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『沈黙のフライバイ』野尻抱介 国産ハードSF小説の良短編集

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「ベストSF2007」国内第三位の作品

2007年刊行作品。作者の野尻抱介(のじりほうすけ)は1961年生まれのエスエフ作家。「ベストSF2007」の国内第三位作品。1998年から2006年にかけて「SFマガジン」「SFオンライン」に発表された四編に書き下ろし一編を加えて文庫化したもの。

沈黙のフライバイ

「ロケットガール」シリーズや『ふわふわの泉』みたいにライトノベルの装いに身を包みながらもハードエスエフ指向の強かった野尻抱介だが『太陽の簒奪者』あたりから本格的にそっち方面への傾斜を深めている。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(最大★5つ)

恒星間飛行、ファーストコンタクト、有人火星飛行計画、軌道エレベータ。こんな単語にときめきを感じてしまう方。ハード志向のエスエフ作品を愛好されている方。野尻抱介に興味があるけど、なかなか手が出せないでいた方におススメ(短編集なので手軽い読めるよ)。

あらすじ

筑波宇宙センターに勤務する瑞城弥生は早期探知衛星から、警戒レベル5のアラートを受ける。それはアンドロメダ方面から発せられた恒星間測位システムの信号であり、人類は異星人の探査機が太陽系に向けて飛来しつつあることを知らされる。思わぬ形で成立したファーストコンタクトの顛末を描く表題作他、計五編を収録したエスエフ短編集。

ここからネタバレ

例によって、各編ごとに短評を。

「沈黙のフライバイ」

初出は「SFオンライン」の1998年11月号。

安価に実現出来そうな恒星間飛行の話。重さ1グラム、切手サイズの極小探査機でいかにして恒星間の距離を飛び越え、正確な画像を送信させることが出来るのか。試行錯誤している間に、考えていたのとまったく同じ手法で、異星人から探査機を送り込まれた人類の戸惑いを描く。宇宙の深淵をさりげなく垣間見せてくれるラストはいい切れ味。

「轍の先にあるもの」

初出は「SFマガジン」の2001年5月号。

無人探査機「NEAR」が2001年に小惑星エロスに着陸成功。送信されてきた画像にまつわるミステリ。実話に基づく作品。小惑星エロス上に刻まれた蛇行した窪み。それはいかにして作られたものなのか。エスエフ的なミステリで素敵。安価な軌道エレベータの作り方もそそる。これなら作れそうな気がする。2022年のレベルでここまで宇宙旅行が現実化出来ていることを真剣に祈りたい。

「片道切符」

初出は「SFマガジン」の2002年2月号。

人類初の有人火星飛行計画についてのお話。金食い虫である宇宙開発と、反対派によるテロ。『プラネテス』を読んでいる(アニメの方でもオッケー)とうんうんと納得出来るお話。無重力空間内でいかにして男女の営みを成立させるかについても興味深い考察があるぞ。

「ゆりかごから墓場まで」

唯一の書き下ろし作品。

人類初の閉鎖生態系を実現するC2Gスーツについての物語。でっかい宇宙服みたいなもので、特殊な触媒と太陽光によるエネルギー供給で、外部からの補給無しで生きていくことが出来る。浄化されているとはいえ、自分の排泄物を食べて生きていく人生というのは考えたくないな。

「大風呂敷と蜘蛛の糸」

初出は「SFマガジン」の2002年2月号。

安価に地球から宇宙へと上がる方法を模索した作品。気球で40キロの高さまで上がり、大気が薄くなる中間圏からは極薄素材の超巨大ハングライダー(面積14ヘクタール)で地上80キロまで上がろうとするもの。

地上80キロの高さでは大気は限りなく薄くなるので、ここからなら地上ゼロメートルよりも低コストでロケットを打ち上げることが出来る。次から次へと奇抜なアイデアを繰り出してくるめげない理系女子にトキメクお話。

いずれの作品も現実世界から地続きの、すぐそこに手が届きそうな未来の話であることが共通している。非理系人間にも取っつきやすい内容なので、ハードエスエフ系が苦手な人にも是非手にとって欲しい一冊だ。

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