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『光の帝国』『蒲公英草紙』『エンド・ゲーム』恩田陸の「常野物語」シリーズをまとめて紹介!

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本日は恩田陸、初期の人気シリーズ「常野(とこの)物語」三作の感想をまとめてお届けしたい。

「常野(とこの)物語」シリーズの読む順番

恩田陸の「常野物語」シリーズの既刊は以下の三作。

  1. 光の帝国 常野物語(1997年)
  2. 蒲公英草紙(たんぽぽそうし) 常野物語(2005年)
  3. エンド・ゲーム 常野物語(2006年)

各エピソードは独立した構成になってはいるものの、前作の内容を踏まえたかたちで書かれているので、刊行順で読むことをお薦めしたい。

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★(★)(最大★5つ)

※一作目の『光の帝国』が★×4、二作目『蒲公英草紙』三作目『エンド・ゲーム』が★×3

恩田陸初期の人気シリーズが気になっていた方。ふしぎな人たちのふしぎな話を読んでみたい方。ゼナ・ヘンダースンの「ピープルシリーズ」がお好きな方。連作形式のエスエフ短編を読みたい方(一作目の『光の帝国』)におススメ。

ここからネタバレ

「常野物語」の一作目『光の帝国』

1997年に単行本として刊行された作品。集英社の小説誌「小説すばる」の1994年12月号~1997年5月号にかけて掲載された作品をまとめたもの。

集英社文庫版は2000年に刊行されている。解説は久美沙織(くみさおり)。

光の帝国 常野物語 (集英社文庫)

本作はゼナ・ヘンダースンの「ピープルシリーズ」にインスパイアを受けて書かれたもの。

『三月は深き紅の淵を』と並んで恩田陸ブレイクのきっかけとなった作品でもある。

『光の帝国 常野物語』あらすじ

常野の民は不思議な力があった。それは時には卓越した記憶力であったり、未来を見通す力であったり、信じられないほどの長命であったりとその力の種類は様々だ。しかし彼らはおしなべて穏やかで、権力への指向を持たず、市井に埋もれて暮らすことを望んでいた。常野の一族を巡る奇妙な出来事を綴る十編の連作短編集。

『光の帝国』は連作短編形式

連作短編をその都度異なるキャラクターで勝負するというのは、作者は後悔してるみたいだけど、話が格段に立体的になってくるので苦労してるだけの効果は十二分に出ていいると思う。個々の作品が束ね合わされることで、より大きな物語が浮き彫りにされていくというのが、連作短編の楽しいところ。

以下、各編ごとにカンタンにコメント

大きな引き出し

一作目から泣かしに来る。お前は浅田次郎か!というくらい泣かしに来る。シリーズのつかみとしてはバッチリ。この春田家(特に記実子)は今後も重要な役割を果たすので要注意。信じられない話ですがこのエピソード、ビジネスジャンプでコミック化されています。

二つの茶碗

そこはかとなく北村薫を思わせるほのぼのとした恋愛話。ほんのお手伝いだった筈の三宅篤がなぜ自ら代議士になってしまったのかは是非知りたいところ。

達磨山への道

三作目は人ではなく場所のもたらす怪異譚。主人公の荒涼たる心象がまざまざと伝わってくる一作。これは寂しい。

オセロ・ゲーム

異色作。戦う常野一族の物語。この拝島親娘ってなんだか『上と外』の千鶴子と千華子みたい。娘を愛おしむ視線が素晴らしい。

手紙

これもある意味かなり異色作。雑誌でこれだけ読んでしまった人はさぞかしとまどったのでは。どことなく遠野物語を思わせる不思議な書簡集。この作品でツル先生を登場させたのは巧い。

光の帝国

本作中最大の悲劇ともいえる作品。なんとはなしに宮沢賢治っぽい『お祈り』の文句は涙なくしては読めない。ツル先生は単に長命なのか。それとも不死なのかな?

歴史の時間

記実子再登場。そして常野一族最強の力を持つ亜希子の登場譚。まずは顔出し程度かな。本作中で最もイメージ性の高い作品。

草取り

これまた常野の敵対勢力についてのエピソード。しかしこの取材の人、こんなネタを記事に出来るのだろうか。これを読んで以来西武新宿駅を見るたびに蔦を探してしまう。

黒い塔

亜希子再登場。記実子や篤、美耶子も登場。亜希子のとてつもない能力が明らかになります。養父母との絡みがこれまた泣けてくる。

国道を降りて……

ラスト。これ以上は無い程の見事な締めくくり。こういう音楽の悦びを高らかに謳う作品はツボ直撃で、わたし的には全エピソード中これが一押し。ツル先生の出迎えがこれまた号泣モノなのであった。

