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『隷王戦記3 エルジャムカの神判』森山光太郎 人の運命は、人が決める


「隷王戦記」シリーズの最終巻

2022年4月刊行作品。『隷王戦記(れいおうせんき)1 フルースィーヤの血盟』『隷王戦記2 カイクバードの裁定』に続く、「隷王戦記」シリーズの完結編となる。

表紙イラストは引き続き、風間雷太(かざまらいた)が担当している。

隷王戦記3 エルジャムカの神判 (ハヤカワ文庫JA JAモ 7-3)

当初の予定通り、きっちり全三巻で完結。「隷王戦記」シリーズ全巻の発売日とページ数をまとめるとこんな感じ。ページ数が後半になるにつれてものすごく増えている!

  • 『隷王戦記1 フルースィーヤの血盟』2021年3月/340P
  • 『隷王戦記2 カイクバードの裁定』2021年8月/400P
  • 『隷王戦記3 エルジャムカの神判』2022年4月/480P

森山光太郎、当人による「隷王戦記完結に思うこと」はこちらから(ネタバレなし)。「初めてのシリーズものでの完結作品」ということなので、作者的にも感慨が深そう。って、つまり「イスカンダル王国物語」や「英雄讃歌」のシリーズは打ち切りだったのかな……。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

スケールの大きな、異世界を舞台とした戦記モノがお好きな方。人間の弱さについて考えてみたい方。三巻程度で綺麗に完結しているファンタジー作品を探している方。森山光太郎に興味がある方におススメ!

※あ、でも必ず『隷王戦記1』から順に読んでね(この巻から読み始める人はいないと思うけど)。

あらすじ

300万の大軍勢。牙の民を率いる覇者エルジャムカとの決戦の日が近づく。そして南方からは西方世界を制したかつての友アルディエル率いる聖地回復軍が迫る。絶望的な状況下にあって、隷王カイエンは戰の民らを率いて、最後の戦いに赴く。人類の存亡を賭した戦いがはじまる。次々に斃れていく仲間たち。「人類の守護者」たるエルジャムカに、立ち向かう術は存在するのか……。

ここからネタバレ

恩讐を超えて

遂に最終決戦巻である。牙の民300万とか、聖地回復軍50万とか、単位が凄すぎて目が眩む。これだけの規模の軍勢の兵站維持するの半端じゃなくね?この戦いに費やされたコストを考えると、戦後しばらくは各国のダメージが凄そう(しかも、戦後もまだまだ争いは続くのだ)。

覇者エルジャムカと対峙するために、隷王カイエンは戰の民を統べることになる。一介の奴隷であったカイエンがここまで成り上がるためには、数多くの人の命が必要だった。バアルベク、シャルージ、そして世界の中央(セントロ)の諸侯たちを麾下におさめる為に払った莫大な犠牲。きれいごとでは済まされない、数多の生命をもって贖われた軍勢。彼らは決して一枚岩の集団ではない。だが、より大きな敵と対峙するために、彼らはこれまでの恩讐を捨てて戦う。この展開は燃える。

絶望の先にあるもの

『隷王戦記1』の前半部分では、主人公カイエンは絶望の中にあった。牙の民を喪い、想い人フランを奪われ、親友アルディエルも去る。しかし、カイエンはバアルベクの姫マイとの出会いから再起を果たす。絶望の中から生まれた僅かな希望が、次第に仲間を得て育っていき、人類最後の希望にまで成長していく。

この世界は善なるものシユタマーユと、悪なるものアラマーユ、善悪を司る二神に支配されている。シユタマーユは七人の守護者を、そしてアラマーユは三人の背教者を司る。人類はこの二神に翻弄される存在なのだが、「人が人ならざるものに弄ばれぬように」と、覇者エルジャムカは人類そのものの存在を終わらせようとしてる。

絶望からは逃れられないと信じているエルジャムカと、僅かな希望に全てを賭けるカイエン。この二人が最終対決に至るまでの物語の熱量が半端ない!

