ネコショカ

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もうひとつの『秒速5センチメートル』ノベライズ~one more side


加納新太版の『秒速5センチメートル』ノベライズ

新海誠監督『秒速5センチメートル』のノベライズ小説については、以前に感想を書いた。こちらは監督の新海誠自身が手掛けたノベライズ作品であったが、『秒速5センチメートル』については、もう一冊全く別の視点から書かれたノベライズが存在する。

それが本作『秒速5センチメートル one more side』である。2011年刊行作品。映画公開と最初のノベライズ刊行が2007年であることを考えると、なんと四年も経過してからのリリースなのである。

秒速5センチメートル one more side

映画版の衝撃的な結末は当時の鑑賞者たちの心を強く抉った(抉られた)。それだけ根強い人気があった映画であり、多くの人間にトラウマを与えてきた作品ならではの、再ノベライズであったのかもしれない。

ひとつの作品で、二作もノベライズを出せる作品はなかなか存在しない。こういう二毛作商売が出来るのも、新海誠作品がいかに人気があるかという証明にもなるだろう。

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作者の加納新太はライトノベル系の作品を手掛けている作家で、ノベライズの実績も多い。新海作品のノベライズも数多く担当しているが、その端緒となったのが本作である。

あらすじ

映画版同様に本作は三つのエピソードで構成されている。基本となるストーリーはもちろん変わらないが、映画版そして最初のノベライズと比べて明らかに違うは物語の「視点」である。

各エピソードごとの簡単なストーリーを紹介しつつ、それぞれのエピソードが「誰の視点」で描かれているかについて記載した。

桜花抄

東京で暮らす小学生、遠野貴樹と篠原明里は互いへの仄かな思慕を募らせながら、静かに二人の関係を深めてきた。しかし、中学校進学時に、明里の父親の転勤が決まり、二人は離れ離れで生きていくことになる。ある冬の日、栃木で暮らす明里の下へ、貴樹は意を決して会いに出かける。突然の大雪が思わぬトラブルを招く中、二人は奇跡的な再開を遂げる。

※篠原明里の一人称で進行する。

コスモナウト

父親の仕事の都合で、東京から種子島に転向となった遠野貴樹は、地元の少女澄田花苗に出会う。貴樹は未だ篠原明里への思慕を断ち切れず、何時しか周囲との間に見えない心の壁を築いていく。花苗はなんとか貴樹との心の距離を縮めていこうと努めるが、頑なまでに他者を寄せ付けない貴樹の態度に、花苗の気持ちは受け入れられることなく終わる。

※遠野貴樹の一人称で進行する。

秒速5センチメートル

篠原明里は大学進学を機に、東京で一人暮らしを始める。二度目の東京での生活、仄かに芽生えた恋心、そして卒業、就職。一方、貴樹もまた東京での大学生活を過ごし、就職後はプログラマとして頭角を現していく。なにかから逃げるように仕事に没頭する貴樹だったが、激務がその心身を蝕んでいく。

※三人称で進行する、遠野貴樹と篠原明里それぞれにスポットあたる描写になっている

「視点」の違いが補完するもの

映画版では「桜花抄」は貴樹視点、「コスモナウト」は花苗視点の物語だった。その視点が本作では、前者は明里視点に、後者は貴樹視点に置き換えられている。

一人称視点の弱点は、当事者のことしかわからないことである。その点で、本作では同じ事件を相手の立場から物語を再構成することで、世界観に厚みを持たせることに成功している。あの時、貴樹はこう思っていたけど、その時明里はこんな風に感じていたのだと判ることで、物語世界の奥行きが増す。本書はその点で、映画版や、最初のノベライズ作品の想像の隙間を埋めるものと言って良いだろう。

オリジナルからの違和感

三作目の「秒速5センチメートル」では、従来と同様の三人称視点に戻るのだが、特筆すべきは明里側の描写が大幅に増えていることである。映画版ではほとんど語られなかった、高校時代以降、大学、就職、そして結婚に至るまでの明里の事情と、心理描写が新たに追加されているのだ。

この部分は完全に本作独自の創作要素が組み込まれており、少々踏み越えすぎてしまったのではないかと思える部分だろう。映画版の描写と比べると「違うのでは?」と思える部分も多く、二次創作、あるいは平行世界を描いているのではという印象は拭えなかった。

人気作品で描かれなかった裏側の事情を覗いてみたいという気持ちは誰にでもあるものだが、秘すれば花という部分も当然ある。あえて物語の隙間を埋めないこと、想像の余地を残しておくことの大切さもあるのかなと思った次第。

秒速5センチメートル one more side

秒速5センチメートル one more side

 

新海誠版ノベライズ『小説 秒速5センチメートル』の感想はこちらから。

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