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『安徳天皇漂海記』宇月原晴明 漂泊する安徳帝、その奇想に痺れる

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山本周五郎賞受賞作品

2006年刊行作品。本日ご紹介するのは宇月原晴明(うつきばら はるあき)の「安徳天皇漂海記(あんとくてんのうひょうかいき)」である。この年の山本周五郎賞受賞作品を受賞している。

宇月原晴明は1963年生まれ『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』で、第11回日本ファンタジーノベル大賞を受賞してデビュー。変幻自在の独自の解釈で、歴史的題材を換骨奪胎。奇想天外な幻想的な世界を紡ぎだしてしまう異色の作家である。わたし的には大好きな作家のひとりなのだ。

安徳天皇漂海記

安徳天皇漂海記

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中公文庫版は2009年に登場している。

安徳天皇漂海記 (中公文庫)

おススメ度、こんな方におススメ!

おすすめ度:★★★★(最大★5つ)

源平合戦の時代を舞台としたファンタジー作品を読んでみたい方。誰も考えないような、とびっきりの奇想に触れてみたい方。澁澤龍彦の『高丘親王航海記』のファンの方。宇月原晴明作品に興味のある方におススメ!

あらすじ

1185年。壇ノ浦にて平家滅亡。この時僅か八歳の安徳帝もまた平家一門と共に海中に没する。二十六年の後、鎌倉三代将軍実朝は天竺丸と名乗る奇怪な男に出会う。男に招かれるまま江ノ島を訪れた実朝は、そこで崩御したはずの安徳帝との対面を果たす。金色の玉に包まれ、八歳の姿のままで生をつなぐ幼帝。その姿に実朝はいつしか強く心惹かれていく。

ココからネタバレ

恐るべき奇想の冴え

本作の内容をかいつまんで説明すると、壇ノ浦の合戦で海中に没し崩御した筈の安徳天皇が、神器真床追衾(まとこおうぶすま)に包まれたおかげで死を逃れ、妖しげな球体に封じ込められ仮死状態となったまま、幼い怨念を乗せて世界各地の海を呪詛を撒き散らしながらぷかぷかと漂っていくというお話である。

なんだかさっぱりわからねーと思った方、その感覚は正しい。普通こんな物語、常人は思いつかないし、思いついたとしてもこれで一冊小説を書こうとはしない。宇月原晴明の妄想力、奇想の冴えはそれだけ凄まじいということなのである。

第一部の主人公は源実朝(の従者)

金槐和歌集来たよ!源実朝は鎌倉幕府の三代将軍でありながら、当代随一の歌人として知られる。金槐和歌集は彼が詠んだ歌をまとめた歌集なのだ。

第一部では随所に実朝の歌が引用され、妖しくも儚げな作品の雰囲気を高めることに大きく貢献している。牽強付会な部分がなきにしもあらずとはいえ、よくこれだけ調べたなと感心。歌人将軍の面目躍如といったところだろうか。第一部ラスト、潮満つ珠、潮干る珠の使い道は凄過ぎて笑った。こんな超兵器を相手にさせられる元の艦隊は可哀想だ。

第二部の主人公はなんとマルコ・ポーロ!

マルコ・ポーロは宇月原晴明的にはお気に入りのキャラクターなのだろう(『天王船』でも出てきていた)。所変わって今度は中国が物語の舞台になる。時代はちょうど元のクビライ(フビライ)によって南宋が滅ぼされたばかりの頃。

大国宋が滅びたということは、当然ここにも廃帝が存在するわけで、南宋の遺臣たちに担ぎ上げられた幼帝衛王の悲劇が第二部では綴られていく。南宋の滅亡を決定づけた崖山の戦いがそれに遡る壇ノ浦での平家の滅亡に重ね合わせられ、二人の廃帝の哀しい最期がシンクロしてくる。なんとも美しい構成である。

美しい構成と、最後の仕掛けにしみじみ

この作品には更に大きな仕掛けが施されていて、最後の最後に流された高貴なる者の元祖にして最強とも言える人物が登場する。

その人物については第一部と第二部の冒頭に『古事記』からの引用がなされていて、よく考えてみたらバレバレなのだが、恥ずかしながらこの仕掛けには全く気づけなかった。高丘親王の存在が上手い具合に目くらましになっていた。

この人物の登場で作品のスケールと妖しさが最後にきてドドーンと広がっていくのだ。いつもながらに魔法のような手妻はお見事と言うしかない。

ちなみに『安徳天皇漂海記』には、続編的な存在の『廃帝綺譚』があり、こちらもおススメ!

なお、本作のインスパイア元と思われる、澁澤龍彦の『高丘親王航海記』の感想はこちらからどうぞ。澁澤龍彦の遺作となった作品である。

宇月原晴明作品の感想はこちらから