弱さを知る者を英雄と呼ぶ

『隷王戦記2』で英雄の定義として、この物語では以下を掲げていた。

誰よりも民を殺し尽くしたものだけが英雄となれる
民を殺すことを民に赦されるものが英雄になる

『隷王戦記2』より

そして今回の『隷王戦記3』ではこうも書いている。

人の弱さを知り、そして民の未来を導く者を英雄と呼ぶのだ。

『隷王戦記3』より

人の持つ弱さについて、森山光太郎は自身のブログでこうも書いている。

弱いことこそが、人として当たり前のことで、それでもその弱さこそが前に進むためには一番大事なこととなる。弱くて、愚かで、非論理的でいいのだと私は思っています。

隷王戦記 その後の物語|森山光太郎|noteより

そう考えると「隷王戦記」とはひたすらに、内なる弱さに翻弄されながらも、未来を切り開こうとする人々の物語であったのだということがわかる。カイエンがエルジャムカに立ち向かうことが出来たのは、一度絶望の底に沈んで、自らの弱さを自覚していたからなのだろう。

人の運命は、人が決める

おしまいに、カイエンとエルジャムカの最終決戦で何が起こったのかを確認しておこう。

フランはリドワーン(悲哀の背教者)とスィーリーン(怠惰の背教者)を殺し、更に自らはカイエンに殺されることによって、「背教者」の力をカイエン(憤怒の背教者)に継承させた(「背教者」の力はそれを殺したものに継承される)。これによって「背教者」の三つの力、憤怒(時間を進める)、悲哀(時間を戻す)、怠惰(時を止める)が全てカイエンに束ねられた。これではじめてカイエンは「人類の守護者」エルジャムカと対決する力を得た。

古今の能力バトルで時を操る能力は最強レベルの異能に属する。ここでカイエンはエルジャムカの存在そのものを消してしまうことも出来た。しかし、カイエンは

<守護者>の王を、存在したまま、永遠にこの世界から消し去る

選択をする。何故ならば、

共に消え去れば、人ならざるものもまた、その力を行使することはできない。

からだ。つまり、カイエンは自分自身と、エルジャムカの存在は保ちつつ、この世界から消えることを選んだ。これによって、この世界への「人ならざるもの(シユタマーユとアラマーユ)」の影響力を排除することに成功したのである。これによって、はじめて、

人の運命は、人が決める

時代が到来する。もちろん人は愚かで、これからも争いは続くだろう。だが同じ過ちを許容しているわけではない。少しづつでも世界は良くなっていく。神々ではなく、人が歴史を紡いでいく世界をカイエンは選択したのだ。

もちろんこれは、カイエンという新たな神が登場しただけだ。いつかカイエンは人の滅びを願う時が来るかもしれない。しかし、そんな時には新たに、第二、第三のカイエンが登場してそれを阻むだろう。それほどまでにカイエンは人の強さを信じている。

カイエンの「人を信じる」力は、作者がこの物語に込めたメッセージなのだと感じた。

尺が足りない!

『隷王戦記3』は480ページの長大ボリュームの作品ではある。だが、声を大にして言いたい、まだまだ「尺が足りねぇぇぇ!」。せめてあと二巻、いや一巻でもいい、もう少し尺が取れたら、かなり物語としての厚みが増したのではないだろうか。

善なるものシユタマーユと、悪なるものアラマーユが人類をいかに支配してきたのか。そしてエルジャムカの絶望の深さを更に抉って欲しかった。あと、めっちゃいいキャラっぽかったのに、リドワーンとスィーリーンの兄妹は瞬間で退場してしまったのが辛い。惜し過ぎる。スィーリーンはタメルランとの絡みも読みたかった。

アルディエルの西方世界(オクシデント)話も相当に端折られている気がするし、ダラウト、ボウル、ジャライルの牙の民軍団だって、秘められたエピソードがあったはず。

もちろん、あえて書かない。行間を読み取ってくれ!という考え方もあるとは思うのだけど、「隷王戦記」の世界観とキャラクターたちがいずれも魅力的であっただけに、「もっと読みたかった」感が募るのであった。

 

作者当人による後日譚年表が!

なお、作者である森山光太郎自身が、年表形式で本作の後日譚をまとめてくれている。

これだけでもいろいろ妄想が捗りそう。「隷王戦記」外伝として続きが書けそうだけど……。

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