ネコショカ

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祝・漫画化!澁澤龍彦『高丘親王航海記』を読む(ざっくりマップ付)


澁澤龍彦の遺作

1987年刊行。澁澤龍彦、最後の作品である。同年の読売文学賞(小説賞)を受賞している。

高丘親王航海記

文庫版は1990年に登場。

高丘親王航海記 (文春文庫)

高丘親王航海記 (文春文庫)

 

長らく入手困難な状態が続いていたが、没後30年を記念して?なのか、新装文庫版が2017年に登場している。ずいぶん煌びやかなカバーデザインになったね。さすがに親王若すぎるのでは?

高丘親王航海記 (文春文庫)

高丘親王航海記 (文春文庫)

 

あらすじ

貞観七年(西暦865年)、日本から唐へと渡った高丘親王は仏道を極めるため、更に天竺へと旅立つ決意を固める。付き従うのは側近の二人の僧、安展と円覚、そして小姓の秋丸。しかし突然の暴風や、海賊らがその行く手を阻む。チャンパ、真臘、盤盤、驃、行く先々で親王らはさまざまな怪異に遭遇する。幻想の東南アジア旅行誌。

高丘親王、その数奇過ぎる生涯

本作の主人公となる高丘親王は、現代ではあまり知名度がない人物かもしれないが、その生涯はあまりに波乱に富んでいて劇的である。主要なポイントだけかいつまんでご紹介しよう。

1)平城(へいぜい)天皇の第三皇子として生まれ、叔父である嵯峨天皇の皇太子になる。
2)薬子の変(最近の教科書では「平城太上天皇の変」って言うみたい)で、父親の平城太上天皇が嵯峨天皇に敗れて失脚。これに連座して親王は廃太子処分に。順当にいけば天皇になれる立場だった。
3)後に名誉回復がなされるも仏門に帰依。空海の高弟として名を馳せ、阿闍梨の地位にまで上り詰める。東大寺の毘盧遮那仏の再建にも尽力。
4)老境に至って、入唐を目指し大陸に渡る。更に天竺行きを発意し、渡航に及ぶもその後消息不明に。旅先で客死したと伝えられている。

凄くない??数奇な生涯にも程があるよ!

幻想の東南アジア旅行誌として

本書では、天竺入りを目指す高丘親王一行が、さまざまな不思議な現象に出会いながら、古代の東南アジアを旅していく。高僧が艱難辛苦の末に仏道のため他国を目指す物語と言えば、井上靖の『天平の甍』を想起させられるが、本書には使命感や、悲壮感といったテイストは感じられず、夢と現実が混然一体となった幻想的な旅行誌となっている。

本書の面白いところは、随所にメタな視点が登場するところだろうか。コロンブスやマルコポーロ等、当時の人間が知るはずもない後世の冒険者たちが、地の文ではなく、登場人物たちの会話文の中に登場する。澁澤龍彦らしい人を食った遊び心と言うところだろうか。

高丘親王航海記ざっくりマップ

親王一行の旅程をものすごく雑にマップ化したのがこちら。地図上の番号はエピソードの順番に対応している。

(1)儒艮(じゅごん) チャンパー(ベトナム沖)
(2)蘭房(らんぼう) 真臘(カンボジア)トンレサップ湖
(3)獏園(ばくえん) マライ半島中部のバンドン湾にのぞむ盤盤国
(4)蜜人(みつじん) 驃 (ビルマ )。ベンガル湾に臨むアラカン国
(5)鏡湖(きょうこ) 南詔国(中国西南部)。ジ海(ジはさんずいに耳)
(6)真珠(しんじゅ) ベンガル湾の何処か
(7)頻伽(びんが) スリウィジャヤ王国(スマトラ島)⇒羅越(シンガポール)

では、例によって各エピソードごとにコメント。

儒艮(じゅごん)

中国の広州から、この物語は始まる。旅の始まりから前途多難で、一行は暴風によりチャンパ(ベトナム)まで流されてしまう。

すごいざっくりだけどこのあたりの海上かな。地域名はGoogleMapを貼るための、便宜上なものなので気にしないように。

主人公の高丘親王は67歳。お供の僧侶、屈強な安展が40代で、智識派の円覚はそれより5歳くらい若いという設定。これに逃亡奴隷の秋丸(実は女の子)が加わり旅のパーティが結成される。『西遊記』みたいでもあり『水戸黄門』のようでもあり、貴人と年若い従者たちというスタイルは、旅モノの一つの定型パターンでもあるのかもしれない。

父、平城帝の寵姫であった藤原薬子との、幼少期のエロティカルな思い出が綴られ、親王の精神に及ぼす彼女の影響の強さが示される。薬子は五十年の後に卵生し、鳥となって輪廻転生すると告げる。父帝の愛人への強い憧憬は、この物語の軸の一つでもあり、親王の天竺行の強い動機ともなっている。

蘭房(らんぼう)

真臘(カンボジア)に舞台は移る。本編で登場するトンレサップ湖はこのあたり。けっこう内陸部である。

タイトルの蘭房とは、陳家蘭が住まう房室の意。

既に失われて久しい、ジャヤヴァルマン一世の後宮を訪れる親王。そこには陳家蘭と呼ばれる不思議な種族が養われている。人の上半身に羽毛で覆われた鳥の下半身を持つ女たち。親王は、それらに幼い日に薬子に教えられた、豊満な迦陵頻伽(かりょうびんが)の幻を重ね、自身の押し隠していた欲望を自覚する。

立ち並ぶリンガは男根のメタファーであるかと思われ、終始、エロティカルな雰囲気の漂う幻想的な一編。

獏園(ばくえん)