「常野物語」の二作目『蒲公英草紙』

2005年刊行作品。「青春と読書」誌の2000年1月号から2001年2月号にかけて掲載された作品を単行本化したもの。第134回の直木賞候補作となっている。

連載終了から四年を経てようやく出版。『光の帝国』に続く「常野物語」シリーズの二作目。『光の帝国』の「大きな引き出し」で登場した春田家の先祖が登場。家族構成が同じなので、一瞬同一人物なのかと深読みしたくなった。

集英社文庫版は2005年に登場。解説は新井素子(あらいもとこ)が書いている。タイトルの『蒲公英草紙』は「たんぽぽそうし」と読む。

蒲公英草紙 常野物語 (集英社文庫)

『蒲公英草紙 常野物語』あらすじ

20世紀初頭。宮城県南部の山村。少女峰子は槙村家の一人娘、聡子の話し相手としてお屋敷に招かれる。古くから続く大地主の家柄で、地元の名士でもある槙村家には様々な人々が集う。ある時突然屋敷を訪れ、邸内に住まうことになった春田家の四人には謎めいた雰囲気が付きまとっていた。「常野」と呼ばれる彼らには不思議な能力があるようなのだが……。

明治時代の常野の人びと

少女の目を通して明治の一時代を切り取った作品。蒲公英草紙とはかつて少女が綴っていた日記帖の名称。老境に入った主人公が輝ける過ぎ去りし日々を追想する形式で物語は進行していく。長編というにはやや物足りなく、中編+α程度のボリュームか。「常野」一族の扱いはあくまでも事象の傍観者。

なかなか出ないことでファンの気を揉ませていた一冊だけに、改稿がどのくらいあったのかが非常に気になるところだ。現代と異なる時代を描くには残念ながら、表現に重みが無いというか、時代の匂いがあまり感じられなかったことが残念でならない。作者的にもこの出来には未だ納得がいっていないのではなかろうか。それから絶望の中で閉じていくラストも唐突感があった。こういう終わり方をしたからには、峰子の問いに応えるだけの「続き」が欲しいところなんだけど、いずれ書かれる機会があるものと信じたい。

「常野物語」の三作目『エンド・ゲーム』

2006年刊行作品。「小説すばる」に2004年3月号~2005年6月号にかけて連載されていた作品をまとめたもの。『光の帝国』『蒲公英草紙』に続く常野物語シリーズの三作目。『光の帝国』収録の「オセロ・ゲーム」の後日譚が本作となる。

集英社文庫版は2009年に登場している。著者本人による文庫版あとがきが巻末に収録されている(解説はない)。

エンド・ゲーム 常野物語 (集英社文庫)

『エンド・ゲーム 常野物語』あらすじ

母が倒れた。暎子はついに「裏返されて」しまったのか。時子は現地へと向かうが暎子は昏々と眠り続けたまま目覚めようとしない。長年の禁忌を破り、一族への助けを求めることにした時子の前に火浦と名乗る男が現れる。「洗濯屋」の力を持つ火浦は不可解な提案を持ちかける。封印された記憶が蘇る時ゲームの終わりが始まる。

「オセロ・ゲーム」のその後

連作短編集であった『光の帝国』の中でもっとも緊迫感が高くて異彩を放っていたのが「オセロ・ゲーム」だった。「裏返された」夫の失踪後、一人で娘の時子を守ってきた暎子。タフでクールな闘う女ぶりが格好良くて強く印象に残っていた。この短編の続きを執筆することは当初から公言されていて待ちに待った続編、ではあった。って、ここまで全部過去形。

この時期の恩田作品の傾向として中盤までの雰囲気は最高。魅力的な謎、一癖も二癖もありそうな濃い登場人物たち、この盛り上がりにどうカタを付けるのよと読み手を期待させておいて最後に失速というパターンが続いている。サッカー的に言うと、中盤で神懸かり的なパスワークを見せておきながら、ゴール前にフォワードが誰もあがってないような感じ(誰もシュート撃たないのかよ!)。

その流れは残念ながら本作でも変わっていなかった。手に汗握る戦慄の「裏返し」バトルの果てに、傷つきながらも娘を守りきり夫を奪い返す暎子!みたいな、分かり易いカタルシスはまったく得ることが出来ず。しかもタチの悪いことにもはやゲーム自体が虚構でしたというシリーズの前提自体を揺るがしかねない酷く衝撃的な結末が提示される。少なくとも「オセロ・ゲーム」を書いた当時にはこんな展開は考えていなかったと思うんだけど、どういう心境の変化なのだろうか。闘う女としての暎子に魅力を感じてきた読者としてこのショックは大きい。

「常野物語」の四作目は?

『エンド・ゲーム』のあとがきには「「常野物語」はまだ続きます」と書いてあるので、当時の恩田陸としてはシリーズ続編の構想があったものと思われる。しかしシリーズ三作目『エンド・ゲーム』の刊行から既に十五年が経過。その後、「常野物語」シリーズの新作は刊行されておらず、読者としては気になる。。。魅力的なシリーズであるだけに、もう少しこの世界を体験してみたいのだけど。

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