氷室冴子の捧腹絶倒エッセイが復刊!
1993年刊行作品。集英社のPR誌「青春と読書」に連載されていたものをまとめたもの。タイトルは「さえこのははこぐさ」と読む。氷室冴子(ひむろさえこ)のエッセイ作品としては七冊目の作品となる。イラストは宇田川のり子。
1996年に集英社文庫版が登場している。イラストは宇田川のり子。単行本と最初の文庫版では本文中にもイラストが入っていた。
本作は長らく絶版状態で入手困難な時代が続いていたが、昨今の氷室作品リバイバルの流れを受けて、2022年に集英社から再文庫版が登場した。
表紙イラストはseko koseko。旧文庫版と異なり、本文中のイラストは無い。また、解説は旧文庫版に収録されていた田辺聖子によるテキストが、新装版でも再録されている。
ちなみに、新装版の作者プロフィール欄の作者没年は2018年とあるが、実際には2008年なので注意。なんでこんなところを見逃すかな。
氷室作品の復刊が相次ぐ
2020年の『さようならアルルカン/白い少女たち』を皮切りに、氷室作品の復刊が相次いでいる。2022年には『海がきこえる』の新装版が登場した。
興味深いのは小説作品ばかりでなく、エッセイ作品も続々と再文庫化されている点にある。2021年にはちくま文庫から『いっぱしの女』が刊行。
2022年には『冴子の母娘草』(本書)が集英社文庫から。更に『冴子の東京物語』が中公文庫から復活を果たしている。この勢いはまだまだ続くだろうか?
おススメ度、こんな方におススメ!
おすすめ度:★★★★(最大★5つ)
母親と娘との関係性について考えてみたい方。母親との価値観の違いに悩んでいる方。他の母娘はどうやってコミュニケーションしているのかが気になる方。氷室冴子のエッセイ作品を読んでみたい方におススメ!
内容はこんな感じ
女の幸せは結婚であると信じてやまない母。そして30歳を過ぎていまだ独身を続ける娘。ふだんは離れて暮らす二人が、「ご先祖様探索ツアー」のため、久しぶりに旅に出ることに。甦る、母との激闘の記憶。わかりあえない、折りあえない、すれ違う。そして激突する二人の価値観。珍道中の果てに、ふたりがたどりついた境地とは。
ここからネタバレ
母と娘は特別な関係
親子関係の中でも、母と娘の関係は、他のそれとくらべると、ちょっと温度感が違う気がする。女性同士だから、同性同士だからわかってしまう。言わずにはいられない。内面に踏み込みたくなくても踏み込んでしまう。ちょっときついこともズケズケと言ってしまう。なんとも、コミュニケーションの間合いが近く、密度が濃いのである。
氷室冴子自身は同年に刊行されたムック本『氷室冴子読本』で、本書についてこう語っている。
涙なしには読めないノン・フィクション。書いてる間じゅう、ネタ切れになることはなかった奇跡の連載エッセイ。
『氷室冴子読本』より
氷室冴子が、旧弊な価値観を抱く実母との間で、熾烈な闘争を繰り広げてきたことは、従来の作品の中でも、なんどか言及されてきた。本書『冴子の母娘草』はその集大成ともいえる一作だ。一冊まるまる母娘関係だけにフォーカスが当てられた作品である。母と娘という、普遍的なテーマを扱っているだけに、氷室冴子のエッセイ作品の中でも、時代を超えて楽しめる作品といえる。
母と娘の仁義なき戦い
思ったことをすぐに口にしてしまう。偏見、思い込みが強い。毒舌。昭和の困ったおばちゃんを実体化したかのような母親像が、肉親ならではの微に入り細を穿った、作家のシビア―な観察眼で描きこまれていく。愛憎半ばしていて、これは身内でないと書けないだろうな。『少女小説家は死なない! 』 『蕨ヶ丘物語』といったコミカル系氷室作品のノリが、ノン・フィクションのはずの本作でも遺憾なく炸裂していて読み手を楽しませてくれる。
古い価値観が体に染みついている母親は、作家として自由に生きる娘の人生観が理解できない。「あなたのためなのだから」と、あれこれ口を出してきては娘の逆鱗に触れる。きわめつけは、母親がテレビの人生相談に娘の実名(&筆名)をオープンにして、結婚の相談をしまうエピソードだ。怒髪天を衝いた娘の絶縁状と、それに対する、母の詫び状の下りはコミカルに書かれてはいるが、母と娘の埋められない溝の深さを描いたシーンでもある。
読む側としては、他人の家庭事情をのぞき見しているかのようで、楽しいけれどもちょっと気が引ける側面もある。母親ばかりか、自らの内面の傷すらもさらけ出して世に出していくのは、作家という職業の業の深さといえるのかもしれない。この本が出たときの、母親のリアクションはどうだったんだろう。
氷室冴子的人生観を知る
本作に限らないが、エッセイの類を読む楽しさの一つに、作家個人の考え方や、人生におけるポリシー、価値観に触れることが出来るという点がある。
いくつかピックアップしてみよう。
人はしょせん理解しあえない→人は理解しあえないのがアタリマエで、べつに絶望することでもない。ちょっとでも理解しあえればラッキー。
新装文庫版『冴子の母娘草』p15~16より
基本的に他人のグチをきける人は、相手をよほど愛しているか、かなり距離がとれているかのどちらかだと私は思っている
新装文庫版『冴子の母娘草』p43より
人間はね、生まれてからガッコいって、大学もいって、ぜんぶ周りの人が値札つけてくれるの。親やガッコのセンセや近所の人が、値札つけてね。今の世の中は、そうなってんだわ。したけどね、ほんとの大人になるっていうのはね、そやって他人がつけた値札をぜんぶ取って、自分で値札をつけ替えていくってことなんだわ。
新装文庫版『冴子の母娘草』p96より
『冴子の母娘草』の本筋は母と娘の抗争劇なのだが、時折ポロっと、作者の人生観のようなものが垣間見えてくるところがファンとしては嬉しいところだ。本書を読んでから、氷室冴子の小説作品を読むことで、より理解が深まるのではないだろうか。
氷室冴子作品の感想はこちらから
〇小説作品
『白い少女たち』 / 『さようならアルルカン』 / 『クララ白書』 / 『アグネス白書』 / 『恋する女たち』 / 『雑居時代』 / 『ざ・ちぇんじ!』 / 『少女小説家は死なない! 』 / 『蕨ヶ丘物語』 / 『さようならアルルカン/白い少女たち(2020年版)』
〇エッセイ
『いっぱしの女』 / 『冴子の母娘草』/ 『冴子の東京物語』
〇その他