感を抱えていたのは主人公だけではない。ここで藤田が合流するのは、藤田自身の心の空隙を埋めるためにも必要だったことなのである。

そして、右手首に包帯を巻いた御堂の姿は、かつて「死斑のようだから」と手首の痣を包帯で隠した砂羽の姿に被る。御堂に砂羽のイメージを重ねることで、最後の最後ですべてのピースが揃ったことを示して見せる。そしてまた、砂羽の役割が、御堂に受け継がれていくことを暗示してもいるのであろう。

砂羽がサプライズとして残した新しい歌詞。甘ったるい歌詞のベタベタなラブソングが、遂に晃の呪縛を解いていく。このラストは本当に鳥肌ものなのであった。

 

 

ということで、ホントに良作!もっと読まれて欲しい作品なので熱くプッシュしてみた。未読の方は是非お試しを。 

おまけ。著者、葵遼太のインタビュー記事があったのでリンクを貼っておく。

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