密林の国。マライ半島中部のバンドン湾にのぞむ盤盤が舞台となる。

これもざっくり位置を示してみるとここいら辺。

盤盤の太守は霊囿と呼ばれる動物園を所有し、そこに夢を食べる獏を飼育している。良い夢を食べた獏はかぐわしい芳香を放つ糞を出し、悪い夢を食べた獏は悪臭漂う糞を出す。儒艮や迦陵頻伽、そして今回の獏と、不思議な幻獣たちが次々と登場するのも本作の楽しいところである。

なにかと夢見がちな体質が珍重され、夜ごとに獏に夢を食べられることになる親王。ここでは、薬子の姿は、太守の娘パタリヤ・パタタ姫の現身に投影される。その秘めた欲望は、明確な淫夢として立ち現れることになる。

蜜人(みつじん)

今回の舞台は、驃 (ビルマ )。ベンガル湾に臨むアラカン国である。

これ以上増えないように、股間に鈴をつけられた犬頭人はユーモラスな存在だが、リアルに考えるとメチャクチャ可哀そう。

蜜人とはミイラ化した即身仏といえば言葉は美しいが、実際のところは単なる乾燥した行き倒れである様子。このあたりから、親王の旅は縦横無尽のごとく、世界を疾駆するようになっていく。蜜人と化した師、空海との再会は現実なのか夢なのか、次第にその境目も曖昧になっていく。

鏡湖(きょうこ)

舞台はいきなり南詔国(中国西南部)に移る。内陸部の移動なのに、帆を張っただけの丸木舟でこんなに移動できるのか?このあたりは幻想小説なので深く突っ込んではいけないところである。親王の魂の旅に物理的な制約は無いのだ。

ジ海(ジはさんずいに耳)はこの辺かな。

雷鳴によって卵を孕む女たち。秋丸とうりふたつの少女、春丸。ここでも迦陵頻伽のイメージが再登場し、卵生の女となって再誕すると告げた薬子の幻影を親王は垣間見る。

そしてジ海の湖面に姿が映らぬ者は一年以内に命を落とすのだと云う。自身の姿が湖面に映らないことを知った親王は、初めて自身の生の終着点が近いことを悟る。

真珠(しんじゅ)

師子国(セイロン)のトリンコマリ港を目指すはずが、魔の海域に迷い込む一行。

今回はベンガル湾を指しているだけの雑な地図なのでご容赦を。

親王は崑崙人の真珠採りの男たちから真珠を献上される。しかし、突如現れたジャンク船の海賊たちに襲われ、親王は真珠を奪われまいとして、これを飲み込んでしまう。結果的にこの行為が、後々、親王の命を奪うことになる。

このエピソードは明確に、作者、澁澤龍彦の経験が投影されているものと思われる。以下、Wikipediaから引用。

 1983年頃、牝の兎を飼い始める。名前は「ウチャ」。澁澤は幼い頃から喉が弱く、知人の間では特徴的なかすれ声で知られていたが、近所の医師の誤診から下咽頭癌の発見が遅れたため、1986年に声帯を切除し、声を失った。このあと、真珠を呑んで声を失ったという見立てにもとづき、またスペインの伝説上の放蕩児ドン・ファンDon Juanのフランス語発音「ドン・ジュアン」にちなみ、「呑珠庵」と号する。

澁澤龍彦 - Wikipedia より

頻伽(びんが)

最終章である。舞台はスリウィジャヤ王国へ。現在のマレー半島から、スマトラ島にかけて栄えていた王国だ。ここから、最終的には対岸の羅越(シンガポール)に渡る。

この地が親王の人生の最終到達点となる。

薬子の転生後の姿であるかのような、パタリヤ・パタタ姫との再会。飲み込んだ真珠は親王の体力を徐々に奪い、ついには床に臥せることになる。真珠を吐き出せば、命は助かるかもしれない。薬子の幻は告げる「美しい真珠をえらべば 、死を避けることはできませぬ 。死を避けようとすれば 、美しい真珠を手ばなさなければなりませぬ 」と。ここで親王は、あくまでも自身の死生観を貫き、美しい生を全うすることを決意する。

理想の老境かもしれない

本作では喉頭癌という死病に苦しんでいた、澁澤龍彦自身の葛藤が主人公の高丘親王に多分に投影されている。次第にその肉体は病み衰えて行くが、反比例するかのようにその精神は自由闊達に世界を駆けて行く。例え生を手放すことになろうとも、自身の裡に秘めた美しきものは手放さない。死を描く物語だか、読後感は至って爽やかなのである。老境にあっては、こんな感じで恬淡と生きられたらと思う。

刊行された当時に読んだ際には、深く考えずに読み流してしまったのだが、改めて読み返してみると、ザクザク心に突き刺さってくるのである。若いころに読んだ方がいい作品があれば、本作のように年を経てから読んだ方が良い作品もある。また、何年かしたらきっと読み返すような気がする。

『高丘親王航海記』のコミカライズ版が登場!

実はこの記事を書こうと思ったのは、本作のマンガ版が登場すると聞いたからなのである。ぼやぼやしているうちに、もう発売されてしまった。

近藤ようこによるコミカライズ。KADOKAWAの月刊「コミックビーム」の4月号から掲載開始。3月12日発売なので、すっかり出遅れてしまったが、これは読まなくてはなるまい。

月刊コミックビーム 2019年4月号 [雑誌]

月刊コミックビーム 2019年4月号 [雑誌]

 

高丘親王研究本ならこちら

『高丘親王航海記』の参考書籍として、佐伯有清の『高丘親王入唐記』を併せてご紹介しておこう。こちらでは史学の観点から、高丘親王の生涯をたどることが出来る。この時代を取り扱った書籍は、意外に少ないので気になる方は是非手に取って見て頂きたい。

www.nununi.site